1-3
手を差し伸べてくれる人間には、だいたい裏がある。別に、マルチとかねずみ講とか、宗教勧誘とかそういうのじゃなくても、本人にしか利かない論理が隠れていたりするものだ。例えば贖罪とか、成績とか、出世とか。まあ、受け取る本人にとってみれば、一番関係ないことだけど。
明日からテストだし、早く帰ってなるべく長時間漬け込もうと、足早に教室を出ると、未だ体操服姿の、自分の全てをどこかに置いてきていそうな
「あー、さっき飛び出ていった人かー。大丈夫かな」
「確かに。大丈夫じゃないね」
「えっ、何、もしかして、あの人の正体は顔は猿、胴体は狸、手足は虎、尻尾は蛇っていう正体不明の……!?」
「鵺なわけあるか。だったら面白いけど」
「面白くないよ、こえーよっ」
私の隣にいる、いかにもよく声が通りそうな子は
「がすよって、人の心が読めるの?」
「もちろん」
「嘘は良くないよ」
更衣室前の壁に寄りかかって、したり顔で受け答えてみたが、向こうは綻び一つない真面目な顔でばっさり切り捨ててきた。
「うーん、知り合いなの?」
「まあね。でもどうしてそう思ったの?」
「いや、その……言い方良くないけど、あの人に話しかけた人、みんなぎこちない感じになって終わるじゃん?」
「以前、生徒会の仕事を手伝ってもらったことがあってね。でもまあそもそも、複数人で押しかけたら、怖気づくでしょ」
「確かに……。それは、そうだよね」
明世は自分の行いを指摘されたかのように、目線を逸らして頷いた。明世は、群れて興味本位で、鏡花をつついてみるような人じゃないと思うのだけど。
「って、目障りだからさっさと帰りやがれってこと!?」
「そんなこと言ってないけど、そういう事にしたくなった。というか、今日も友達を待たせてるんでしょ?」
「そうだった!やっやばいやばい、待たせちゃったどうしようどうしよう……っ」
「じゃあこんな所で油を売ってないで、早く行きなよ……」
体育の時間より本気で走り去っていくのを見るに、本当に待たせるとまずい相手らしい。明世ともあろう人間が、高々2年ぐらい生まれるのが早かった人間相手に、頭を垂れていると思うと、ちょっと面白い。
そうこうしていると、ブレザーに腕を通しながら、慌ただしく鏡花が出てきた。
「忘れ物ない?」
「なっ……ありませんっ!」
どうやら忘れ物をしているらしいので、中に入って直接確かめると、床にスマホを落としていた。私が拾って返そうとすると、なぜか知らないふりを貫こうとしてくる。
「こんなに見え透いた嘘もなかなか無いよ……。ほら、いいの?あれだ、テストに関する連絡なんかが回ってくるかもよ」
「……この御恩、必ず返す……たとえ日本が滅んでも」
ちょっとだけ揺さぶりをかけようとしたのが見抜かれたのか、はたまた観念したのか、鏡花はそこそこの気迫で、私からスマホを受け取った。
それにしたってせわしない。まるで私のことが嫌いみたい。この間、せっかく助けてあげた時と同じように、長い髪に覆われた小さい背中を、消えるまで静観していた。鏡花が本気を出したら、誰も追いつけないんじゃないかな。
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