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 手を差し伸べてくれる人間には、だいたい裏がある。別に、マルチとかねずみ講とか、宗教勧誘とかそういうのじゃなくても、本人にしか利かない論理が隠れていたりするものだ。例えば贖罪とか、成績とか、出世とか。まあ、受け取る本人にとってみれば、一番関係ないことだけど。


 明日からテストだし、早く帰ってなるべく長時間漬け込もうと、足早に教室を出ると、未だ体操服姿の、自分の全てをどこかに置いてきていそうな島袋しまぶくろ鏡花きょうかとすれ違った。猫背で目は充血していて、周りの人間を掻き分けるように進んでいく。みんな一度は彼女に視線を向けて、友達に耳打ちでもしながら過ぎ去っていった。


「あー、さっき飛び出ていった人かー。大丈夫かな」

「確かに。大丈夫じゃないね」

「えっ、何、もしかして、あの人の正体は顔は猿、胴体は狸、手足は虎、尻尾は蛇っていう正体不明の……!?」

「鵺なわけあるか。だったら面白いけど」

「面白くないよ、こえーよっ」


 私の隣にいる、いかにもよく声が通りそうな子は諸熊もろくま明世はるよ、彼女の小ボケは未だに対処法がわからない。まあそれはともかく、私は鏡花を呼び止め、途中で職員室に寄りながら更衣室に戻ってきた。今日は部活なんて無いだろうから、鏡花が戻ってきた時には鍵が閉まっていたのだろう。


「がすよって、人の心が読めるの?」

「もちろん」

「嘘は良くないよ」


 更衣室前の壁に寄りかかって、したり顔で受け答えてみたが、向こうは綻び一つない真面目な顔でばっさり切り捨ててきた。


「うーん、知り合いなの?」

「まあね。でもどうしてそう思ったの?」

「いや、その……言い方良くないけど、あの人に話しかけた人、みんなぎこちない感じになって終わるじゃん?」

「以前、生徒会の仕事を手伝ってもらったことがあってね。でもまあそもそも、複数人で押しかけたら、怖気づくでしょ」

「確かに……。それは、そうだよね」


 明世は自分の行いを指摘されたかのように、目線を逸らして頷いた。明世は、群れて興味本位で、鏡花をつついてみるような人じゃないと思うのだけど。


「って、目障りだからさっさと帰りやがれってこと!?」

「そんなこと言ってないけど、そういう事にしたくなった。というか、今日も友達を待たせてるんでしょ?」

「そうだった!やっやばいやばい、待たせちゃったどうしようどうしよう……っ」

「じゃあこんな所で油を売ってないで、早く行きなよ……」


 体育の時間より本気で走り去っていくのを見るに、本当に待たせるとまずい相手らしい。明世ともあろう人間が、高々2年ぐらい生まれるのが早かった人間相手に、頭を垂れていると思うと、ちょっと面白い。


 そうこうしていると、ブレザーに腕を通しながら、慌ただしく鏡花が出てきた。


「忘れ物ない?」

「なっ……ありませんっ!」


 どうやら忘れ物をしているらしいので、中に入って直接確かめると、床にスマホを落としていた。私が拾って返そうとすると、なぜか知らないふりを貫こうとしてくる。


「こんなに見え透いた嘘もなかなか無いよ……。ほら、いいの?あれだ、テストに関する連絡なんかが回ってくるかもよ」

「……この御恩、必ず返す……たとえ日本が滅んでも」


 ちょっとだけ揺さぶりをかけようとしたのが見抜かれたのか、はたまた観念したのか、鏡花はそこそこの気迫で、私からスマホを受け取った。


 それにしたってせわしない。まるで私のことが嫌いみたい。この間、せっかく助けてあげた時と同じように、長い髪に覆われた小さい背中を、消えるまで静観していた。鏡花が本気を出したら、誰も追いつけないんじゃないかな。

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