As You Like It

 私は元来弱いのだ。エウレカとか綾波とか、水色が似合いそうな可憐な女性に。そんな素敵な彼女がgoodな村人レビュワーの一人に選んでくれたというのだから、嬉しくないわけがなかった。

 

 レビューが特集ページに掲載されてからというもの、goodなレビュワーである私自身の作品にはさしてなんの影響も、1pvたりとも増えなかったが(元来人が来ないので数字が苦手な私でも覚えられるほどであった)、肝心のレビューした作品の方には思いもよらず一気にフォロワーが増えたようで、ついにどこぞの掲示板に晒されてしまったのかと作者さんが驚くほどであった。


 正直、私は嬉しかった。


 元来注目されるのは苦手な方であったし、ビンゴ大会で賞品が当たっても人前に出たくないあまりに黙っていたことも一度や二度ではない。

 いつか英文学の講義でハムレット王子を演じることになったときにはなんの罰ゲームだろうと思ったし、まだ高校の学園祭で演じたバトル・ロワイアルで毒入りシチューかなんかを食べて殺される高校生Bのときの方がましな気もしたが、このときは違った。

 自分の書いた言葉をきっかけに誰かの作品が日の目を見るというのは、なんとも不思議で、有り難く、嬉しいことであった。


 けれどその喜びも長くは続かなかった。後に私はその掲載されたレビューを自ら削除してしまうことになる。


 なぜそんなことをしたのかといえば、村最大の祭りの最中に投げ入れた星でないとカウントされないというんで(この祭りでは星の数が今後の行く末を多分に左右する傾向があった)、一度削除してから期間中にもう一度コピペして新規に投稿すればいいや、とセコいことを考えた結果、見事に特集ページから私のレビューは消え去ってしまったのだった。――

 




 というのは、表向きの理由。




 ほんとうは、レビューを削除して再投稿したらURLが変わってリンクが機能しなくなるだろうことは最初からわかっていた。わざと、やったのだ。


 いつか書作品のポートフォリオを個人サイトに纏めたときに、出来たと思ったらリンクの貼り付け先を更新してなくて飛べなかったというような細々したことで散々苦労したから、文系なりにもある程度の仕組みは知っていた。


 ではなぜわざとレビューを削除したのかといえば、怖くなったのだろうな、と今では思う。


 特集掲載後、なんとなく気になって件のレビューした作品を覗きに行ったら、うっかり心ないコメントを目撃してしまったことがあった。


 自分の言葉をきっかけに、しかも良かれと思って書いたおすすめレビューをきっかけに誰かが傷つくことになるかもしれないなんて、想像もつかなかった。


 今ならば、まず人それぞれ好き嫌いというのはある。抱えてきたものが違うのだから大事にしたいものも人それぞれであろう。


 その上で、個人の感想の域を出たもの――心ない誹謗中傷の域に達したもの――は、迷わずポチッと通報すればいいだけの話ではある。


 しかし当時の私は書き手としての技術云々以前にメンタルの方がまだ確立できていなかった。


 言葉の影響力というものを肌で感じてみて初めて、己の言葉への責任を突きつけられたような気がした。


 無論、そんなことを気にしていたのは私だけで、彼女はそれでもいいから掲載していて欲しかったのだとあとになってから知り、『はぁ、またよく知りもしないのに勝手に先走って余計なことしちまったなぁ』といっただけの話ではある。


 むしろ彼女自身の生き抜く力を信じていなかったということにもなりかねず、それはそれで随分と失礼な気がした。



『Hey non nonny, nonny, hey nonny. ほんとにね』



 元来私が心配などせずとも皆逞しく生きているのだ。好きなように生きたらいいではないか。

 勿論人それぞれ出来る出来ないというのはあるし、目に見える見えないという違いもままある。

 慢性的なのか急性的なのかというのもあるし、クロノス的なのかカイロス的なのかというのもある。

 しかし現に今この瞬間、その人は此処に生きているではないか。

 ありありと、其処に存在しているではないか――。



『おやあれにいるのは……Soft you now! The fair Ophelia!』



 いつからだろう。彼女なら何かあっても乗り越えていけると自然に思えるようになったのは。

 その時々で必要な出会いが偶然を装って彼女を支えてくれるだろうと、世界にどこか期待するようになったのはいつからだろう。

 まったく、いつまでも独りでハムレットを拗らせてる場合ではないのだ。



『Fare you well, my dove! まったくね』

 


 彼女ならば何かあっても乗り越えていける。それはやみくもに信じるというよりもむしろ、彼女の人となり――これまでの物語から推測出来るあり得そうなエピローグ――限りなく実現する可能性の高い現実的な未来の話なのではないか――?



『To die, to sleep. To sleep, perchance to dream――ほんとうに?』



 そりゃあ傷ついたり転んだりすることもあるだろうが、彼女ならなんとかかんとか生きていける。そこにはもはやなんの疑う余地もない。


 その彼女ですら乗り越えられないというなら、もはや他の誰であっても乗り越えることなど出来ないのであって、それこそ今地球上に生きている人間がひとり残らず抱えている宿命の一つではないか。


 はたして彼女とはいったい誰のことであったか。



『さようなら愛しい人! Good night, ladies;good night……』



 元来、私に出来ることなどたかが知れていた。そう思えばこそ――


 束の間の出会いに心を遊ばせて、

 美味しいものを食べ、

 ぐだぐだして、

 いのちの美しさに見惚れ、

 ぐだぐだして、

 偶には出会った人を横から支えてみたり、

 意味もなく歌ったり踊ったり、

 字を書いたり夢を見たり演じてみたり。

 また日常に戻っては

 流れゆく時間にメリハリをつけて、

 己の人生をもてなし、

 楽しませ、

 エンターテインする。


 それはどこか論理的で、とてつもなく地味で、でも手に触れる喜びのある、終わってみればあっという間かもしれない、心踊る瞬間なのではないか。

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