氷点下の鏡は激情を映す
ひとしきり夏樫によるカウンセリング(?)を受けて落ち着いた百目を連れて、おれたちは生徒会室へ向かった。
「まさかこの私が原因で盗撮が起きていたとは……」
百目に向き合い、手を差し出す。
「まさか私のせいで百目さん、貴女がこんなに苦しんでいたとは思いませんでした……盗撮は決して許されることではありませんが、お詫びも込めて、使用したカメラを差し出してくれれば不問にしましょう」
頭を下げ、そして百目に手を差し出してくる。
やはり、会長はカメラにこだわっていたのか。
実は、会長に会いに行く前におれは夏樫に、今朝会長に感じた違和感をもう一度話していた。
「つまり会長ちゃんは、このカメラが欲しいんやろうなあ」という彼女の予想を裏付けるべく、注意して会話を聞いていたのだ。
確かめるべく、口を開こうとした矢先、
「はあ? アンタほんとに悪いと思ってるワケ?」
目を釣り上げた百目が会長の手を弾き、食ってかかった。
おいおい、さっき落ち着いたはずでは……?
「このわたしから会長の座ばかりか恋人まで奪っておいて、その上もっと奪うつもり!?
ふざけるのも大概にしなさいよ!!」
「そう思っていたのなら、あの日率直に言って欲しかったです。貴女はずっと本音を隠して風紀委員として表面を取り繕いながら今になって牙を剥くなんて、そして全校生徒の風紀を乱して巻き込むなんて、フェアではないと思いませんか。私を憎むのは構いませんが、風紀委員として、一人の人間として、恥ずかしいとは考えないのですか」
烈火の如く怒りをむき出しにする百目と対照的に、氷点下そのものといった声音と表情で跳ねのけ逆に責め立てる氷鏡会長。
女子と女子のケンカ、本当におっかない。やっと騒動が決着突きそうだったのに。生きた心地がしない。
「夏樫、なんとかしてくれ!」
「あー、言うてもまあ、お互いに抱えて燻っとったモンこの際ぜんぶ吐き出してもうたほうがええんとちゃうかなあ、そしたらそのうち落ち着くんとちゃう?」
「んな無責任な!」
気軽に言ってくれるが、二人の間の感情の激突が肌にピリピリと苛んでくる。生きた心地がしない。
いや待て。なんだか比喩じゃなくて物理的にビリビリする。腕を見ると、薄い氷の膜が貼り付いていた。
「仕方ありません。本当はこんなことはしたくなかった。けれど百目さん、貴女がそうさせるのです。私の意に沿わないものは……全て氷漬けにする」
柳眉を険しく寄せて立ち上がった氷鏡会長。その周囲の空気が冷え切り、パキパキと音を立てて天井からツララが生え、壁や床が氷で覆われていく。おれは慌てて生徒会室の扉に近寄ったが、寸前で氷に閉ざされた。触れた指が火傷したみたいな刺激を感じて引っ込める。
「な、なにアンタ、それ……」
百目が吐いた息が白く濁る。氷鏡会長が人差し指を向けると、百目の上履きの足が氷の鉤爪で掴まれる。
「アンタだって、……こんなインチキなモノ持ってたんじゃない……!」
なおも睨み返す百目。
「おーおー、このガッコにまさか三人目の
「言ってる場合かよ! めちゃくちゃ寒いしお前もやられてるぞ!」
「あれま、ほんまや動かれへん」
事ここに至っても、夏樫は呑気だが、彼女も膝のあたりまで氷に覆われている。
おれは鳥肌の立つ腕を手で擦る。あっという間に生徒会室は冷凍庫の中みたいになってしまった。
「さあ、カメラを出しなさい!」
「アンタにだけは渡さないわよ! だいたいあの男はちょっとクールっぽい女にすぐ目移りするようなヤツよ! わたしよりもアンタのほうがそれっぽいからって浮気して……アンタも捨てられても知らないわよ!」
「そんなことはありません、私から目を離すなんて許さない、あなたの魔法のカメラを手に入れて四六時中監視して……あの人が目移りする前に釘を刺し、あの人に言い寄る女は凍り付かせて排除してあげますから……!」
オーラのように冷気を放出しながら、会長は凶悪にさえ見える笑顔をその美貌に浮かべた。
「え、マジかよ、それで……異質物のカメラを手に入れるために、おれに盗撮魔を捕まえろって言ったのか?」
おれが聞いた、彼氏のSNSが監視出来なくなるから校則を改変させたくない、という私欲丸出しの説明よりもえげつない本音が飛び出してきて絶句してしまう。
「おーおー、なるほど会長ちゃんも恋する乙女やなあ」
「そ、そんなかわいいもんじゃねえよ……!?」
相変わらず呑気な夏樫にツッコミを入れるも、寒さで歯がカチカチなってしまう。
そうこうする間にも、夏樫とおれの体に纏わりつく氷が大きく育って縛り上げ、手足が動かなくなっていく。
「あ、アンタ重すぎ……あの男にそこまでする価値ないわよ。そんなに必死になって、バカみたい」
百目も信じられない、という反応だ。
だがその言葉は氷鏡会長を逆撫でしたらしい。
「黙りなさい、今は私の彼氏です。元彼女の――生徒会長になり損ねた貴女に口出しされる謂れはありません!」
百目の手足を縛る氷が膨れ上がり、喉元に氷の槍が何本も伸びてくる。
「ッ、言ったわね、アンタ――!!」
鋭い穂先を突きつけられているのに、百目は喉から血を吹きかねない勢いで叫び返す。極寒地獄の中睨み合う二人。その体は怒りと寒さで震えている。
……ん?
「こーいうのって、力を使ってる本人は寒さを感じないもんじゃないのか?」
疑問を口にすると、虚空から声が――数か月前の晩に聞いた、エコーのかかったような甲高い声が響いた、
『生憎、そこの少女に渡した複製は粗悪品でね。威力は強いのだが器用な調整は行えないのが残念だ』
「お、お前はっ!」
靴の底をがっちりと固めた氷のツルから感じるよりも強烈な悪寒がおれの背中を駆け上る。
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