再来の蒐集家(コレクター)
「“コレクター”!」
『久しぶり、かな、“無限天命”の元所有者君。まあ、貴重な異質物をむざむざムダにした君には一片の興味もないがね』
もったいぶってしゃべっているが、コイツがあの夜夏樫に出し抜かれて心底悔しがっていたのを覚えている。夏樫さえいれば――その希望は、続く言葉に砕かれた。
『さて、夏樫小雪。今度こそは邪魔立てしないようこの“
“コレクター”が勝ち誇るように言うと、激昂し罵倒しあっていた百目と会長が動きを止める。頭まで氷に包まれ、氷像になって動かない。
『この二人の少女は我が手の平の上でよく踊ってくれた。
発現した“アルゴス・レンズ”で騒動を起こした彼女には、ハイエスト・チェアお得意の機械人形を君達に対峙した時使うよう贈呈し、騒動に興味を持った生徒会長には“アルゴス・レンズ”の性能を伝え、“スノーボール・アース”を渡した。まったく、思慮の浅い小娘を唆して利用するのはなんと容易いことか。これで夏樫小雪、君はせいぜいハイエスト・チェアにでも売り飛ばし、冬壁君も蒐集できるのだから。私はこうして新たに至高の一品を手に入れる』
視界の隅で氷の塊がパキパキと音を立てながら形を変え、人型を形作り、おれと夏樫に向けて氷人形が歩いてくる。
「おい、どーすんだよ夏樫……!
なんとかならねーのか!?」
唯一自由に動く首から上を動かして訴えるも、夏樫もおれと同じ氷漬けになっている。
『無駄だ、夏樫小雪は歪曲能力を行使する際手足の、または大鎌のいずれかを起点とする――両手両足の自由を奪った今、彼女はただの無力な、』
「なあなあコレクター、さくらんぼの茎を口ん中で結べるオンナはチュウが上手い、いう話知っとる?」
遮るように夏樫が口を開いた。凍えて慌てる様子もなく、いつもの不敵な笑みを浮かべる。
『時間稼ぎかね? 無駄なことだ、冬壁君が機械人形を破壊する前に、私の氷人形が――』
「ウチもチュウが上手いで、器用やからなあ、舌先が……」
んべ、と夏樫が口を開けて舌を出す。てらてらした赤い舌の上で飴のように転がすそれは、超ミニチュアサイズの、
『大鎌――“
突き出した舌先から転がり落ちたミニサイズの白い鎌は氷漬けの床に落ちるなり、数十倍もの大きさになり、ひとりでに回転を始める。
『させるものか!』
コレクターが叫び、氷人形が大鎌を踏みつける。
「残念、ソレもブラフや」
夏樫が笑うと、生徒会室の片隅の椅子、その背にかけられていた黒いパーカー――この部屋に入ったとき、制服姿の夏樫が無造作に置いたもの――が糸で引かれたように舞い上がり、空中を滑って飛んで来た。
空っぽの袖が夏樫とおれの氷を撫でると、あっという間に溶けて手足が解放された。
「ふふ、ええ子ええ子」
持ち主の周りをくるくる回ると、パーカーはひとりでに夏樫の腕を袖に通して自分を羽織らせた。
どうなっているのか、パーカーが意思を持ってるのか、それすら分からないが、分かっていることは一つ。
『おのれ、夏樫小雪!』
それは、もうコレクターの思い通りにならないということ。
忌々し気な言葉と同時に、氷人形が砕け散る。夏樫がパーカーのフードから抜いた二本目の大鎌が素早く振るわれていた。
「ふふ、アンタの商売あがったりや、“コレクター”。コレ、“スノーボール・アース”のコアやろ?」
どうやってか俺たちの様子を窺っている“コレクター”に見せつけるように、夏樫が鎌の刃で刺した丸い氷の球を振ってみせる。
『ええい、“アルゴス・レンズ”は惜しいが、仕方あるまい。夏樫小雪、その見事さに免じて退いておこう。ただし覚えているがいい、コピーとは言え私のコレクションを破壊したこと、
必ず贖ってもらうぞ……』
甲高い声が薄れ、消えていった。
「ふふ、もう聞き飽きたわぁそんな負け惜しみ。もう数えきれんほど
夏樫が鼻で笑うと、同時に氷の球が砕け散る。冷やされ続けていた室温が、少し和らいだ。
おれは今日何度目かの安堵の息を吐いた。
「会長、……さっき言ってたことが全部か?」
有無を言わせない口調でおれが問うと、生徒会長は少し目を逸らした。
生徒会室を覆い、百目と会長を閉じ込めていた氷は嘘のように消えてなくなっている。
溶けた水すら夏樫作った空間の歪みに吸われてなくなった。“スノーボール・アース”と言われていた異質物を破壊したことで、氷漬けにされていた百目と氷鏡会長も無事に解放された。
「……どこからでも、好きなように人の写真が撮れるような工夫がされているカメラなら。
浮気性な彼氏……百目さんを振った男を二十四時間監視出来ると思ったのです。だから、あの声の誘いに乗りました」
「お……おう……」
恥ずかしそうに言われても、男としてはちょっと引くしかない。
「なるほどなあ、会長サンはそうやってあの男に付け込まれたんか。でも、もうあのカメラはこの世にないで。とっ捕まえるときにこけて壊れてもうたから。すっぱり忘れたほうがええ」
夏樫は、砕けたレンズの欠片や蓋が割れてフィルムの飛び出たカメラを手の平に乗せて見せた。
氷鏡会長は、それを手に取ってしげしげと見つめた。
「同じ工夫をもう一度作ることはわたしにもできないわ」
打ち合わせ通り、百目もそう口にする。
「そう、ですか……承知しました」
さっきまで激情を露わにしていたとは思えない落ち着いた態度で、会長は頷いた。
「百目さん。写真を全て回収したうえで、二度としないと誓ってもらえれば、生徒会長として、先生方には何も伝えません。そして……先ほどはあまりにも失礼なことを口走りました。……申し訳ありませんでした」
そして、百目に向かって頭を下げる。
「……分かったわ」
先ほど、意識を取り戻した杉田に改めて言い含めることで、写真の回収は動き出している。杉田を従わせる例の写真は、夏樫が持ったままだが。
百目はきっぱりと頷いた。
「わたしも言い過ぎたし、さっき思いっきり喚いたし。なんだかすっきりしちゃった。もうアンタと……元カレのことは気にしないわ。……お幸せに」
こだわっていたのが馬鹿らしい、という風に百目は微笑む。夏樫になだめられたことと、会長と本音をぶつけあったこと、そして物理的に頭を冷やされたことで本当の意味で憑き物が落ちたらしい。
「定森くんも、巻き込んですみませんでした。……あなたは、藤元さんだけを見てあげて下さいね」
「そうよ、浮気なんて絶対ダメだからね」
会長と百目がおれに釘を刺してくる。なんでそこは息ぴったりなんだよ。
「あ、ああ……でもフジモトとは付き合ってるわけじゃ」
言いかけて、二人の視線が鋭く突き刺さる。
室温は正常になったのに、ひどく寒気がした。
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