第14話 口八丁で引かれた引き金は

 人生とはままならないもので、また世界とは思いの外狭いらしい。

 あの一件の顛末は特におかしな点もなく、コンビニで割引となった弁当とケーキをそれぞれ購入し、特に話すでもなく互いの部屋へと帰って一日が終わった。

 もう少し話すべき事などはあったやもしれないが、無事に朝日を拝むという当初の目的は達したのだから問題はないだろう。


 起床した俺に残されたのは、次に会った時どうしようかという微妙な気まずさのみなのだが、そんな事は一旦忘れて俺はスーパーへ向かったのだった。

 数日分の食料を冷蔵庫へ詰め込み、生ゴミも捨てた俺に死角はない。

 ベットへ寝転んでヘッドセットを被り、ディザオンの世界へとダイブする。


 * * *


 目が覚めると、そこは露店立ち並ぶ大通りであった。

 どうやら街の中でログアウトすると、次ログインした時にはランダムな地点で開始するらしい。

 露店巡りは元よりやるつもりでいた為、丁度いいか。


 通りを行き交う人々の中には、明確にプレイヤーだと分かる人もまばらではあるが確認できる。

 俺のように初期装備として配布されるローブや鎧を見に纏うものや、あるいは特大の剣を担ぎ早足で移動する婆さまなどだ。

 ……いや何だよあの婆さま、猛者である事だけは何となく分かるけども。

 MMOあるあるとして、変な装備やキャラの人は大体めちゃくちゃ強い。

 

 それと昨日少し調べたのだが、このゲームは初期装備の性能が結構良いらしく、あまり町で装備を買う必要性はないそうだ。

 第一線で通用する装備は基本的にモンスターのドロップ品か、ボスの落とした素材を使って作られたものに限られるとの事である。

 なお、職業に司祭を選んだ人だけは例外で、最初に武器を買っておくべきらしい。


 ベータテストだと転職する方法や上位職の存在は確認出来なかったみたいだが、製品版にあたって追加されているのだろうか。

 このゲームが正式サービスを開始して約一ヶ月、まだまだ我々プレイヤーが知り得ない事は多い。


 何処からか漂ってきた肉の焼ける匂いに食欲を刺激されながら、並ぶ露店の商品に目を通す。

 売られている物は大きく分けて三種類、食べ物とポーション等の消費アイテム、そして武具だ。

 前者二つは特別注目するべき物はないが、問題は武具。


 殆どが低品質の粗悪品で取り立てるべき点もない剣や盾、小手などではあるものの、ごく稀にとんでもない掘り出し物が見つかってしまう。

 例えばそれは、今俺の前の露店で密かに並べられていたのような物などだ。

 全長約20センチ、黒い拳銃の形をしたソレが現実に無い架空の銃器であると分かる最大の理由は、マガジンのあるべき場所から飛び出した白色の水晶だ。


 複数の短剣と盾で隠れるように置かれたその拳銃を眺める俺を、露店の主たる男はにやりと見つめる。

 その笑みは獲物を見定める猛獣のようで、あまり良い気分はしない。

 いっそ思い切って拳銃が何なのかを聞いてしまおうと顔を上げた途端、男は眼を見開いた後、一層笑みを浮かべて話しかけてきた。


『司祭サマよ、この魔銃がそんなに気になるのか』

「そりゃあまあ、この近辺ではあまり見かけない物ですから。この魔銃とやら、何処で入手した物なんですか?」

『……ベーテン帝国の軍で使われてるモンだよ、ルートについちゃ極秘だ。それよりも司祭サマ、さっさと目的を話したらどうだ?どれだけオマエが偉かろうと、この街で魔銃を規制しようってんなら商会が黙ってねえぞ』


 俺の身につけているネックレスを睨み付けながら、男は露店から身を乗り出す。

 話から推察するに、この国では魔銃が禁制品として扱われているみたいだが、ここミリアドでだけは違うと云う事か。 

 そして俺は、魔銃規制の手を広げようとやって来た司祭……ネックレスの効果でNPCからの対応が変わったのが良い方向へ働くとは、確かにどこにも書いていなかった。

 

 当たり前だが、高位の司祭に対して抱く感情は尊敬だけではない。

 

「いいえ、俺は別に規制しようなんて事は考えていませんとも。ただ……そうですね、あなた方の首領と話がしたいだけですよ」

『……ここでオマエを撃ち殺しても良いんだぞ』

「成る程、商会は全面戦争をお望みですか」


 だが燦然たる事実として、今の俺は権力を持っているように見える。

 それを利用する事の何処に躊躇う理由があろうか。

 ぶっちゃけ俺が何の司祭でどれだけの権限を持っているのかもよく知らないし、商会が何なのかも全然分からないが、ハッタリとロールプレイはプレイヤーの特権だ。

 

『……クソが。商会の屋敷までは案内してやるが、それより後はオマエ自身でなんとかしろ。いいな?』

「勿論ですよ。元より、貴方に頼りきるつもりはありませんから」

『……ついて来るなら黙れ』


 男は置かれていた魔銃を手に持ち、通りの端を大股で歩く。

 なんだかんだと案内してくれるあたり、個々人の感情に関わらず権力には逆らえないのか、それとも彼が変に真面目なのか。

 どちらにせよこのネックレス、アクセサリーとしての効果以上に有用だな。

 

『ここだ。屋敷の中までは案内できないからな、この後は勝手にしろ』

「言われなくても。……ああそうだ、貴方に富神様の祝福があらんことを」

『思い出したかのように付け加えてんじゃねえよ、じゃあな』


 何者かに見られているかの様な変な寒気を振り払い、屋敷へと向き直る。

 ミリアド上層、貴族エリアと俺が勝手に呼んでいる場所の更に奥、この街で最も高い場所にの屋敷はあった。

 堅牢な門と柵、堀によって守られたその姿は、寧ろ城とでも言うべきか。

 当然ながら、押し通るのも忍び込むのも現実的な手段ではない。


 そもそも俺は客人であるのだから、ただ堂々としていれば良いのだ。

 門の側で槍を持って立っている門番へと、話しかける。


「失礼、この屋敷の主へと御目通り願いたいのですが」

『……許可は取っておられますか』

「勿論。さ、門を開けてくれますか?なにぶん緊急の案件でして、俺としても遅れて迷惑はかけたくないのですよ」

『では、少々確認して参ります』

「待って待って少々お待ちを。これは誰に聞かれても困る極秘の話なんですよ、ええ。ですから確認に意味はありません」

『しかし、これは決まりですから』


 大変不味い展開になった。

 そりゃあ屋敷の警備が舌先三寸でどうにかなる程ザルな訳もないが、しかし策もアポイントも無い以上どうしようもない。

 第一、魔銃が欲しいし何なら売り捌きたい一心だけで屋敷まで来てしまったのが間違いだったのだろう。


 不審者として敵対される前に撤退しようか。

 そう考えて口を開いた瞬間に、門の奥から思いがけない助け船が現れた。


『面白そうな話をしているねェ、キミ。極秘の話を極秘の話として言ってしまっては駄目じゃないか。ああ、門を開けてくれ。彼女は本当に私の客人だよ』

『え?あ、りょ、了解しました!』


 黄金色の髪をした壮年の男は、門番へ門を開けさせる。

 彼の頭からは可愛らしい猫耳が生えており、空中でたなびく尻尾からは気品と余裕が漂ってくる。

 

『さあ、来なさい。キミの勇気と愚行に免じて、話をしよう』


 彼を他のNPCと同じ様に侮ってはならないと、俺の僅かな知識が警鐘を鳴らす。

 

 ––––––––ユニークNPC。

 人間と同等の知能とを有した、プレイヤーをも超えうる存在。

 彼もまた、このゲームのキーパーソンの一人であると。

 

 興奮と緊張で震える手を抑え、黒のコートを身に纏った背中を追う。





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