第13話 幕間、コンビニまでが遠すぎる
ゲーム上で知り合った人間とリアルで不意に会った時の心情を答えよ。
なお、知り合ったのは数時間前であり、その際俺は美少女アバターを被った上でボイチェンも通しており、こちらだけが一方的に相手の正体を知っているものとする。
いやあ、良い事の後には理不尽なまでの不運が待っているとはよく言ったものだ。
先程までの興奮はどこへやら、すっと血の気は引いて冷や汗は頬を伝う。
––––––––よし、何も見なかった事にしよう。
この場において俺は何処にでもいる大学生であり、彼女とは本来接点なぞ生まれる筈もないのだから、適当に会釈して流せば良いのだ。
そんな浅はかな考えに基づき頭を下げようとした瞬間、数分前にもよく聞いた芯のある声が俺を貫く。
「あ、こんばんは!確か前、大学でもお会いしましたよね。今からお出かけですか?」
「ええまあ、少しコンビニまで……え?」
大学でもとはどう云う意味なのか、記憶を遡って死ぬ気で脳内検索を走らせる。
しかし会った記憶はないし、もしかしたらすれ違った事くらいはあるかもしれないが、少なくとも会話した事は絶対にない。
だって、俺が大学で言葉を交わした人間なんて数える程しか居ないからな。
分からん分からん、これは別の人と間違えられているな。
自分で言うのも何だが俺は特徴のある顔じゃないし、この手の勘違い人違い思い違いには慣れている。
そんな状況の最適解は、さりげなーく訂正しながら逃げる事だ。
「……多分他の人と間違えていらっしゃいませんかね、それじゃあ俺はこれで」
「いーや絶対会った事ある、というか前話したよね?確か君、学食のうどんを喉に詰まらせて死にかけていたでしょ」
「え、どこでそれを聞いたんですか」
「その時に私、横の席に座ってたんだけど……嘘、本当に覚えられてない?見てた私的には絶対忘れられないレベルの衝撃だったのに」
おぼろげだった記憶が、それも大概忘れたい側の記憶が呼び起こされる。
確かに別人と間違えられてはいなかった。
うどんを喉に詰まらせて死にかける大学生が俺以外に居る確率に賭けるよりは、今この現実を受け入れてしまう方が遥かに手っ取り早いだろう。
それに、リシアさんへ最初に出会った時に感じた既視感の正体はこれか。
世界とは、案外狭いものだ。
「……思い出しましたよ。あの時は見苦しい所をお見せしてすみません」
「全然いいよ、ぶっちゃけ面白かったし。それよりもコンビニ行くんでしょ?私も目的地同じだし、折角だから一緒に行こ!」
「はあ……まあその、よろしくお願いします」
リシアさんに急かされながら錆びついた外階段を降り、アパートの敷地を出る。
それにしても、ほぼ初対面なのにこうも気安く接されると……怖いな。
ディザオンの方で会った時には、あくまでもゲームだからこその距離感かと思っていたのだが、リアルでも人との距離を物理的にも精神的にも詰めてくる人だとは。
「そうだ、そういやまだ名前とか言ってなかった。なんか自己紹介とかもう終わらせたと思い込んでたけど、普通にまだだったね!」
「確かにそうですね。俺も不思議と終わらせた気になってましたよ」
「ふふ、だよねー。って訳で、私は
「らしいって何ですか、そこは言い切りましょうよ。俺は
「こちらこそ……なんだけど、なんか名前に聞き覚えがあるんだよね。大学とか入るよりも昔に会った事、ある……?」
何か、とてつもなく嫌な予感がして目を逸す。
逸らした視線に飛び込んで来たのは連れ立って歩く二人の男女。
そういえば今日はクリスマスだったな、なんて事を今この状況で思い出しても、俺が一人で勝手に気まずくなってしまう以上の意味はない。
「……そうか、カルメ焼き」
数秒の沈黙の後に彼女が溢したのは、俺の嫌な予感を見事にブチ抜く単語だった。
カルメ焼き。
カルメラとも呼称されるそれはとある駄菓子の名前であり、また俺がガロウズエピックオンラインと云うMMOで五年もの間使用したプレイヤーネームである。
ちなみに、メアドも
そして大変不運な事に、俺はガロエピのギルドメンバーの内数人に本名がバレているのだ!
この瞬間から、リシアさん改め如月さんがギルメンの内の誰なのか、という誰も得しない人狼ゲームが開幕する運びとなってしまった。
「苅屋さん、ガロウズエピックオンラインってゲーム知ってます?」
「……黙秘権」
「私、この状況での沈黙は肯定にしかならないと思うな!」
つくづく世界の狭さには感動するが、それにしてはコンビニまでが異様に遠く感じてしまう。
徒歩五分がここまで無限に思えたのは初めての経験だ。
「まあ待ってください、話し合いましょうリシアさん」
「仕方な……ちょっと待ってなんでそっちの名義知ってるの!?」
「あ、やっべ。……すみませんカルメ焼きは俺で、ディザオンのアクセンも俺なんですよ本当にすみません。強いて言うなら世界が狭いのが悪いんです!」
「はい!?そっか私アバターがリアルそのままだもんね、見たら分かるのか!……うん、これは流石に世界と運が悪いわ。でもちょっと整理しきれないから待って」
如月さんはこめかみを押さえ、その場に立ち尽くす。
まあなんだ、俺も全く同じ仕草で悩んでしまいたい気分ではある。
偶然に偶然が重なって、幸運も不運も混ざり合った結果が今この瞬間に訪れた長い長い沈黙だ。
側の公道をタクシーが通り抜ける。
今すぐタクシーを捕まえて逃げ出してしまいたいが、そんな事をしたところで明日拗れるだけの話。
今日この場このタイミングで全ての問題をなんとかして、どうか平和に朝日を拝みたい。
その為に、心の中で自分に鞭を打つ。
「……カルメ焼きと、苅屋さんと、アクセンさんが同一人物。で、何故かお隣さんになっている。凄い偶然っていうか、ここまで来ると笑うしかないね!」
「本当ですよ、俺も未だ現実を飲み込めてないですし。ああそうだ、流れでもうバラしますけど……イナリさんは同姓同名の同一人物です」
「まあそんな気はしてた。あーもう駄目だ、ここまで来るとガロエピ同窓会じゃない?トツカさんとか絶対ディザオンの方にも来るでしょ」
「確かに、あの人はPKあるゲームなら何でもやりますしね」
とにかく対人戦のセンスだけがずば抜けている社会人で、ご本人曰くストレス発散の為に
実際に喋ってみるとただの疲れた紳士なのが、余計に怖さを際立たせている。
「とりあえず思考と気持ちの整理は大体終わったけど……これから、どうしよっか」
「……さあ?コンビニ行ってから考えますか」
「そうだねー。想定していたのとは違ったけど、カルメ焼きとまた会えたのは幸運だし、今のところはそれでいいかな」
「なら良かったです。で、結局如月さんって誰なんですか?」
「はい?」
20**年12月25日、クリスマス。
イルミネーションもケーキもなかったこの日の事を、俺はきっと忘れないだろう。
とんだ奇縁と珍事に、乾杯。
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