第12話 都市伝説は実在したみたいだ

 このゲーム––––––––ディザイア・オンラインに、所謂メインシナリオみたいなものは存在しない。

 数十万、あるいは数百万人単位のプレイヤー全員に勇者の称号を与え世界を救ってもらうなんてのは、フルダイブ式のゲームだと事実上不可能だからだ。


 またこのゲーム、サブシナリオのお使いも存在しない。

 一部のユニークNPCとプレイヤーの手で世界を作り、ストーリーを自ら生み出してほしい、なんて運営理念の元開発していると公式サイトに書いてあった。

 でも、季節のイベントとかギルド対抗戦は開催するみたいなので、多分運営はデスゲームの主催者みたいなノリなんだと思う。


 だが何事にも例外はある。

 このゲームにも一つだけ、運営が用意したイベントならざる恒常のストーリーライン、その名もと云うシステムが存在した。


 複数の面倒な条件を達成する事により、早い者勝ちで発生する特別な冒険。

 ネット上で付けられたもう一つの名は、運営が言ってるだけの都市伝説。


『クエスト『富神への謁見』が発生しました』


 それが今、俺の視界に明確なウィンドウとして表示され、都市伝説の存在を高らかに証明してしまっている。


『私は今、確信を得ました。君ならば必ずや富神様への謁見が叶う。どうか、このネックレスを受け取ってくだされ。本来は高位の司祭が身に付ける物ですが、これは君にこそ相応しい。どうか、富神様の祝福があらんことを』

「……ありがとう、ございます。どうか貴方にも、富神様の祝福があらんことを」


 一粒の宝石が琥珀色に輝くネックレスを震える手で受け取り、足早にリシアさんの居る教会の端まで逃げる。

 

 ネックレスには、場所に関係なく『富神の祝福』バフが付与される効果があるみたいだ。

 全ステータス上昇、そこから更に幸運値が特大アップするのが『富神の祝福』の効果なので、二枠しかないアクセサリー枠を割く価値は大いにあるだろう。

 追加効果としてNPCからの対応が一部変化するみたいだが、これは高位の司祭として扱ってもらえる、という解釈で良いのだろうか。


 クエストの発生に、優秀なアクセサリーの入手。

 

「リシアさんどうしよう、俺一生分の運を使い果たしたかもしれない助けて」

「うん、ちょっと落ち着いてから話そっか」


 俺は既に、嬉しさよりも恐怖でどうにかなりそうだった。


 クエストの話を全部人の配信でゲロって良いものか一瞬悩んだが、一人で秘密を抱えるのも面倒なので俺は洗いざらい聞かれてもいないのに話したのだった。


 でまあその結果、今は二人して教会の外で頭を抱えてるって訳ですよ。


「……えーと……アクセンさん、そのネックレス似合うね?目の色と綺麗に合ってるし、良い感じだと思うよ、うん。……クエストって実在したんだね」

「全くもって同意見です。俺、この後隕石に直撃して死ぬって言われても納得しますね。……巻き込んでしまってすみません」 

「いやいやいや、それよりも本当に配信に乗せて大丈夫だったの?変に情報が広まった結果、逆恨みで狙われたりするリスクもあると思うけど」

「んー……いや、俺の方は心配されなくても大丈夫ですよ。それよりも、リシアさんの方にその手の面倒事が飛び火しないかが心配です」


 さっきは取り乱したが、よくよく考えればこれはチャンスでしかない。

 将来的に店を構えて商売をするのなら、一番大変なのは宣伝だ。

 俺自身、つまりはプレイヤー『アクセン』がバズり、ブランドとして確立されるのならば儲け物、そうでなくても平穏な日々を過ごせば良い。

 賞金狩りを生業とするプレイヤーがかなりの数居るのなら、PK自体に怯える必要も相対的に下がる。


 俺が嫌いなのは負けの確率が高いギャンブル、俺が好きなのは勝ちの確率が高くレートも高いギャンブルだ。

 今回のはあくまでも負けが存在しないだけで、当たる筈もないギャンブルではあるのだが、まあそれはそれ。

 実際これ以上の幸運があったら怖すぎるので、あまり気にするべきじゃないな。


「予想外の出来事に遭遇して疲れましたし、調べたい事もあるので俺はログアウトしますね。リシアさん、今日一日ありがとうございました」

「こちらこそ!アクセンさんが終わるなら、私も今日はこの辺で切り上げるね。また明日以降も、ログインするタイミングとかが被ったら遊びましょー!」

「ですね!しっかしもう現実の方は八時……いやこれ、寧ろ一日でこれだけ進むとは案件ですね。食料ないし、帰ったら着替えてコンビニ行くかな……」

「そうだ忘れてた、私もコンビニ行こ。自炊しないとなーって気持ちはあっても、結局外食かコンビニ弁当になるんだよね。アクセンさんは?」

「あー……分かりますけど、ほんと体調には気を付けてくださいね。俺、一ヶ月くらい三食コンビニで暮らしていたら、洒落にならない体調の崩し方しましたから」


 あの時は本当に死ぬかと思った。

 栄養失調気味だった所に風邪を引き、一人暮らしを始めたばかりの時だったせいで家族にも頼れず、高熱にうなされながら信じてもいない神に祈る日々。

 もし体調を崩したのが春ではなく冬だったら凍死していたのでは、と今でも真面目に考えてしまう。


「それじゃ、またいつか。重ね重ね、今日はありがとうございました!」


 メニューを開き、現実へと帰還する。


 * * *


 ヘッドセットを外し、ベットから起き上がる。

 卓上に置かれたデジタル時計は12月25日の8時13分を示しており、残酷にも今日がクリスマスである事実を鮮明に突き付けてきた。

 だから何、と問われても答えはない。

 家族や恋人とクリスマスを過ごしたい気持ちもない訳ではないが、元よりクリスマスにも部屋でパソコンと向き合ってきたのだ、今更である。


 数分間の無意味な沈黙の後に部屋の電気を付け、部屋着のトレーナーを脱ぎ捨ててシャツへと着替える。

 先程までの体と比べても明らかにごつごつとした自分の手は、俺の精神を現実へ引き戻すのに十分すぎる。

 この虚脱感は確かに、FVRを社会現象とするには十分だろう。


 まあ、だからって腐る気もないし、向こうで美少女のガワを被れるのなら俺に不満は一切ない。

 ジーンズを穿き、コートを羽織って玄関扉を押し開ける。


 ––––––––同時に、隣の部屋の扉も開く。

 低確率な事象だからって幸運とは限らず、また一期一会が連続したとて嬉しいとも限らないのだと、俺はこの瞬間に身をもって学んだよ。

 それと、本日付けで俺はVRMMOをリアルと同じ姿で遊ぶ人間恐怖症となった。


 詰まる所、隣の部屋から出てきたのが黒髪にピンクのメッシュが入った女性であり、どこからどう見てもつい先程まで一緒に遊んでいたリシアさんその人だった。

 

 ただそれだけの、珍事である。


 

 











 


 

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