第11話 回復魔法は初期装備であれよ

 幾千の商談が成立し、幾万の金貨が飛び交う街。

 プレイア王国は古来より神を街の守護神とする事で栄えたのだが、それはここ––––––––ミリアドに於いても、例外ではない。


 この街の守護神は、富神。

 

 それ即ち、俺がキャラメイクの際に選んだ神であり、よってこの街は俺のホームグラウンドと言っても過言ではないだろう。

 実際、この街に来てからは『富神の祝福』なんて名前のバフが俺に付いているので、あながち的外れな話でもなさそうだ。


「この街、屋台……露店?が多いですね。プレイヤーが出店したりは出来ないんでしょうか。安上がりに始められそうですけど……」

「そこは僕もチェックして無かったなー。また明日にでも、観光がてらプレイヤーを探してみたら?楽しいよーミリアドは。掘り出し物を探すだけで日が暮れる」

「あ、分かる分かる!私もさ、何時間も露店巡る配信とか過去にやったんだよね。アーカイブ確認したら五時間とかあって、流石にその時はビビったよ」

「へー……露店に出てるアイテムって日替わりですか?」

「うん、一部はそうみたい。日課にするにはあまりにも数が膨大だから、気が向いた時に見て回るくらいで丁度いいと思うけどね」


 夜になった今屋台には誰一人として存在せず、品物も並べられてはいないが、これはこれで祭りの後みたいな趣を感じるな。

 俺、祭りとかほとんど行った事ないから、想像でしかないんだけど。

 今度、地元の祭りに大学の同期とか誘って……行けるような関係の人とか……いないな、うん。

 ディザオンでも季節イベント開催の予定はあると公式サイトに書いてあったし、気長に夏祭りイベントが来ることを願って待つか。

 

 ……最近、貴重な青春の五年間をMMOで棒に振ったんじゃないかと思い始めてしまっている。


「アクセン、何とも微妙そうな顔してどうしたのー?郷愁とか悲哀とか、そういうのは似合わないよ」

「あ……そこまで顔に出てましたか、フルダイブも考えものですね。そういえば、お二人ってお祭りとかに行った事あります?」

「私は小学校の時に友達と行ったっきりかな。イナリさんはどう?」

「僕は一度もないかなー。アクセン、そんなに祭りとか行きたいの?それなら折角だし、今度二人でどこかの祭りでも見に行ったりしない?」

「嬉しい申し出ですけど、遠慮しておきますね。現実の俺は可愛げの欠片もありませんし、失望させるだけでしょうから」


 あと、それ以上にイナリさんと一対一で会いたくない。

 多分だけど、この人俺と同類だろうし。

 きっと高確率で冴えない男二人の構図になるのだから、可愛いアバターに慣れ切っている俺達にとっては毒だと思われる。


「残念、そりゃそうか。僕はそろそろ晩飯にしたいのでログアウトしますねー。それとアクセン、司祭で始めたんだよね?もし街を巡るんだったら、教会へ顔を出しとくのをお勧めするよ。それじゃ」


 そう言い残して、イナリさんは現実へと帰還していった。

 頭から抜けていたが、確かにもう夕飯の時間か。

 ……今、家に食料あったっけ。

 

「イナリさんは居なくなったけど、どうする?私はどうせ今日も明日もやる事ないし、後何時間でも付き合えるよ!言われた通りに教会寄ってく?」

「じゃ、行きましょうか。俺は明日バイトあるので早めに寝ますけど、それまではよろしくお願いしますね」

「はーいはい了解!それと本人居なくなってから聞くのもアレだけどさ、アクセンさんってイナリさんとは知り合ってから長いの?あしらい方が慣れてるっていうか、昔っからの友人って感じがするんだけど」

「まあ、何だかんだ五年くらいはつるんでいた仲ですからね。実際に会った事は無いですけど、稀に距離感が変になる以外はまあ許容範囲内の愉快な人です」


 それと異様にアカウントの特定が早かったりもするけど、情報を悪用する類いの人でない事は確かだ。

 善も悪もなくただ呼吸と同じノリで人の個人情報を知ろうとする癖の人、みたいな認識で合っていると思う。

 冷静になると、すごく怖いな。


 * * *


 リシアさんと雑談しながら歩く事数分。

 

 俺達は露店が立ち並ぶ通りを抜け、物理的にも格式的にも一段上のエリアへと足を踏み入れた。

 NPCの着ている服もコートやドレスの割合が高くなっており、何とも場違い感を感じずにはいられない。

 俺が今着ているのは司祭の白いローブなので、ある意味では正装なのだろうか?


 ただ教会へ行きたかっただけなのに、どうして貴族街的な場所へと行かねばならないのだ。

 貧しい者の味方としてアクセスしやすい場所にあれよ、富神サマってのは結局金持ってる奴の味方なのかよ。

 ……って事は未来の俺の味方だな、ならいいか。


 本名があるのかすらも知らない富神相手に悪態を吐いたり、勝手に納得したりと意味のない一人芝居をしながら、思いの外こじんまりとした教会へと入る。

 

 中では数人のNPCが座って祈りを捧げており、奥にはここの司祭と思しき俺と同じローブを纏った男が突っ立っている。

 そういえば、何で教会へ顔を出せって言われたんだ?

 仔細を聞いておくべきだったな、これは。


 一応、ここの司祭と話してみるか。

 注目しても名前が出てこないのでユニークNPCではないみたいだが、一応ロールプレイは忘れない様にしておこう。

 キャラ設定とか特に考えていないけど、フィーリングで何とかなるだろ、多分。


「ええと……すみません、少しお時間宜しいでしょうか?俺はアクセン、貴方と同じく富神様へ使える者です」

『なるほど、君も富神様の司祭でありましたか。……それにしては、回復の魔法を覚えておられないご様子。もし良ければ、この書物をお持ちくだされ。きっと、回復の魔法を習得する助けとなります』


 司祭の男は緑色の表紙をした本を無から生み出し、俺の方へ差し出してくる。

 このゲームのNPCは、プレイヤーへアイテムを渡す際に無から生成してくれるタイプらしい。

 そうでもしないとバグが頻発する、なんて世知辛い裏話も聞いた覚えがあるな。


 ともあれ、有り難く本を受け取りアイテムボックスへと仕舞う。

 使用する事で、一番基本の回復魔法を習得できるアイテムらしい。

 こりゃあ確かに教会へ寄るべきだが、普通に初期から回復魔法くらい持っていても良い様な気がして素直に喜べない。


「ありがとうございます。それでは、俺も旅に戻らせて頂きます」

『……いいえ、少しお待ちを。君からは、非常に強い富神様の力を感じます。ただの祝福ではない、富神様の力の欠片とでも云うべき何かを』

「はい?そんな力、全く覚えがないんですけど……」

『いいえ、決して私の見間違いなどでは無い筈なのです。もう一度、よく思い出してくだされ。君ならば……あるいは、富神様への謁見も叶うかもしれません』


 謁見?

 大変唆られる、それこそ特別な冒険クエストの気配を感じざるを得ない響きだが、生憎と本当に覚えがない。

 ゲーム開始時に選んだのはあくまでも信仰する神でしかなく、ここまで大層な物言いをされるに足る何かではない筈。


 ……もしかして、スキルか?

 富神、即ち金の神に大きく関係して、尚且つなんか特別そうなスキル。


 打出の小槌を出現させ、司祭の男へ見せる。


『なんと、これは––––––––!』


 反応を見るに、俺は当たりを引いたらしいな。

 


 

 












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