第10話 正当防衛なんです信じて下さい
剣を構えた男の後頭部目掛けて、赤い木槌を振り下ろす。
木槌が命中した男は黒い霧となって霧散し、木槌自体も白い光となって消滅した。
「これで終わり、ですかね。山賊相手の戦いにも慣れてきました」
「おつかれー。レベルを上げて強くなるようなゲームじゃないけど、プレイヤーとしての腕前は戦えば戦うだけ上げられるからね。アクセンさんの木槌使いも、中々様になってきたんじゃない?」
「そうだと良いですね。打出の小槌を手に入れてしまったせいで、素手縛りを当面は継続する羽目になりそうですけど」
「そのせいで、僕が武器を作るって話も流れたしねー。鍛冶師としても僕個人としても残念でならないけど、仕方ないか」
肩をすくめながら大きな息を吐くイナリさんの表情は、俺の想像以上に落胆の色が強かった。
そんなに武器を作りたかったとは、驚きだ。
昔からイナリさんは生粋の生産職好きだったし、人の武器をオーダーメイドで作るのは楽しみの一つなんだろうか。
生憎と俺は武器を売り捌く側の人間なので、生産職については人から聞いた話しか知らないのだ。
このゲームの鍛冶師は武器以外にも金属製のアクセサリーなどを作れるらしいし、イナリさんには今度頼んでみよう。
「……あ、殺気。しかもこれ、プレイヤーだね。まーた私を狩りに来たのかな、今日はツイてないや。ごめんね、二人とも巻き込んじゃって」
リシアさんは急に後ろへ振り向き、背負っていたハルバードを構える。
そういえば、何者かに弓で襲撃を受けた時も、モンスターとエンカウントした時も、リシアさんは真っ先に敵の存在を感知していたか。
ただの野生の感的なやつなのか、それともスキルの効果なのか。
どちらにせよ、仲間にいると心強い能力だ。
姿を現した敵プレイヤーは、三人。
プレートアーマーを装備した大剣使いに、軽装の弓使い。
そして、上品な黒いコートに身を包んだ雄の獣人。
魔法職なのか何なのかは不明だが、あの獣人だけ丸腰なのは気になる。
「大丈夫、私一人で何とかするから安心して。アクセンさんはまだ懸賞金が掛かって無いんだから、絶対に手を出したら駄目だよ」
「そうか、確か懸賞金付いてない人を殴るとアウトなんですよね」
「そうそう。拳が掠っただけでも懸賞金は付いてしまうから、人が居る場所での戦闘には気をつけようねー?僕は非戦闘職なので、あまり関係ないけど」
なるほど、そんなシステムなのか。
掠っただけでもアウトとは、実に不便だな。
……何だ、誰かから個人メッセージが送られてきたぞ?
差出人|クトー
本文 |単刀直入に書く。
そちらの賞金首二人ではなく、私達の方へ付かないか。
彼らの賞金の内、四割を貴女の取り分とさせてもらう。
もし話に乗ってくれるのなら、手を上げてくれ。
「……うーわ、俺こういうの苦手なんですけど……やだなあ」
「ん?アクセンさん、何か言った?」
「何でもありませんよ。リシアさん、お願いしますね」
俺は笑顔のまま後ろに下がり––––––––メッセージの差出人にしっかりと見えるよう、右腕を上げた。
俺のジェスチャーを合図に、戦闘が始まる。
大剣使いはそのまま真っ直ぐこちらへ突撃し、獣人の男はその数歩後ろに付いて移動する。
弓使いは我々の斜めに位置取り、射線を通す。
……手慣れているな。
大剣使いを獣人がサポートし、弓使いは相手を牽制し動きを制限する。
誰か一人を倒そうと注力すれば、他二人に攻撃され殺されるのは明白。
リシアさんがどれだけ強かろうと、これだは流石に部が悪いだろう。
「パーティー単位での戦術をちゃんと決めてあるって事は、君達は賞金稼ぎ専門ギルドとかから来た人かな!あはは、ちょっと駄目かもねこりゃ!」
「んな事言いやがって、全部捌き切ってんじゃねえ……か!」
大剣使いは弓使いの方へ目配せしながら、後ろへ飛び退く。
「––––––––!了解、『弓時雨』!」
合図を受け取った弓使いはスキルを使用し、リシアさんが一秒前まで居た位置に矢が降り注いだ。
大剣使いが飛び退いた瞬間、範囲攻撃が来ると察したリシアさんは一か八か前方へ飛び込み、再度接近戦に持ち込んだのだ。
しかし、依然として不利な事実は変わらない。
相手に裏切り者が潜んでいる事実を知る彼らは、勝ちを確信していた。
この瞬間までは。
「……貴女、まさか!」
弓使いがスキルを使用した瞬間に動いていたのは、何も二人だけではない。
降り注ぐ矢の雨の中に、俺は一瞬だけ手を突っ込んだ。
手から黒い霧が溢れる。
体感三割くらいの体力と引き換えに、相手の弓使いへ少額の懸賞金が掛かる。
弓使いまでの距離は約10メートル。
事態を把握しているのは俺と獣人の男のみ。
この条件なら、妨害を受けずに殺せる––––––––!
「『仮初の金貨』、『打出の小槌』!」
「っ……止まれ!」
獣人の男は、アイテムボックスからコンクリートの様な灰色の液体が入った瓶を取り出し、俺の足元へ投げる。
どうやら、移動速度を低下させるポーションみたいだ。
ダメージを与えないデバフなら懸賞金はかけられないみたいだが……日和ったな。
スキルで出した木槌を見て俺が近接攻撃主体だと読んだのだろうが、残念ながらそれは保険で出しただけ。
「––––––––『金貨飛ばし』」
熟練度が上がった『仮初の金貨』による2000ゴルドと、山賊を小槌で殴って貯めた約3000ゴルド。
それは、軽装の弓使いを仕留めるには十分過ぎる金額だった。
「いよーし、やっと一撃入ったァ!それじゃあしっかり味わっていきなよ、『
どうやら、向こうの戦いも方が付いたみたいだ。
「何だこれ……状態異常!?何でこんな急に……クソ、力が入らねえ!訳わかんねえスキル使いやがって……斬り合うしか出来ない同類じゃなかったのかよ」
「ま、こう見えて私の職業は狩人だからね。それじゃあさよなら、次は互いに正々堂々戦える事を祈っているよ」
「……テメエと戦うとか、二度と御免だ」
黒いハルバードが、大剣使いの首を刎ねる。
そして、次の瞬間には獣人の男へと矛先が向いた。
「私だって、無闇に懸賞金を上げたくて戦っている訳じゃないんだよね。降参して逃げるのなら殺さないけど……どうする?」
「これ以上足掻いた所で、私は金とアイテムを浪費するだけだろうからな。降伏させて貰おう。回復薬一人残された時点で、負けは確定している」
「なるほど、アイテムを使うヒーラーですか。貴方が何者なのかだけ、ずっと気がかりだったんですよ」
「……すまない。アクセン殿、貴女には悪い事をした」
獣人の男は深々と頭を下げ、俺に向かって謝罪する。
口振りから察するに、彼が俺にメッセージを送った人物……クトーか。
それとは一切関係の無い話だが、この距離まで近付いてからようやく分かった。
彼は、犬の獣人だ。
……いや、髪色や耳の色が灰色なのを見るに狼なのか?
「別に、頭を下げられる謂れはありませんよ。規約に反している訳でもありませんから、俺から言うべき事もありません」
「どうしたの二人とも、何かあった?因縁とかある?」
「そんなものは無いので、リシアさんはお気になさらず。それじゃ、俺達は先を急ぎましょうか。クトーさんもどうぞお元気で、気に病まずお過ごし下さいね」
「……はは。貴女とまた会う事があれば、その時は味方である事を祈っておこう」
そう言い残して、クトーさんは光と粒子となり消えていった。
何処かの街へファストトラベルしたのだろう。
「イナリさんも、さっさと行きますよ……おい何うつらうつらしてるんですか、暇だったのは分かりますけども早よ起きろ」
「寝てない、寝てないからねー?……やめて耳引っ張らないで、そこ感覚あるから」
草原の日は暮れなずむ。
そろそろ、現実の日も沈んだだろうか。
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