第15話 ノンプレイヤー・ユニーク

 広大な屋敷の中で俺が通されたのは、本棚に囲まれた執務室だった。

 空気は張り詰めていて、静かで落ち着いた部屋は俺を量る法廷へと姿を変える。


『聞かせて貰おう。キミは何が為、私の元へ訪れた』


 椅子に座った黄金色の獣人は、机越しに問う。

 何が為、と。


 そもそも俺はただ単純に魔銃が欲しかっただけで、残念ながら手土産となる商談の一つも持ってはいない。

 困った事に相対する彼は商人で、俺は現状ただの物乞い。

 本来なら門前払いで終わる筈だったというのに、何の因果かラストチャンスを与えられてしまった。


 ならば、足掻けるだけ足掻いてみよう。


「––––––––俺を、雇う気はありませんか」

『……続けなさい』

 

 今この場でやるべきは、俺の有用性をアピールして取り入る事だ。

 魔銃の規制をこの街限定とはいえ跳ね除けられるだけの影響力を持った、

 気に入られてコネを作る事さえ出来れば、店を開くまでの道のりを大幅にショートカットできるかもしれない。


「端的に言って、俺は大変便利ですよ。戦えて、回復魔法も使えて、おまけに権力もある。しかもすごく可愛い。偶像アイドルにだってなれます」

『どれも信じ切る事は出来んなァ。キミが司祭を騙る工作員である可能性も捨てきれん。何より、キミの目的が不明瞭だ』

「目的。それは、商会の役に立ちたいというのでは駄目でしょうか」

『無論駄目だ。この世で最も信用ならん人間とは、欲を表に出さない人間だよ。私に雇われて、その先に何を望む。私がキミに何を与えれば、キミは私の為に死ぬ事が出来る?––––––––答えろ。何が為、私の元へ訪れた』


 また一段と緊張が増す。

 嘘は許されず、意味の無い回答も許されない。

 ただ一言の真意を話して、それが受け入れられなければ終わり。

 しかしまあ、答える事が決まっている以上は悩んだって仕方ないし、取り繕う方法が無い破滅的なギャンブルへ飛び込むのもたまには悪くない。

 

「金儲け」

『今度はえらく端的だな、キミ』

「まあ、俺の目的はそれ以上でもそれ以下でもありませんし、その金で何がしたいみたいなのもありませんから。ああいや、楽しく浪費したい願望はありますけど」

『……それが本性か。富神様でも手に余る愚物だな、キミは』  


 心底呆れたと言わんばかりの表情で頭を抱え、彼はぐったりと椅子の背もたれへ体を預ける。

 その後少しすると、彼は一枚の紙と万年筆を机の上へ出現させた。


『もし私の元で働きたいと本気で思うのなら、この契約書に署名しなさい。この紙自体には何の意味も無いが、まじないとしての効力はある。私には敵が多くてね、こうでもしないと仕事の一つも頼めない』

「仕事……え、という事は」

『おめでとう、キミは合格だ。商会ではなく、私––––––––ネコニコ個人の私兵としての採用だがね』


 契約書にサインすると同時に、俺へと状態異常が付与される。

 金従の契約––––––––契約主へ攻撃するとHPを吸収され、更にゴルドも徴収される、という効果の状態異常らしい。

 しかも効果は永続で、死んでも解除されないみたいだ。

 一瞬脳裏に詰みの二文字がよぎるが、それはすぐに別の思考でかき消された。


『クエスト『ネコニコ商会の飼い犬』が発生しました』

『実績『契約に縛られて』を獲得しました』

『スキル『マリス・エフェクト』を獲得しました』


 流石に嘘だろ、こんな短期間でクエスト二個目とか聞いてない。

 誰かに見られているかの様な変な気配と寒気も治らないし、俺本当に来世分の運まで使い果たして後は死ぬだけだったりしないか。

 次外でた瞬間に隕石と落雷に見舞われて、ついでにトラックに轢かれて地獄の最下層へ転生しても驚かないぞ。

 

『それでは、最初の仕事を与えよう。これは飽く迄もキミの力量を量る為の仕事であり、つまりは二次試験の様なものだ。荒事をどれだけこなせるかを見る為の、な。無理難題を言いはしないが、難易度は……おい、聞いているか?』

「え?ああ勿論聞いていますとも。俺に無理難題を吹っ掛けるって話ですよね」

『よし、やはり聞いていないな。キミにはこれからあるモンスターを狩り、戦利品を持ち帰ってもらう。生半可な準備では死ぬ、とは忠告しておこうか』


 彼、ネコニコさんはまた紙を出現させ、机へ置く。

 紙に描かれているのは、トリケラトプスを彷彿とさせる赤茶色のモンスター。

 角は結晶に覆われていて、絵でも伝わるこの迫力は実に覚えがある。

 

『このモンスターの名はクリスタラプス。シガレドと云う治安の悪い街の近くに泥晶の森と呼ばれる地域があるのだが、そこで常に徘徊している憎き奴だよ。奴は基本、一度怒れば地の果てまで追ってくるから気を付けてくれ』


 クリスタラプスとやら、リシアさんが追われてたあのモンスターじゃないか。

 ……あれ倒さないといけないのか、俺。

 リシアさんの助力は願えそうにないし、自力で何とかするしかないか。


『この件に当たって、常識的な範疇での支援はしよう。必要な物、欲しい物があるのなら言ってくれ。力になれる筈だ』

「なら、魔銃を頂く事は可能でしょうか」

『ふむ……良いだろう。昔私が使っていた物で良ければ、だが』

「全然問題ありませんけど、ネコニコさんはそれで良いんですか?かつて使用されていた物なら、愛着もあるでしょう」

『多少はな。何、使わなくなった時に返してくれればそれで良い。これはキミに対する私なりの感謝だ、どうか遠慮なく受け取ってくれ』


 机の引き出しから取り出された小さな木の箱の中には、純白に金で装飾が施された拳銃が収められていた。

 マガジンからは透明な水晶が飛び出し、天井から吊られた照明の暖かな光を受けて輝いている。


 恐る恐る左手を伸ばし、魔銃を持つ。

 それは案外ずっしりと重く、しかし不思議と手に馴染む重量だった。


「ありがとうございます。この魔銃、謹んで頂きます」

『そうしてくれ。アクセンよ、どうかまた会おう』

「……はい」


 魔銃を一旦アイテムボックスへ仕舞い、執務室を出る。

 そして屋敷の中を歩きながら、取得したスキルと魔銃の情報を見るのだった。


『マリス・エフェクト』

攻撃する相手と自身の状態異常の数だけ、攻撃力を上昇する。

効果時間/永続

発動条件/自身に何らかのデバフが付与されていること


『ガロテP32ネコニコカスタム』

魔銃工房ガロテの作成した名銃を、ネコニコが個人で改造したもの。

連射力を犠牲に攻撃力とクリティカル率が向上しており、またクリティカルで敵を倒すと獲得するゴルドが上昇する。

攻撃力/180 

攻撃属性/魔力

リキャスト/1.5秒

クリティカル率/30%


ウェポンスキル『窮猫吉兆』

次の攻撃の攻撃力が上昇し、確定でクリティカルが発生する。

このウェポンスキルのリキャスト中は攻撃力が低下し、クリティカル率が上昇する。

リキャスト/120秒

発動条件/自身のHPが20%を下回っていること












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