第7話 変人奇人言うたってどれが誰だか
プレイア王国の首都にして聖都、カレイド。
そんな大層神聖な街の中心部に位置する王城の近くで、どうしたものかと俺は門衛のNPCを睨み付ける。
どう見ても今の俺は不審者だが、こんな事をしていても捕まったり殺されたりはしないらしい。
誓って殺しはやってない奴が投獄されるなんて事は、それこそ王の御前にワープでもしない限りは発生しないらしく、大変温情を感じるゲームだ。
で、何故俺がこんな事をしているのか、だが。
先にこのゲームを始めている友人と合流しようかと思ったら、何故かその友人が投獄されていて助ける羽目になったからだ。
なんで?
これが映画のプロローグなら、俺は今から城へ忍び込んで姫を助けたりするのかもしれないが、困った事に捕まっている奴の中身は俺と同じく男であり、しかも俺がやるべきはステルスアクションでも大脱走劇でもなく、保釈金集めである。
本来金策は俺の得意分野だが、それはあくまでも準備が整ってからの話。
初心者も初心者、攻略も商売もまだ土俵にすら立てていない状態で一万ゴルドも稼ぐのは、なかなかに無理ゲーな気がするのだ。
斯くなる上は……借りるか。
この世界に消費者金融的なものがあるのかは分からないが、確かプレイヤー同士のトレードは可能だった筈だ。
まあ問題は、こちらから出せるアイテムも、金を貸してくれるフレンドも誰一人として存在しない––––––––
『リシアがログインしました』
いや、一人だけ存在したな。
* * *
頼むだけ頼もう。
駄目そうなら、一切食い下がらずに謝罪しよう。
本来不必要な筈の覚悟を決めて、マップを開く。
このゲームは同じ街にいる場合のみ、フレンドの元へファストトラベルする事が可能なのだ。
さて、リシアさんの場所は––––––––ん、俺の後ろ?
「はろー、アクセンさん。ちょっと諸事情で、せっかくなのでまた配信に出て頂きたいんですけどー……てか今既に配信中なんですけども、大丈夫でしたよね?」
いつの間にか俺の背後に陣取っていたリシアさんは、少しだけ申し訳なさそうに話しかけてくる。
俺がマップを開くよりも先に、俺の元へファストトラベルしてきたのか。
つい先程まで配信で見ていた人がそのままの声、そのままの顔でそこに居るのは変な気分だが、一先ず配信を見た事は本人へ秘密にしておこう。
「全然問題ないですけど、それ俺以外の時は事後報告じゃ駄目ですよ?それと、リシアさんに一つだけ頼みたい事があるのですが……いや全然断って貰って構わないのですが……」
「ん、何?」
「……一万ゴルド、貸して頂けませんか?」
「良いけど、急にどうしたの?」
よし、初手は予想以上に好感触。
これなら事情を話せば貸してはもらえそうだけど、その後どうするかな。
出来る限り早く利子付きで返すのは当然として、他に出来る事はあるだろうか。
「ありがとうございます!いやあ、合流しようとしていたフレンドが……」
「フレンドが?」
「魔術師に喧嘩売られた上、転移魔術で王様の御前に飛ばされて捕まったんですよ。保釈金が一万ゴルド必要らしいので……ちなみに、さっき門衛と話していたんですが、ビタ一文負けてはくれそうになかったです」
「えっマジ!?実話……!?ごめん、悪いけどメチャクチャ面白い……っふふ……アクセンさんもさあ、何で律儀に交渉しようとしたのさ……!?」
リシアさんは何とか笑いを堪えようとしているのか、前屈みになりながら手で口を抑えている。
良かった、フレンドの痴態が多少の笑いと配信のネタになったのなら何よりだ。
俺がメール送られた時も過呼吸になるくらいの笑いと呆れに襲われたから、その感情の断片を他人に共有できた事も、個人的に嬉しい。
「はー……はー……うん、数日分は笑わして貰っちゃった。そのお礼って訳じゃないけど、その位の金額なら払いましょう!あ、そのフレンドさんにも会ってみたいんだけど……配信とかって大丈夫な人です?」
「まあ、大丈夫でしょう。その人はイナリさんって言うんですけど、俺の昔からの知り合いですし、悪い人じゃない事だけは確かですよ。良い人でも無いですけどね」
「イナリ……ああいや、流石に別人か。それじゃ、お金渡す為にトレード申請送るね?そっちは何も出さなくてオッケーだから」
送られてきた申請を了承し、一万ゴルドを受け取る。
これにより、俺の所持金は119ゴルドから10119ゴルドに。
改めて一万と言う数字の大きさに驚愕するが、いつか一万程度を端金だと思える位に儲けて、リシアさんにも恩を返したい所だ。
『実績『無心』を獲得しました』
『スキル『仮初の金貨』を獲得しました』
「……へ?」
「アクセンさん、どうしました?」
「いや、なんか実績解除してスキルが手に入ったので驚いて。にしても実績『無心』って、まるで俺が遠慮なく金をねだったみたいじゃないですか」
「それは事実じゃない?」
「う……いや、遠慮はありましたからね、これでも。スキルの確認は後にして、囚われのフレンドを解放しに行きましょうか」
一万ゴルドをアイテム化して取り出し、先程まで俺が意味も無く睨んでいた門衛に囚人の保釈金として渡す。
俺なら、ずっと睨んできた挙句金貨袋を渡してきた奴の話なんて絶対に聞きたくないが、大変物分かりが良いNPC殿はすんなりと門を開け、城の敷地内へと案内してくれた。
彼が捕まっている地下牢の入り口は、城の外壁の端にある様だ。
俺は案内に従って狭い扉を通り、恐る恐る碌な明かりの無い暗い階段を降りる。
今にもネズミやゴキブリが飛び出して来そうだが、そうなってないのは運営の優しさなのかもしれない。
陰鬱とした地下牢の最奥で、俺達は不敬にも王の御前へアポ無しで現れたらしい大罪人と対面する。
金髪ロングに、狐耳ともふもふの尻尾。
美少女と呼称しても何ら問題の無い彼女は、どこで手に入れたのか不明な男性用の羽織袴を着用している。
そういえばこのゲーム、性別による装備制限はなかったな。
ともあれ、門衛に扉を開けて貰って外へ出た大罪人は。
「や、アークセーンくん!僕、何時間かはぼーっと待つ気で居たのに、三十分も経ってないとか流石に早すぎない?で、そちらの方、は……え、マジ?」
出てきて早々、思いっきり男声で第一声を発したのだった。
「……イナリさん、なんでボイチェン使ってないんですか!?」
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