第8話 イナリ先生のディザオン金策講座
「……イナリさん、なんでボイチェン使ってないんですか!?」
俺とリシアさんを交互に高速で首を振って見ている眼前の狐耳美少女に対して、全力を以て魂の叫びをぶつける。
何で!
俺に『ボイチェンもあるから』とか言ってディザオンに誘った張本人が!
美少女アバター+男声のストロングスタイルなんだよ!?
なお、リシアさんは今の俺の叫びがツボに入った様でまたもや笑いを堪えようとしている。
「そんな事言われてもなー。それよりも判、じゃなかったアクセン?あの人が誰か流石にちゃんと分かってるよね?」
「何言ってるんですか、一緒に居る以上は知ってますよ。色んなゲームで遊んでる配信者さんですよね?あ、そういや今も配信回ってるそうなんですけど、イナリさん今大丈夫でした?」
「僕が思うにそれ事後報告じゃ駄目じゃないかなー!まあ別に問題はない、というか二人はもっと面倒な問題を抱えてそうだけどね?」
「ええと……イナリさん、ですよね。何か問題でもありました?あ、私も私の視聴者もバ美肉とかネカマ的なのは気にしないからね」
「いやだからそこじゃ……はあ、まあいいか。ただアクセン、後で話あるからな」
イナリさんは額に手を当て、明確な呆れを含ませて言葉を吐く。
何とも怒られの気配がするが、人の失態の埋め合わせをした人間に対して些か無礼じゃあないだろうか。
……もしかして、イナリさんってリシアさんの視聴者だったりする?
だとしたら納得も出来るが、これはあまり邪推するべきものでもないな。
「さて、と。俺の目的だったイナリさんの回収も終わりましたけど、これからどうしましょうか?俺はまだ右も左も分からないので、リシアさんの意見が聞きたいです」
「え、私?ぶっちゃけちゃうとアクセンさんが映ってるだけで視聴者は喜ぶから、やりたい様にやって貰うのが一番なんだけど……イナリさんは何かないです?」
「いやー、僕は別に。やっぱり初心者であるアクセンのやりたい事を優先……正確にはやりたい事に至る為の動線整備かなあ、今やるべきは。残念ながら、今すぐには出来ないからね」
「アクセンさんのやりたい事、知ってるんですか?」
「当然。これでもほら、付き合いだけは長いからね。彼のやりたい事と言えば今も昔も一つだけ。それこそが––––––––」
そうだ、俺がディザオンを始めた理由は美少女になりたかったからだけではない。
俺にとって、どんなゲームを遊ぶ時でも目標となること。
ゲームを遊ぶ上で何よりも優先される至上命題。
「「––––––––金策」」
馬鹿げているだろうか。
しかしどれだけ馬鹿げた夢であったとしても、俺はもう一度ゲーム内で巨万の富を築くと決めたのだ。
……なんか、配信回ってるからカッコつけたみたいになってないかな、俺とイナリさん。
だとしたら相当恥ずかしいけど––––––––
「うん、やっぱり気に入った!たまたま君達みたいな人を知っているから、なのかもしれないけど……応援するよ。もし、今後ギルド作ったりするなら私にも一枚噛ませてね?うーんうん、久しぶりに血が騒いできたなぁ!」
嬉しい事に配信主のテンションが上がってくれているので、まあいいか。
……それと、またイナリさんが頭を抱えていた理由も、いつか分かるだろうか。
* * *
狭い地下牢から場所を移し、前リシアさんと来た酒場で俺達はまた丸テーブルを囲み、木のジョッキでエールを飲んでいる。
イナリさんが仲間に加わった為、前よりもテーブルの上が狭くなってしまったが、仕方あるまい。
先程から視界へのコメント表示機能をオンにしたらしいリシアさんは面白い位にキレ散らかしているが、事情を知らない他人には酔って幻聴と戦っているNPCにしか見えないだろう。
「リスナー、何でお前らイナリさんでも色めき立ってるの!?『だって可愛いやん』ってさあ……節操ないの?『初心者ちゃんも可愛い』……そうじゃないよね!?あ、雑談配信に出てもらうのは計画済みだから」
「聞いてませんよ?」
「そりゃあ言ってないからね。あ、いつ頃なら時間空いてそう?一時間くらい私と話してもらうだけで良いからさー」
「……俺は良いですけど、本当に需要ありますかそれ」
「コメ欄曰くあるらしいし、私も流石にただの雑談じゃ燃えたりしないから大丈夫大丈夫!一回だけ、一回だけで良いからさ?」
これだけ高く買ってもらえるのは嬉しいが、それ以上に困惑が勝ってしまう。
そもそも俺は自分が男性である事を隠してはいないし、操作するキャラは基本的に美少女である事が多いが、一部でネカマと呼ばれる人間とも多分少し違う。
俺はただただ美少女になりたいだけであり、それは必ずしも美少女として扱われたい事とは直結しないのだ。
外野からしても可愛ければそれでヨシ、というだけの話なのだろうか。
「とりあえず、その辺の話はおいおいするとして。イナリさん、端的に聞きます」
「はーい、何でしょう」
「トレードに頼らないプレイヤー間のアイテム売買、どうすれば出来る様になりますか。他のゲームで言うところのバザーやマイショップですが、その手の機能を使えなければ話になりません」
「やっぱりね。この話、ちょっと長くなるから覚悟してくれよー?」
「何を今更。問題ないですよ、その程度」
という訳で、リシアさんがコメントと格闘している様をBGMとした、イナリ先生によるディザイア・オンライン金策講座が開始したのだった。
まず大前提として、このゲームには全プレイヤーがどこからでもアクセス出来る市場は存在しない。
アイテムをプレイヤーに対して売る為には、この世界の何処かに店を構えなければならないのだ。
ならば、どうやって店を構えるか。
これには大きく分けて二つの方法があり、街にある建物を買い取って己の店とするか、何もない場所に一から建てるかだ。
前者は金がかかるが楽でプレイヤーも呼び込みやすい、後者は大量の素材と建築センスが必要だが総合的には安上がり。
しかしどちらにせよ面倒な事に変わりはないので、まだこのゲームには明確に商人と言えるプレイヤーは数える程しか存在しないのだとか。
それだけの苦労をして店を開いたとて、そもそも売る物がなければ意味がない。
現在最も需要があり、今後何があっても需要が途絶える事が無いであろう最も安全な商品とは装備品だが、それの準備にも金がかかる。
装備の素材代に、装備を作る優秀な生産職も必要だ。
その他にも強盗を企むプレイヤーへの対策だって必要だし、出店位置を間違えれば閑古鳥が鳴き続ける可能性だってある。
このゲームで商売を行うには数ヶ月、下手すれば数年単位での計画が必要。
ベータテスト時代からの古参プレイヤーであるイナリは、そう結論付けた。
「アクセン。それでも、挑戦するんだよな?」
「当然。俺はその為にこのゲームを始めたんですから。イナリさんは当然として……リシアさんだって、俺と絡むのなら手伝って貰いますよ」
「勿論!私も似た様な事は別のゲームで経験あるし、こうなったら最後まで付き合わせてもらうよ。我ながら、また面白い人に出会っちゃったな」
例えどれだけ遠い道のりであっても、一歩一歩積み重ねていこう。
全ては、このゲーム一番の大富豪となる為に!
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