第3話 待てよ無一文とは聞いてない
踏み締める土の感触、降り注ぐ陽の光の眩しさ。
フルダイブとはこれほどに素晴らしいのかと、今日何度目かの驚きを噛み締める。
遠くに見える白い城壁などは見るからにファンタジーなのに、脳は今この空間を
本当に異世界転生を果たしたのではないか、なんて思ってしまう位だ。
「あー……でも、やっぱり声には慣れないですね。滅茶苦茶カッコ良くて可愛い声なのに、ボイチェン通してる時みたいな違和感もないですし」
何らかの声を発したり、自分の手や髪が明らかに自分のものでは無い事を認識した時にだけ、少しばかり現実に引き戻されてしまうな。
このままプレイを続けていれば、きっといつか現実に居るタイミングで違和感を感じる様になってしまうのだろうか。
……美少女になれたのは嬉しいが、イナリさんみたいにはなりたくない。
どうにか自己を強く保とうと決意しながら、適当にメニューの開き方や
貨幣単位がゴルドである事は知れたので、他の情報に要は無い。
こんなものは大抵、分からなくなってから確認すれば良いのだ。
「しかし、装備くらいは確認しておきますか。武器も装備してないみたいですが、アイテムボックスの中ですかね。はてさて初期武器は杖か聖書的な何かか、それともフレイルやメイスでしょうか〜?」
しかし、アイテムボックスには石ころの一つも入っていない。
追い討ちの様に無慈悲にも所持ゴルド欄で輝くは、0の数字。
つまりは無一文。
全財産は白のローブのみであり、文字通りの一張羅である。
確かに職業は司祭を選んだが、質素にも程がある。
この世界の宗教観はよく分からないが、もう少し地に富を積ませろよこちとら富神を信仰してるんだぞ、なんてキレたくもなってくる。
こうなっては何かに八つ当たりするしかなく、幸運にもおあつらえ向きのゲル状生物、即ちスライムとエンカウントした。
大きさは意外と大きく、俺の膝くらいまでは高さもある。
じわじわと迫ってくる緑色のスライムを前にして、俺は仕方なく拳を固めた。
「ふふふ……そうですよ、俺にはこの拳があるんです。何がスライムか、要するにおもしろ実験洗濯糊野郎ですよ。つまりィ––––––––」
顔面目掛けて飛びかかってくるスライム目掛けて、勢い良く拳を突き出す。
「––––––––殴れば、死ぬ!」
スライムの弾力が拳から伝わる。
思った以上にプルプルしていて心地よいが、あまり手応えは感じない。
ダメージ表記が見える訳でもないので少し不安になるが、司祭の拳はちゃんと効果があったみたいで、スライムは黒い粒子となって空中で消えてしまった。
思った以上に呆気のない終わりだったが、勝ちは勝ち。
どうやら、ドロップしたアイテムは自動でアイテムボックスに格納されるらしい。
ドロップアイテムがそのまま地面に落ちる方式だと、一度に大量のモンスターを倒した際に物理演算が荒ぶってクラッシュすると、どこかで聞いた事がある。
FVRのゲームは年々リアルになって、またオンラインゲームの割合も増えているらしいが、それでも技術的に不可能な事はまだまだ沢山あるみたいだな。
「ま、それはいいとして……ドロップはスライムの粘液に、6ゴルド。雑魚敵倒して金が手に入るのはいいですね。金策の選択肢は多いに越した事ないですし」
それでは、改めて遠くに見える白い城壁を目指そうか。
あれだけ目立つ場所が王都か聖都じゃない訳もなし、少なくとも大きな街である事は確定しているのだから、最初に目指す場所としては最適だろう。
そんなこんなで、無一文改め6ゴルドが全財産の自称稀代の美少女司祭アクセンの冒険は始まったのだった。
* * *
さて。
最初にスライムを殴り倒してから、十分ほど経過した。
その後も幾度となくスライムに絡まれ、ゴブリンにも喧嘩を売られて、その結果俺は幾つかの素晴らしい発見をしたのだ。
「『金貨飛ばし』!……これ、本当に毎回言わなきゃ駄目なんです?違う発動方法とかってありそうなものだけど……後でイナリさんに聞くかぁ」
高速で飛翔した黄金の塊によってゴブリンは吹き飛ばされ、地面に倒れ伏し黒い霧となって消滅する。
俺は先刻、とある実績を達成してスキルを入手した。
その入手したスキルこそが『金貨飛ばし』であり、予め指定した額のゴルドを消費して攻撃する魔法……魔法?だ。
当然消費する額によって威力が変動するのだが、この近辺にいる敵はたった1ゴルドの消費で倒す事が可能。
恐らくは与えるダメージに最低値が設定されていて、その最低値部分だけで倒せているのだろう。
敵を倒して手に入るゴルドの額は平均8ゴルド程度なので、これぞまさしく永久機関、ファンタジーの産物だな。
そして、俺が何の実績を何故に達成したのか、だが––––––––
答えはこれだ。
「これが、司祭の、ありがたーい一撃ですよ!」
ゴルド硬貨を握り締めた拳で、ゴブリンの顔面を殴り飛ばす。
うん、思いっきりただの奇行です。
ワンチャン何かを握りしめたら武器を装備している判定になり攻撃力が増さないだろうか、なんて考えはきっと浅はかだったのだろう。
でも、これで実績『勝てないのなら金で殴ろう』を解除してしまったのだから、決して愚行ではなかったのだ。
このゲームの実績はほぼ全てAIが作っていると聞いてはいたが、もしやAIって頭が良いだけの馬鹿なのではなかろうか。
ここまで変な実績があるなら、案外変な事も進んで行うべきなのかも知れないな。
実績を一つ達成出来た以外には特にトラブルもなく、雑魚敵相手に無双する事で小銭を稼ぎながら、俺は見事無傷で街の門まで後20メートルという所まで到達した。
とんでもなく強いモンスターなんかにも遭遇する事はなかったし、
だから、遠くから何か巨大なモンスターが迫っている様な音が聞こえるのも、きっと俺の聞き間違いだと信じていたかったな、ほんと。
「ああヤバいこれ本当にそろそろ死ぬんじゃないのかな私!?ゲームなのに足痛いんだけど!?でも撮れ高ではあるので悪くはな……いやプレイヤー居た!ヘイ!そこの君!お嬢さん!助けて下さいお願いします!?」
「……え、いや待って俺にモンスター擦り付けないで下さいよ誰ですか!?」
トリケラトプスを彷彿とさせる超巨大モンスター、から逃げるはハルバードを背負った黒髪ボブヘアにピンクでメッシュが入った女性、から更に訳も分からず俺も逃げる。
流石に、街の中まではモンスターも追ってこないだろう。
これこそ三者三様、追うもの、逃げながら追うもの、そしてただ逃げてる俺。
全員が全力である事だけは確かな地獄の追いかけっこは、門衛の隣をすり抜けて街の中へ駆け込めた俺と見知らぬ女性の勝利に終わった。
街の中にはレンガ造りの家々が立ち並んでいて、地面も綺麗に舗装されている。
道の真ん中で息を切らしている俺達を気に留める通行人は殆どおらず、逆説的に俺達をチラ見してきた奴はプレイヤーだ。
このゲームのNPCは基本的に簡易的なAIしか搭載されておらず、日々設定された行動を行うだけらしい。
人と見分けが付かず、まるで生きているかの様に振る舞うユニークNPCもいるらしいが、プレイヤーの百倍はレアな存在だろう。
そんなNPC豆知識はどうでも良いとして、問題はこの女性だ。
何処かで見た事がある気が微妙にしなくもないのだが、流石に気のせいだろう。
「……ええと、互いに生き残れて良かったですね、死ぬかと思いましたよ。俺はアクセン、つい先程始めた初心者です」
「あっはい、ホント巻き込んですみません。私はリシア、一応色んなゲームで遊んでる配信者……というか今も配信中なんですけど、映して大丈夫だった?」
「別に俺は問題ありませんけど、そちらこそ知らない人映る方が問題だったりしません?」
「それは問題なし。その辺にケチ付けてくる人は、配信の治安世紀末だから死滅したよ、うん。彼らは絶滅危惧種だから」
ジョークなのか分からない絶妙なラインのトークに、愛想笑いで返す。
祈るべきは彼女……リシアさんが良識ある配信者であり、また俺が切り抜かれて燃えたりしない事のみだ。
流石の俺も、炎上商法に興味はないしな。
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