第4話 道連れより始まる旅に情けなどなく

 ディザイア・オンラインのキャラメイクを済ませ、いざ大地に降り立ってから二十分くらいは経っただろうか。

 聖都カレイドなどと云う街に無事到達できたのは良いのだが、一つだけ予想外の事態が起こってしまった。


「にしても、クリスマスにディザオンをソロで始めるとは、何とも見込みのある初心者さんですねー。分からない事とかあったら案内しようか?暇だし」


 配信者を名乗るリシアさんに絡まれ……モンスターの道連れにされかけ……いや、ともあれ何故か本来の俺では絶対に関わる事の無いタイプのプレイヤーと知り合う運びとなってしまった。

 これが悪縁か良縁かは不明だが、案内して貰えるのならばご厚意に甘えたい。

 聖都カレイドの正門で待ってるよー、などと毎度のごとく態々メールで送ってきたイナリさんの姿らしきものも見えないし、せっかくなので一期一会の縁を大切にしておこう。


 往々にしてコネとは金で買えないもの、だからな。


「では、案内のほど宜しくお願いします。ここの街に来たのも初めてですし、覚えておいた方がいい施設とかってありますか?」

「了解了解、なら歩きながら話そうか。それとアクセンさん、別に私相手は敬語じゃなくてもいいからね?私、悪意ある煽り以外には寛容だから」

「流石に悪意あるのは駄目なんですね。俺が敬語なのは一種の自衛手段と言うか、絡まれる確率を減らす為のものなのでお気になさらず。昔、言葉遣いで人を不快にさせてしまった事があったので……MMOやる時は気を付けてるんですよ」


 なるほど、と目から鱗みたいな顔でリシアさんは頷く。

 MMOで関わった他者との距離感などは人次第だし、誰彼構わず暴言を吐いたりしないのならば、もっと言うのなら規約に違反しなければ好きにすればいいと思うのだが、こと俺の場合は話が別だった。

 金策を第一目標とするギルドの頭にとって、他プレイヤーは全て未来の顧客だ。

 誰かに嫌われてしまえば、その時点で儲けが一人分減ってしまいかねない。


「アクセンさんって相当真面目だねー……ジョブに司祭選んでるのも納得。ヒーラーって需要と供給が釣り合ってないからさ。このゲームのスキルって複雑なシステムしてるでしょ?回復魔法持ってる人って少ないんだよ」

「へえ。俺もまだ一個しかスキル持ってないんですよ。しかも、その一個が相当なイロモノときた」

「まじで?俄然興味出てきたんだけど。どんなスキルなの?」

「金貨飛ばし。ゴルドを消費して攻撃するスキルです」

「……強い、それ?」

「さあ……?」


 俺が知りたい。

 攻撃スキルの基準値を知らない以上は、このゲームで最も弱いであろう敵をワンパン出来る事がアドバンテージになり得るのかは分からない。

 リキャストタイム再使用までの時間が10秒あるのも長いのか短いのか分からないし、そもそも使用するゴルド量を増やせばどれだけの威力が増すのだろうか。

 検証したくてもこのゲームにダメージ表記はないし、検証の為に浪費できるだけの金は、俺のアイテムボックスに入っていない。


「……変なスキルも他のスキルとの組み合わせで化けたりする事もあるらしいし、あんまり気は落とさない方がいいよ、うん」

「そうですね。弱いと思われていた装備の有用性が後から発覚して大高騰、なんて事が起こるのもMMOの醍醐味です。いやあ、思い出しただけで吐き気がしますね!」

「え、今もしかして自分で自分の地雷踏んだ?アクセンさんの過去話もネタに……じゃなくて後学の為に大変気になるけども、まずは武器屋行きましょ武器屋。確か、司祭って初期武器なかったよね?」


 金貨飛ばしのお陰ですっかり忘れていたが、まだ俺は武器を持っていない。

 いやでも、不便は無いんだよな。

 使いたい武器もないし、むしろ武器って本当に必要なのだろうか?

 俺は固定観念に囚われてしまって、このゲームの本質を見逃しているのでは?

 金とは力であるが、それはつまり力とは金なのでは。


 ––––––––辿り着いてしまったな、世界の真理に。


「……リシアさん、徒手ってこのゲームで戦えますか」

「そうだね、プロの格闘家でもないのなら辞めた方が良いと思う。このゲームにはレベルの概念がないから、ステータスは基本装備で決まるでしょ?武器を装備しないって事は、武器で上昇する分のステータスを切り捨てる羽目になってしまう……筈」

「なるほど、初心者にお勧めの武器種ってあります?」

「わあ物分かりが良い。魔法を使うなら杖が安牌だけど、ぶっちゃけ手に馴染むのを探した方が良いんじゃないかな。ああ、それか武器屋のNPCにでも聞いてみたら良いかも。多分だけど、私よりは優しく教えてくれるでしょ」


 ああ、そういえばこのゲームのNPCはユニークでなくとも会話自体は可能なのか。

 会話可能なAIがNPCに搭載されているゲームは今回が初めてで、こちらも勝手を掴むまで時間がかかりそうだ。

 基本的には生身の人間相手と同じように接すれば良いのだろうが、少しばかり抵抗があるのは俺がここ五年ずっと昔ながらのMMOに生息していたからだろうか。


 正門から城らしき場所まで直進していた大通りを少し外れ、武器屋に防具屋、道具屋に酒場や宿屋などが立ち並ぶ通りへとリシアさんに連れられ移動する。

 設定上は冒険者の集う場所らしく、メタ的にはプレイヤーに役立つ施設が所狭しと集められた便利な通りという事だろう。


 剣の描かれた赤い看板は武器屋を示すものらしく、どうやら看板の色だけは全ての国で共通らしい。

 武器屋が赤、防具屋が青、道具屋が緑で酒場は黄色。

 個人的には直感的に分かりやすくて助かるのだが、この感覚は人類共通なのか気になるところだ。


「––––––––っ!?アクセン、ごめん建物まで走って!」

「分かりましたが何故!?」


 平和な街、平和な通り。

 何か異常がある様には思えないが、しかしこういう時に言われた事へ逆らうのは死亡フラグだと俺は知っている。

 混乱しながらもリシアさんの後ろに付いて走り出した、その時。

 後方の屋根から放たれたと思われるが、俺の頬を掠める。


 驚きはしたが痛みはなく、感覚としてはコントローラーが震えるのと同程度の衝撃だろうか。

 何となく頬を手で押さえ、擦り傷から溢れる黒い霧を止められないか試す。

 自分の残り体力が見えないせいで意味があるのかは分からないが、さて。


 ドアをぶち破って武器屋へ飛び込んだリシアさんに続き、俺も武器屋へと物理的に転がり込む。

 いかつい武器屋の店主が目を丸くしている様を見ると心が痛むが、扉の弁償代よりも今はこの異常自体について知るのが先決だ。


「リシアさん、何が起こったんですか」

「ま、隠しても仕方ないか。私の視聴者じゃなくて、しかもこのゲームに慣れてない初心者さん相手なら隠し通せると思ってたんだけど」

「……リシアさん?」

「いやごめん、本当反省してます。さっき攻撃してきたのは多分、を生業にしてるプレイヤーだと思うから……アクセンさんは完璧に巻き込まれ事故だね。全部私が悪いです!」

「それは大体察してましたけど!懸賞金って、確かNPCやプレイヤーを殺したら付くやつですよね。リシアさん、殺したんですか」


 沈黙。

 この場合、沈黙はイエスだと取って問題ないだろう。


 ……今回紡いだのは、悪縁だったかもしれない。



 

 

 


 



 

  




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