第4話 猫、ちょっとずつ近付いて来る

 ある日、職場から帰宅すると、猫氏がリビングから顔を出し、玄関を覗いていた。

 彼と暮らして約三年、初めてのことだった。お迎えに来てくれたのは。


 基本的にニンゲンには塩対応で、撫でさせてはくれるけれど、甘えてきたりはしないうちの猫氏が。ごはんの時だけ寄ってきて、それ以外には興味のなさそうなうちの猫氏が。


 なんだ~寂しかったの~? ツンデレかよ~なんて思ったら、そうではないようだった。


 よくよく観察していたら、買い物などで少し出かけただけの時や、早上がりだった時はお迎えに来ない。こちらのことなど一顧だにせず、お気に入りのベッドで寝ている。

 やっぱり、お腹が減って、飯係であるニンゲンを待ちわびていただけのようだった。「やっと来たか、早く飯をよこせ」という感じだ。


 猫氏、だんだん物理的に距離を縮めてくるようになった。


 うちにきたばかりの頃は、何をするにもおっかなびっくりという感じだった。だが、思い返せば初日からごはんだけは食べていた。食欲が安定しなくて気を揉んだ期間もあったが、ちゅーるだけは大好きで、食欲に忠実な猫だったので、最初からその片鱗はあったのかもしれない。


 それが、段々とごはんの用意を始めると「ごはんかな?」というように後ろからひっそりと見てくるようになり、それが次第に近付いて真後ろに来るようになり、今では朝に寝室までやってきて、ニンゲンの頭にびしばしと猫パンチを浴びせたり、嚙みついたりして、朝ごはんを催促してくる。まったく遠慮がなくなった。


 でも、どうして朝だけそんなに激しく催促するのか。晩ごはんはケージで(いつもケージ内でごはんをあげているので)待っているのに。しかも、フードをお皿に盛っている時に、隙あらば足に噛みついてくるので、生傷が絶えない。腫れるほどではないから、まあいいのだが。


 大人猫は懐かないとか、元野良は懐かないと言われることもある。でも、そんなことはないと、一緒に暮らしてみればわかる。猫たちにも個性があって、それぞれ人馴れのペースがある。彼らの個性や特性を理解し、少しずつ距離が縮まっていくのを感じながら暮らすのも、また幸せだと思う。……未だにごろごろ甘えてきたりするわけではないので、懐いているというのとは違うのかもしれないが。


 そんな生き物でも、いやだからこそ、猫は可愛いのかもしれない。膝に乗って来るとか、パソコンのキーボードに陣取って作業を邪魔するとか、うちの猫はそんな可愛らしい行動はしない。

 それでも、そこにいるだけでいい。そう思ってしまうのが、猫飼いのさがというものだろう。一種の変態である。


 猫漫画や、人気のSNSアカウントにあるようなハートフルなエピソードなんてない。ただ毎日ご飯を食べて、出すものを出して、時には吐き戻して、それらを淡々と片付け、具合が悪そうなら病院に連れて行き、時々そのふかふかもふもふの毛並みを堪能させてもらう。そんな日々が、淡々と続いていく。お腹を見せてくつろいで寝ている姿を見られるのが、最高のご褒美だし、調子に乗ってそのお腹を触ろうとしてパンチを食らうのも日常だ。


 家猫の寿命は平均およそ十五年、長く生きれば二十年近く生きる子もいる。いつか別れの時は来るだろうが、その日まで、彼が幸せに生きられるように、力を尽くすのだ。

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