ウサギのお仕事

梅竹松

第1話 ウサギの一日

やぁ、初めまして。ボクの名前はアーモンド。とある一般家庭で暮らすオスのウサギだよ。

種類はネザーランドドワーフ。全身茶色の毛で覆われているけど、お腹だけは白いんだ。

頭には長い耳があって自由に動かせるし、お尻には小さな丸い尻尾が付いてる。

あと、自分で言うのもなんだけど、くりっとした両目がチャームポイントかな。

ペットショップなどで普通に売られている一般的なウサギだよ。

ちなみに、年齢は生後十ヶ月。もうすぐ一歳の誕生日を迎えるんだ。人間でいうと、だいたい十代後半から二十代前半くらいかな。

今日は、そんなボクの一日を紹介するね。



~とある平日の朝~


午前七時頃。

スマホのアラームとともに一組の夫婦が飛び起きる。

起きたら大急ぎで顔を洗い、着替えを済ませるのは毎朝のことだ。

それが終わると、夫は会社に行く準備を始める。どうやら彼はごく普通のサラリーマンらしい。

一方、妻は手早くテーブルに朝食を並べているみたいだね。朝食といっても、時間がないのでそこまで手の込んだものは用意できないよ。実際テーブルの上に用意されているのは、あらかじめ炊いてあったご飯に豆腐とワカメの味噌汁、それに漬物の小皿だけ。平日の朝の朝食はだいたいこんなものなんだ。


そうして朝食の準備が終わったら、妻はいつものように自室で眠っている娘を起こしにいく。

現在小学二年生の娘は早起きが苦手みたいでなかなか目を覚まさないから起こすのが大変らしい。

それでもなんとかリビングまで連れてきたら、家族三人で朝食の時間が始まる。

この家は父、母、娘の三人暮らしなんだ。典型的な核家族だね。


朝食が終わると、父親はすぐに家を出て会社に向かう。今日も夜遅くまで帰ってこないのだろう。いつもお仕事ご苦労さまだ。


娘は朝食後、少しゆっくりしてから家を出ることが多い。通っている小学校が自宅から近いおかげで朝は比較的余裕があるのだ。


そうして父親と娘がそれぞれ会社と学校に行った後は、いよいよボクの食事の時間だ。

ボクの朝ごはんはいつも母親が持ってきてくれる。


「は~い、アーモンド。ごはんだよ~」


いつもと変わらない笑顔に、ご機嫌な口調。

どんなに不機嫌な時でもボクに食事を運ぶ時だけは笑顔になってくれる。

それはとっても嬉しいことだ。それだけボクがこの人に癒しを与えているということだから。まさにペット冥利に尽きると言える。


「はい、どうぞ」


母親が、プラスチック製の容器にペレットを入れてボクのそばに置いた。

さらに、ペレットの横にキャベツやニンジンなどの野菜の切れ端やサツマイモなどの芋類も添えてくれる。

待ちきれなくなったボクは、さっそくペレットの入った容器に頭を突っ込んだ。

そして、ウサギのために作られた栄養価の高いペレットを頬張る。

やはり何度食べても絶品だ。毎日出されてもまったく飽きない。

そもそもこのペレットは、ボクの主食だ。日本人にとっての米と同じ。飽きる方がおかしいのだ。


「たくさん食べてね、アーモンド~」


食事中のボクを見て微笑ましそうにしながら、母親が優しく頭を撫でてくる。

この撫で加減が絶妙で、とても気持ちがいい。ずっと撫でていてほしいくらいだ。

ボクはしばらくの間、母親に頭を撫でてもらいながら、おいしいごはんに舌鼓を打ち続けた。


そうして食事の時間が終わり、時刻は午前十時前。


「……それじゃ、アーモンド。行ってくるね」


母親が仕事に行くために玄関のドアを開けた。

彼女は平日の昼間は近所のスーパーで五時間ほどパートをして家計を支えているのだ。

ちなみに、職場のスーパーまでは片道五分ほどらしい。

リモートワークが普及した現代だけど、出勤しなければならない仕事はまだまだ多い。

職場が家から近いというのは大きなメリットだ。


「さてと……今日も頑張りますか」


自分自身に気合いを入れて、母親が家から出ていく。

ドアを施錠する音が聞こえた。

これでこの家にいるのはボクだけになった。

し~んと静まりかえり、寂しささえ感じる無人の家。

だけど、特に困るようなことは何もない。

なぜなら今から寝る時間だからだ。

もともとウサギは夜行性。昼間寝て、夕方頃に起きて活動する生活が望ましい。だから、昼間に静かな空間で過ごせるのはむしろ都合がいいのだ。

しかも、家の中なら天敵も入ってこられないため、安心して眠ることができる。

ボクはその場で丸くなると、ゆっくりと目を閉じて眠り始めた。



それから数時間が経過した頃。

ガチャリという誰かがドアを開ける音でボクは目を覚ました。

現在の時刻は十五時三十分前。

もしかしたら母親が帰ってきたのかもしれない。

そう思って玄関の方へ向かうと、予想通り母親がパートから帰宅したところだった。


「ただいま、アーモンド~」


そう言って、玄関まで出迎えに来たボクの頭を撫でてくる。

本当に優しい撫で方だ。

ついさっき目を覚ましたばかりなのに、気持ちよすぎてまた眠ってしまいそうだ。


「それじゃあ、おやつを持ってくるからちょっと待っててね」


――おやつ!


その言葉にボクの期待が高まった。

その場でぴょんぴょんと飛び跳ねて、もう待ちきれないことをアピールする。


「はいはい。おやつの時間になるとはしゃぐのは相変わらずだね~」


母親が苦笑しながらリビングへと向かう。

ボクもその後を追った。


リビングに到着すると、さっそくボクの前にスライスしたバナナや細かく切ったリンゴなどの果物が置かれた。


――いただきま~す


よく熟した果物を目の前に置かれてガマンなどできるわけがない。

ボクはすぐに果物に食いついた。

果物の甘い味が口内に広がる。

やはりおやつの時間は至福だ。

ボクにとっては一日の中で一番幸せな時間かもしれない。


「……おいしい? よかった」


夢中になって果物を食べるボクを笑顔で見下ろす母親。彼女もまた幸せそうな表情だ。

そんな母親を時々見上げながら、ボクはおやつを平らげるのだった。



それから数時間が経過した頃。

時刻はすでに十九時を過ぎており、外はすっかり真っ暗になっている。

ボクが一日でもっとも活動的になる時間帯だ。

そして、この時間帯は夕食を終えた娘が遊び相手になってくれることが多い。


娘は今夜もボクのところに来てくれた。


「アーモンド、いくよ~」


そう言いながら、ステンレス製の小さなボールをボクの前で転がす。

このボールは鳥籠のように全体が網状になっており、中は空洞だ。

そして、その空洞の部分には大量の干し草が詰まっている。

ちなみに、干し草はボクの大好物。

網の隙間から好きな時に食べられるので、このボールはまさに“遊び”と“給餌”を同時に行える一石二鳥のおもちゃと言えるだろう。


ボクはこのボール遊びが大好きだ。

床を転がるボールを追いかけるのも楽しいし、中に詰まっている干し草もおいしい。さらに、このおもちゃで遊ぶボクの姿を見て娘も笑顔になってくれる。

ペットとしては、飼い主の笑顔が何よりのご褒美。

だから、先ほどのおやつタイムの次くらいに好きな時間なんだ。

それからボクたちはしばらくの間ボール遊びに熱中し、さらに絆を深めていった。


だけど、楽しい時間はあっという間だ。


「アーモンドと遊ぶのはそのくらいにして、そろそろお風呂に入りなさい」

「は~い、ママ!」


母親の一言で遊びの時間が終了し、娘がお風呂場へ行ってしまう。

母親も家事で忙しいため、今は誰も遊び相手になってくれない。


仕方ないので、部屋の隅でじっとしていることにした。


じっとしている間にも時間は進み、気づけば時刻は二十時過ぎ。

この時刻になってようやく父親が帰宅した。

最近は仕事が忙しいらしく、帰ってくるのはいつもこの時間だ。

家族を支えるためとはいえ、夜遅くまで仕事に追われるのは大変だろう。

今日もお仕事お疲れさまと心の中でねぎらっておく。


「ただいま、アーモンド」


玄関まで出迎えたボクの頭を、父親が優しく撫でる。

この家では帰宅したらボクを撫でるのが慣例となっているようだ。

ボクとしても、誰かに撫でてもらうのは気持ちが良いので悪い気はしない。むしろ全力でなでなでして欲しいくらいだ。


「お帰りなさい、あなた。夕食できてるからね。今夜はあなたの好きなトンカツよ!」

「お! それは嬉しいね!」


父親が、玄関までやって来た母親にカバンを預け、スーツを脱いでネクタイをゆるめる。

そうして夕食の用意されているリビングへと向かった。


「アーモンドもそろそろごはんにしよっか! 今持ってくるから、ちょっと待っててね!」


朝と同様に、母親がボクの夕食を用意してくれる。

すでにおやつや干し草を食べているため、夜のごはんの量は控えめだ。


量が少ないため、あっという間に食べ終わる。


そうしているうちに、お風呂から上がったパジャマ姿の娘が明日の準備を始めた。

明日の授業で使う教科書などを授業しているのだ。

それが終わると、今度は寝る準備だ。

まだ小学二年生なので、娘の就寝時刻は早い。

歯を磨いたり、髪の手入れをしたりしている。時折眠そうにあくびをしているので、体はほとんど就寝モードになっているようだ。


「パパ、ママ。おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

「おやすみなさい」


寝る準備がすべて終了し、娘が二階の自室に向かう。

この時間に寝れば、明日もちゃんと起きられるだろう。


娘が寝た後、両親も順番に入浴し、午前零時近くになる頃には二人とも就寝できる状態になっていた。


「おやすみ、アーモンド」

「また明日も遊ぼうね」


ボクに寝る前のあいさつをしてから、二人は寝室に向かった。


全員が床に就いたことで家中の電気が消され、部屋が静かになる。


これにてボクの本日の仕事は終了だ。

自己評価になるけど、今日も“家族を癒す”という大事な仕事をきちんとこなせていたと思う。

さすがに疲れたから、寝床に戻ってくつろぐとしよう。

夜行性のボクはまだ寝る時間ではないけど、毛布にくるまって休めば体力も回復するだろう。


暗くて静かな室内を歩き、寝床に向かう。


目的の場所に到着すると、毛布の敷かれたその場に体を横たえた。


その状態で、残しておいた野菜の切れ端や干し草を口に運ぶ。


――相変わらずおいしい……


やはり業務終了後の夜食は格別だ。

これも一日の楽しみのひとつと言えるかもしれない。

なにしろボクの仕事は年中無休。明日もいつもと同じように家族を癒さなければならない。万全の状態で仕事をするためにも、よく食べよく寝るべきなのだ。


――まったく……ペットの仕事もラクじゃないな……


そんなことを思いながら、ボクは毛布にくるまって体力回復に努めるのだった。





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