第5話

私は丸岡と、仕事帰りにまた例の居酒屋で会う約束をした。


そして、その日はあっという間にやってきた。


私はその日の勤務中、先輩の藤本さんから声をかけられた。


「りっちゃん、今日はいつにも増してきれいじゃない?」


「え~そうですか??」


「そうよ、見れば分かるわよ」


先日一緒に居酒屋に行った後輩の石井君も、ニコニコしながら会話に入ってきた。


「河合さん。そりゃ、あんなカッコいい人と会うんですからね」


「ちょっと~石井君、やめてよぉ」


私は照れ隠しをしてしまったが、内心は本当にウキウキしていた。




そして、仕事帰り。


私はあの寄った居酒屋『よねや』に真っ直ぐ向かった。


「河合さん、こんばんは!」


お店の前で、丸岡が屈託のない笑顔で私を出迎えてくれた。

その笑顔は、私の1日の疲れを吹き飛ばすには十分過ぎるものだった。


「丸岡さん、お久しぶりです!」


「そんな敬語じゃなくていい。タメ口で構わないさ」


「じゃあ…丸岡君。よろしくね。」


そしてお店に入り、お酒や料理を楽しみながらいろいろな話をした。

そのとき、私は前から気になっていた話を彼にふった。


「そういえば…丸岡君はなぜこの極道組織に入ったの?あと、なんだかキレイなハンカチを持っていたけどあれは何??」


「それか。河合さんになら話していいか。話せば長くなるけど、いいか?」


「いいよ」


丸岡は、淡々と身の上話を語り始めた。


「俺の実家は、縫製工場を営んでいる会社なんだ。このハンカチは、大好きだった爺ちゃんが作った自慢のハンカチで、もう何年も使い込んでる。爺ちゃんはもう6年前に、老衰でこの世を去ってしまったんだがな…今はうちの兄貴と親父が会社を継いでる。まあ、俺はそんな家に嫌気が指して、極道に逃げてしまった身だが。」


「その理由…聞いても大丈夫?」


私は恐る恐る聞いてみた。


「ああ…学校の成績がよくなくて、喧嘩にばかり明け暮れていたからだと思う。もともと野球をやっていたんだが、中学の野球部でいじめられていた後輩を守って、思わず加害者の先輩を殴ってしまった。それから部活も追い出されて、学校でも俺の顔を見るとビビられていた。でも、誰かがいじめられていたら容赦なく加害者をぶん殴っていたからだろう。周囲にもビビられて、高校に進んでも孤立してしまった。自業自得と言われたらそれまでだ。」


「でも、丸岡くんは弱い人を守っていたじゃない。意味のない理不尽な暴力はだめだけど、誰かを守るなら…って私は思うよ。」


丸岡はフッと笑って熱燗を飲みつつ、話を続けた。


「そんな俺を見て、兄貴と親父は『丸岡家の恥だ』と言って見放した。ただ、爺ちゃんだけはそんな俺を見放さなかった。『蓮志の拳は誰かを守るためにあるから自信を持て』と話してくれた。進路に迷っていた俺に、山瀬組を紹介してくれたのは爺ちゃんだった。爺ちゃんは、先代の山瀬組組長と知り合いだったんだ。爺ちゃんは『ここで街の皆を守るためのお前の拳を奮うといい』と言ってくれたな。」


「そうなんだ…山瀬組に入って怖くなかったの?」


「入門したばかりの頃は、先輩の兄貴たちがいっぱいいるし本当に怖かった。コツコツと下積みから進めてきて、どんなに汚れた仕事も引き受けた。親父(組長)、姐さん、先輩の兄貴たち、そしてシマのカタギ…さまざまな人達に支えられてきた。だから、今の俺がいるんだ。」


私はなんだか、丸岡の話を聞いて涙が出てきた。

今まで怖いイメージがあった極道だが、彼のように仁義を持ちながら頑張っている人もいる。


「家の親父と兄貴とは、これからどうにか関係修復したいと思ってるけど…難しいだろうな」


「聞かせてくれてありがとう。」


「こんな社会のクズの俺の話を聞いてくれる河合さんは優しい女性だな。ささいだけど、これお礼だよ。」


丸岡は、そうすると真珠のような生地のハンカチを渡してくれた。


「え、こんなのもらっていいの??」


「それも爺ちゃんの自慢作だよ。信頼した人にしか渡さねぇよ」


「あ、ありがとう!」


「喜んでくれて嬉しいよ」


その後も、私と丸岡は心ゆくまで話し続けるのだった。





続く

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