神さま
氷川 晴名
神さま
「ねぇ、神さま。地球を壊してほしいんだけど」
セーラー服姿の女が、単刀直入に言う。
「地球を創ったあんなならできるでしょ?」
女の堂々とした態度は、とても神と対峙しているとは思えぬものであった。
「無理だ」
しかし、神は女の要求を一刀両断する。
「どうして?」
「どうしてって……。なんでおまえは地球を壊してほしいだなんて思うんだ?」
「バイトの面接に落ちた。彼氏が盗られた。鳥の糞があたった。だから、地球なんてもういらないの」
内容とは裏腹に、快活に言う。
よくみると、女の髪には個体になりかけている白い液体が付着していた。
「おまえも色々と大変なんだな」
「でしょ。だから、壊してよ」
「無理だって言ったろ。そもそも地球は創るよりも壊す方が難しいんだよ」
「嘘。つくるより失くす方が難しいものなんてこの世にないよ。建物は造るより壊す方が早いし、信頼は築くよりも失う方が簡単じゃない」
神は、はぁ、と、ひとつため息をついた。
「いいか。地球なんてビッグバンがどうたらこうたらで、ちょいと時間が経てばすぐにできるんだよ。だけど、壊すのはそう簡単にはいかない」
「地球の内部で大きな爆発を起こせばいいじゃない」
「考えてもみろ。地球には明日を楽しみにして過ごしている人がたくさんいる。今壊しちまったら、その人たちが可哀想だろ」
「そんな理由?」
「たしかにおまえの言うとおり、壊そうと思えばすぐにでも壊せる。だが、壊そうと思うまでが大変なんだ。いくつもの人々の楽しみを奪わないといけない。そんなこと、できないだろ」
「なにそれ。屁理屈じゃない」
「そういうものなんだよ」
「あんたが地球を壊してくれないなら、私明日から生きていく自信ないよ」
「自ら命を絶つってことか?」
「それはやだ。バイトに落ちたのも、彼氏が盗られたのも、鳥の糞があたったのも、私悪くないじゃない。なんで私だけが死なないといけないの」
「ああ、わかった。だったら、毎日の楽しみ、自分へのご褒美でもつくればいいんじゃないか。たとえば、寝る前にケーキを食べる、とかな。おまえ、スイーツとか好きだろ」
「毎日なんて食べたら太っちゃうでしょ。そもそもそんなお金ないし」
女は唇を尖らせて、下腹をつねる。
「だったら、おれがおまえをケーキで太らないようにしてやるし、一日ごとに財布に三百円追加してやる。三百円あれば、コンビニで小さなケーキくらい買えるだろ」
「ほんとに?」
「ああ。本当だ」
「それなら……、生きてやってもいいかな」
神の提案がお気に召したのか、女は頬を軽く膨らませて、目線をそらす。
「生きようと思ってくれるだけで十分だ。それに、そんな生活を続けていれば気づくはずだ」
「なにに?」
「自分へのご褒美はつくるより失くす方が難しいってことに」
神さま 氷川 晴名 @Kana_chisa
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