第3話 う、運命の番? 何のことだかわかりかねます! ③

 (ーー嘘でしょう!? ど、どうしてバ、バレ……!?)


「リリィ? 聞いている? ねぇ、貴女の痣はどこにあるの? リリィがお兄様の運命の番だっていう、動かぬ証拠は一体どこに? ねぇねぇねぇ」

「……アザ? ウンメイノツガイ? サア、ナンノコトダカ、ワタシニハサッパリワカリマセン……」


 視線を泳がせながらそう言うと、シャルロッテの瞳にすっと剣呑な光が宿った。


 (ひぃ……っ!?)


「あら。分からないのなら、一から教えてあげましょうか? ーー大陸で一二を争う強国と名高い我が国……フリティラリアを興した祖は、神の御使とされる、美しい竜だったと言われているわ。竜は優れた指導者として、争いの絶えない地をまとめ上げ、国を創った。そんな竜の治世を隣で支えたのが、心優しい1人の少女ーー後の、初代王妃様でーー」 

「っ申し訳ございません! もう大丈夫です!」

「まあ。ふふ、ここからが良いところなのに。ーー実は、役目を終えた竜は、絶え難い孤独に苛まれるようになっていて……そんな竜を憐れんだ神が、2人を引き合わせたと言われているわ。竜に次いで王となった、彼らの息子にも番を見繕っていってーー段々と、それが当たり前になっていったらしいわね」


 神様にとって、竜は可愛い我が子同然だったのかも、とシャルロッテが囁く。


「ね? 番は、神が定めた伴侶なのよ? つまりは神公認。そこら辺の狸に認められるよりも、よっぽど心強いお墨付きでしょう? だから安心して、お兄様の妃に……私のお姉様になってちょうだいな。ーーさあ、貴女の痣はどこにあるの?」

「いや、そのーー」


 ーー言えるわけがない。


 言ったが最後、リリアーナはただの侍女では居られなくなる。


 (ど、どうにか誤魔化さないと……! でも、何て言えば、姫様は諦めてくださるの……!?)

 

 シャルロッテは、焦るリリアーナに容赦なく追い打ちをかけてきた。


「リリィ。これは君命よ。答えて」


 (く、君命!? お仕えして数年経つけれど、そんなこと初めて言われたわ……!?)


 シャルロッテは本気なのだ。

 本気で、リリアーナの秘密を暴こうとしている。


 ーーこうなったら、開き直るしかない……!


 リリアーナは、意を決して口を開いた。

 敬愛する主君に、とびきりの嘘をつくために。


「ーー侍女長にも伝えましたが、今朝確認した際、そのような痣はどこにも見つけられませんでした」

「本当に?」

「っ、は、はい……!」


 そう答えながらも、きつく唇を噛み締める。

 僅かに感じた血の味が、己の罪を自覚させた。


 シャルロッテはリリアーナをじろじろと眺めた後、やがてぽつりと呟いた。


「……服で隠れているのかしら」


 リリアーナは声にならない悲鳴を上げた。

 

 (ど、どうして、諦めてくださらないの……!?)


 しかも、気のせいでなければ、ものすごく期待されている。


 (……でも、無理なものは無理です! 私はただの田舎娘で、更には『悪女』なんですよ!?)


 リリアーナは額に汗を滲ませながら、ぐるぐると思考を巡らせていく。


 (……殿下のことは、人――いえ、竜? としてお慕いしているけれど、というか、正直気になっているけれど……!! 私に王妃なんて務まらないわ……! た、確かに、殿下は素敵な方だと思うけれど、でも私は……!!)


 ーーこれからは、仕事に生きると誓ったのよ……!!


 リリアーナが無言で固まったので、シャルロッテが「あ、やりすぎたかしら……? ご、ごめんね、リリィ」と呟き、困ったようにおろおろしているのだが、リリアーナは気づかないでいた。


 現状、リリアーナの心の内は、サラと話していた時以上に大騒ぎしている。


 シャルロッテは敬愛する主君であり、何より、リリアーナを悩ませている王子様に瓜二つなのだ。 

 リリアーナがどれだけ考えないようにしていても、その目で見つめられるとのことが――エドワードのことが脳裏に浮かんでしまって駄目だった。


 (そ、それに、王妃ということは、妻ということで……、つまりは、私が殿下のお嫁さんで……!? そ、想像しただけでも恥ずかしいわ……!)


「リ、リリィ。ごめんね、戻ってきて。私が悪かったわ」


 シャルロッテに揺さぶられて、リリアーナはハッと我に返った。

 しかし、顔は熟れた林檎のように真っ赤なままだ。


 (意識したら駄目なのに、私の馬鹿……!)


「本当にごめんなさいね、リリィ。お詫びに、今日はもう帰っていいわ。ゆっくり体を休めてちょうだい」

「い、いえ、姫様。私は大丈夫です……!」


 リリアーナは問題ないと何度も告げたのだが、「そういえば。リリィ、貴女があまりにも有給休暇を消費してくれないと、侍女長から苦情が来ているのだけれど……?」と恐ろしいことを言われてしまったので、リリアーナは震えあがった。


 シャルロッテはそんなリリアーナをやや呆れたように見つめた後、本日二度目の君命を使って、リリアーナ(※社畜)を追い出したのだった。



 ◇◇◇



 リリアーナが王宮をとぼとぼと歩き去って行く姿をシャルロッテは、これ見よがしにため息を吐きながら、部屋の隅に居るを睨みつけた。

 


「――これで満足した? 意気地なしな



「……悪かった」



 男はそう言って、古びた鉄製の鎧を脱いだ。

 顔を覗かせたのは、シャルロッテの兄――エドワードその人である。


「……アイゼンに『殿下がそっちに行ったので、上手くリリアーナ嬢に揺さぶりをかけてください!』――なんて笑顔で言われた時の、私の気持ちが分かる? ほんっとうに呆れたんだから! お兄様もアイゼンも、もっと他にやりようがあったとは思わなかったの!? お兄様のせいで、私がリリィに嫌われてしまったらどうしてくれるのよ!!」


 エドワードは弁解しようとしたのか、その形良い唇を僅かに開いたが……直ぐに閉ざしてしまった。次いで、気まずそうに視線を逸らす。

 言い訳の一つでもしようものなら、リリアーナにエドワードの所業を告げ口すると、シャルロッテが宣告したが故だろう。


「逃げないで、お兄様」

「……」

「お兄様?」


 シャルロッテが声をかけると、エドワードが再びこちらを見た。 

 しかし、何も言葉を発さない。


 ーーそうして、互いに無言で見つめ合うこと数分。

 沈黙の中、シャルロッテが口火を切った。


「……それで、どうだったの? 協力してあげたんだから、リリィが選ばれていたかどうか、いい加減教えて欲しいのだけど」


 ――そう尋ねると、エドワードが見たこともない顔をした。


 (う、うわぁ……。お兄様って、そんな顔もできたのね……)


 ちょっと引いてしまったのは許して欲しい。

 だって、初めて見たのだ。兄の、そんな嬉しそうな表情は。



「――リリアーナが、俺の『運命の番』だった」

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