第1話 始まりの風

 (やばい……超眠い……)


 徹夜明けの登校日。

 それはまさに地獄そのものだった。 しかも久しぶりの登校なので尚更だ。

 現に俺はこうして学校にたどり着くだけで既に体が悲鳴を上げ始めているし。

 まあそれは普段から運動をしていないのが少し影響してそうだけど。

 ……にしても


 (人、多いなあ……)

 

 新しいクラスが掲示されている昇降口は朝のHRまでそんなに時間は無いはずなのにそれなりに人がいた。

 そこには、ある人は手と手をつなぎながら喜んだり、四つん這いになって落ち込んでいたりとなんだか面白い光景がそこに広がっていた。

 その景色をどこか他人事のように傍観していた俺の後ろから……


 「和也?こんなところで立ち止まってどうしたんだ?」


 聞きなじみのある声が聞こえてきた。


 「この光景がなんだか面白くてな。つい……」


 俺は振り向かないまま彼に対して返事をした。


 「そうか。相変わらず変な奴だな」


 彼は少し笑みを見せた後、その巨体を揺らしながら俺の隣に並んだ。

 彼の名は東出ひがしで 俊和としかず

 仏の様な顔と穏やかな性格。そしてこの丸い腹の柔らかさを持ち、昔からよくマスコットキャラ的な扱いをされており、所謂”癒し枠”と言われる存在だ。

 彼とは小学生からの付き合いと交友関係は長いので俺は昔から勝手に”トシ”と呼んでいる。

 てか聞き捨てならない言葉があったな……


 「人の事勝手に変人扱いすんな。俺はまだ人間だ」

 「まだって……その言い方だと和也はいつかは人間をやめるつもりなのか……?」

 「細けえ事はいいんだよ」


 うーん、一つだけ訂正しようかな。

 トシの奴、何故か昔から俺にだけは少し辛辣っぽい態度をとる事が多いんだよな。それは信頼の証だと思いたい。


 「そういや和也。和也はまだ新しいクラスの確認はしていないのか?」

 「ん?ああ……」


 仮に見ていたとしたら俺はもう既に教室にいるのでは?

 そう口に出そうとした時、こちらに近づいてくる足音が何故か耳に入ってきたのが気になって言葉が出なかった。

 そしてその足音は俺の真後ろで止まり


 「あれ?天谷じゃん。おは~」


 その足音の正体であろう人物の明るい声色が聞こえた。

 聞こえてきたのは女子の声だった。この学校で俺に対してこんな気さくな挨拶をする女子は一人しかいない。

 俺はその声のした方へと振り返り

 

 「よう、石原。おはよう」


 俺は手を軽くあげてながら挨拶した。それを見た彼女は俺の真似をするように同じく手をあげていた。

 彼女の名は”石原いしはら そら”。俺の去年のクラスメイトだ。

 それだけならそうでもないが、彼女とは何度も席替えをしても近くの席になるといった驚異の運命力を持った人物でもあった。

 そうゆう事もあってかこうやって会う度に……


 「今日も一段と普通だね~」

 「いや意味わからんわ」


 俺にこうやって会話を振ってくる。

 一体なんの目的で俺に話しかけてきているのかは分からないが、彼女との会話は退屈もしないし時間も潰せるしでなんだかんだ言って少し得だったりする。

 ただ今日はなんかちょっと違った。それは……


 (なんでこいつは俺の顔をまじまじと見ているんだ……?)


 なんか……こう……何と言うか……

 君、顔面偏差値高めなんだからそんなに俺の事見つめるのは止めてほしい。これだと俺が”勘違い”しそうになる。

 見るな、と口に出すのも少し躊躇いがあったので、目で訴えかけてみたが石原はそんな事はお構いなしといった感じだった。せめて何か喋ってくれ……

 

 「……なんだよ?」


 そして遂に石原の目線に耐え切れなくなった俺は照れを必死に隠しながらそう尋ねた。

 彼女は自分の顎に指を抑えながら


 「いやぁ天谷、今日はいつもより眠そうな顔してな~って思って」


 そう答えた。


 「あー……わかるのか?」

 「うん、そうだけど?」


 いや、そんなの当たり前じゃね?みたいな言い方をされても……


 「え、何?まさかそれで隠しているつもりだったの?」

 「いや隠すつもりなんて無いし……」

 「じゃあなんで寝不足なの?」

 

 そう言ってきた石原の発言は特に心配しているようでは無く、興味本位って感じだった。

 まあ隠すつもりは無いって言っちゃったし、そもそも隠す理由もないか。

 俺は昨夜、及び今朝の出来事について話すことにした。


 「いやー……実は一睡も寝てないんだよね……」

 「……マジ!?」

 

 少し間があったが、石原は手を口に当てながらデカい声で反応した。なんでこうも最近の若者はこう反応がオーバーなんだろう?

 でも俺も逆の立場だったら普通に驚いていたかもしれない。

 まあそれは俺が元々長時間睡眠の民だというのがあるかもしれないけど。 


 「じ、じゃあ仮眠とかも……」

 

 次に石原はそうおずおずと聞いてきた。


 「勿論とってない」

 「大丈夫なのそれ?ぶっ倒れたりしないの?」

 「さあな?」

 「ちょっと天谷!?」

 

 会話を進めるたびに彼女の声は大きくなっていき、それと同時にどんどんと不安そうな声色に変わっていく。

 確かに自分でも今日は大丈夫なのか?という不安な気持ちはあったけど、なんで石原が心配してくるのかが分からない。

 でもそんな気持ちを持たせたままのも悪い気がしてきた。

 仲が特別良いという訳ではないが、それでも友の一人だという事に変わりはないからな。


 「でも昨日は心身ともに強い負荷はかけてないからその心配は無いんじゃない?知らんけど」


 俺は彼女を安心させるつもりでそう言った。

 だが……


 「うわー……天谷、その発言はさすがに無いわぁ……人が心配しているこの状況で大阪のおばちゃんは無いわぁ……」


 少し気を和ませようと発言してみたがどうやら最後の一言が余計だったらしく、彼女の声のトーンはいつもより少し低いぐらいに落ち着いていた。

 俺は今、猛烈に自分を殴り飛ばしたい気分になった。


 「で、その天谷は一睡もしないで一体何をしていたの?」


 少し呆れた表情に変わってしまった石原はそれでも会話を止めず、寝不足の原因について聞いてきた。


 「いやあ何って言われてもなあ……」


 押しているVtuberのチャンネル登録者の推移をリアルタイムで見ていました。

 なんて正直に言うのはどうかと思うし、もしかしたら彼女はそもそもVtuberを知らない可能性もある。

 ここは大衆に分かるような例えに変えた方がいいかもしれない。


 「人の成長を……見届けていた……?」


 俺はなんとなく思い浮かんだそれっぽい言葉を彼女に伝えた。


 「え!?天谷って子供でも育てているの!?」

 

 なんかとんでもない解釈違いが起きてる!?


 「んな事ある訳ないだろ!」

 「まあまあ、さすがに冗談よ」

 「冗談じゃなかったらと思うと恐ろしすぎる……」


 事実になったらシャレにならない冗談を言うな。心臓に悪すぎる。

 でもこんな冗談も彼女らしさの一つである。これは1年近い交友で慣れなかった俺が悪いかもしれない。

 ……いやそれは無いわ。


 「そういや天谷。天谷は今年何組だった?」

 「へ?」

 「え?」


 突然された俺には分からない質問に変な声が出た。

 そんな声につられたのか石原からも聞いたことのないような変な声が聞こえてきた。


 「まさか天谷……まだ見てないの?」

 「いやだって俺まだ来たばっかりだし……」


 なんかこの話題を言うのは二回目な気がする……


 「うそ!?クラス分けって普通、最初に確認するもんじゃないの?」

 「悪いな、普通じゃなくってよ」


 なんだ?実は俺って普通の考え方の持ち主じゃないの?もしかして、イレギュラーな存在?

 まあオタクって人権が無いようなものだし、普通じゃないってのはある意味間違っちゃいないのかもしれない。


 「そんなに気になるなら自分で見に行けば?」

 「行けば?って天谷もまだ見てないでしょ?なんで他人事なのよ?」

 

 いや実際に他人じゃん。

 そう言おうとした時。俺の口が開くよりも早くに


 「ほら、早く見に行くよ?」


 石原は何故か俺に対して手を指し伸ばしてきた。

 多分これが思考停止ってやつなのだろう。俺は彼女の差し出されたその綺麗な手を見ることしか出来なかった。

 そしてようやく理解が追い付いた俺は今度は頭を抱えて悩みたくなった。

 これは……一体どういう事なんだ……?

 いや、多分これはそのまんまの意味だとは思う。彼女としてはただ”誘っている”だけなのだろう。

 首を傾げながらも悩みながらふと彼女の顔を一瞬見たとき、顔がニヤついているのが見えてしまった。

 ああ……そゆ事ね……


 「そうだな。早く行かないと遅刻するもんな」


 俺はそう言いって彼女の横を素通りした。

 コイツ、ただ俺をからかっていただけだったのか。考えて損した。


 「面白いけど、おもしろくなーい……」 

 

 そう不満げに言った石原も俺の後ろを追って昇降口へと歩き始めた。 

 いやなに言ってる意味が全く分からん。発言もなんか矛盾してるし……

 さっさと俺のクラスを見つけないと……


 「おっ?私は3組だ」

 「早くね?」


 掲示された紙を見ること1秒で石原のクラスは一瞬で判明した。一体どんな特殊能力を持っているんだ?


 「ついでに天谷も3組だったよ」

 「だから早くね!?」


 そしてついで感覚で俺のクラスも判明した。俺まだ1組の半分しか見てないんだけど……


 「まあ元々こーゆーの得意だし、名前の頭文字近いしのもあるし、たまたまだよ」

 「それもそうなのか……?」 


 そうか、考えてみればそうか。俺達の頭文字”あ”と”い”じゃん。

 でも確かに近いからってそう簡単に見えるものなのか?

 って思っていたら、自分の名前をやっと見つけた。


 「本当だ。すぐ真下じゃん」

 「でしょー?」


 名前の文字間はそんなに広くはないどころか少し狭めだった。だから嫌でも他人の名前が目に入る状態だった。

 そして俺はここでようやくとある事に気が付いた。


 (今年も石原と同じクラスか……)


 彼女との会話は何故か心地いいし、むしろ向こうから声を掛けてくることがほとんどなので全然得した気分になれる。


 (お、赤松もいるじゃん)


 と言おうとした時、予鈴が聞こえてきた。

 時計に目をやると時間は既に朝のHRまで5分を切っていた。

 

 「さすがにもう急いだ方が良いよな……」

 「それもそうね……」


 そして俺達は少し足早で歩き始めた。2年生始まって早々で遅刻とか御免だからな。

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