第2話 襲撃の赤松

 「みんなおっはよー」


 さっきまで隣で歩いていた石原は、教室の目の前に来ると俺を追い越して颯爽と中へと入っていってしまった。

 そんな彼女の姿を後ろから見ながら俺も教室へと足を踏み入れた。

 そして黒板に掲示されている座席表で自分の席を確認してその席へと目を移すと、一つ前の席で座っていた男子生徒と目が合った。

 

 「よお和也。今年もよろしくな!」


 全く似合わない茶髪とお洒落に着こなしているのかただ着崩れているのか分からない制服を着たその男子生徒は馴れ馴れしい態度で俺に声を掛けてきた。

 

 「ああ、よろしく」


 俺は返事をして自分の席へと腰を下ろした。

 赤松健斗あかまつけんと

 ご覧の通り少し(?)奇抜な格好をしているが、俺と同じ類の人間、つまりオタクであったりする。

 そんなこいつとの出会いは去年の春に遡る。

 と言ってもきっかけは至って普通。ただ席が近かっただけ。そこからはこいつにしつこく付きまとわれて今の関係性に至る。


 「相変わらず素っ気ない奴だな和也?俺達、もう長い付き合いだろ?」

 「いやまだ一年しか経ってないじゃん」

 「何言ってんだ和也?一年ってのはだな、高校生活における全体の三分の一を占めているんだぜ?それを”たかが”なんて言葉で表すなんて俺に対して失礼だと思わないのか?」

 「いや全然?」

 「オイ」


 何故だか知らないが赤松に対してはそんな感情は一切出てこない。

 それもこれも全部こいつが、こいつ自身が失礼極まりないからだ。

 そうだな……例えば……


 「じゃあ赤松は他人との約束をドタキャンしたり、勝手に色んな場所で他人の名前を名乗るのはその人に対して失礼だとは思わなかったのか?」

 「いやぁそれは……」


 俺は過去にこいつに受けた仕打ちの一部を挙げるたびに、彼の目線が泳ぎまくっていく。オリンピック金メダリストも驚くであろう早さだ。

 てかその反応だと答えを言っているようなものなんじゃないのか?ここまで露骨だと逆に哀れに思えてきた。

 でも、それとこれとは話は別。少しだけ鬱憤を晴らさせてもらおう。


 「そういえば、この前貸した漫画はいつ帰ってくるんだ?なんだかんだ言ってもう2ヶ月前だぞ?」


 まあこうは言ってみたが、貸したのは予備の分だから大して問題は無いんだけどさ。


 「……それより聞いたか和也?」

 「無理やり話を逸らすな。せめて返す気があるのかを教えてくれ。あと俺の目を見て話せ」


 しかも主語が抜けてて何が言いたいのかも伝わってこねえし。

 だが彼はそんな事を気にもせずに続けて喋り続けた。


 「お前の押しのルイスちゃん。今朝、チャンネル登録者9千人いったんだよな?」 

 「……あー」


 突然出された推しの名前を聞いた瞬間、俺の思考は一時的に停止してしまった。

 そして話題の内容を把握しきった時


 「……ほへっ!?」


 驚きのあまりで情けない声が漏れた。でも驚くにもちゃんと理由がある。

 何故ならこいつから彼女の名前が出てくることが今まで一切なかったからだ。いつも俺が(勝手に)話題に上げても、誰だよその人?みたいな事言ってくるし、調べる素振りも見せてこなかった。

 それが今日になって急にこれだ。俺は一瞬震えたよ……


 「あれ?もしかして……知らない感じだったのか……?」


 しかし、この反応は赤松から見るとまるで知らなかったかのように見えたらしく、そう聞いて来た。


 「はっはっは……」

 「なにわろてんねん」


 そんな様子の赤松が面白可笑しくなってしまい、俺は少し渇いた笑い声が出た。

 勿論、この笑いは呆れの一種だ。

 

 「舐めるなよ素人が。ちゃんとリアルタイムで見届けたわボケ」

 「だよなー……マイナーガチ勢は違うもんなー……」

 「マイナー言うな」


 失礼な奴だな。


 「そもそも俺はだな、マイナーなものが好きなんじゃなくて、ただ自分の好きになったものが偶然たまたま世間一般からみて知名度が少し、いやほんの少し低いぐらいであって、別に俺がマイナーだから好k……」

 「なんで朝からそんなに熱弁してるの?しかも何の話?」


 俺が”マイナー勢”だってのを否定している最中に、何処かへ行ったはずの石原が俺達の間に入ってきた。

 

 「うお!?石原!?なんでここに……?」

 「いやなんでって言われても……私の席、天谷の後ろだし?」


 そう言うと石原は俺の後ろにある空いている席を指さした。

 そして次に黒板の方を見てみると、確かに石原の席だった。


 「てか、去年のこの時期も同じだったじゃん。覚えてないの?」

 「あ、あー……そ、そうだったようなー……」


 いや、よく考えなくてもそうだわ。新クラスなんだし、席なんて大抵の場合は名前の順だよな。

 

 「それに1年の時なんてずっと席近かったじゃない。なんで今更驚いてるの?」

 「いやぁそれはだな……」


 急に現れば誰だって驚きはするだろ。

 ただそう言えばいいだけの話なのに、文字通り石原の突然の登場に動揺してしまっている俺は上手く口に出せずにもごもごとしてしまった。

 そうしている内に、石原は何故かニヤニヤとした表情へと変わっていき


 「あ、もしかして……なんかいかがわしい事でも喋ってたの?」

 「ちゃうわ!」


 出てきた単語に思わず素早い反論が出た。


 「朝っぱらから猥談なんかするわけないだろ」

 「じゃあ朝じゃなければ言ってたの?」

 「……どうだろう?」

 「いやそこは否定しなさいよ……」


 うん。俺だって否定したかったよ?

 でもさ、なんか変に誤魔化しても絶対にどこかでボロが出ると思うんだよね。俺、嘘つくのがヘタクソすぎるから。


 「じゃあ一体なんの話なのよ?違うのなら言えるでしょ?」

 「そもそもなんでそんな事を知りたいんだよ……」


 話していた内容自体も、朝に石原に対して話していた内容と対して差はない。だから余計にその理由が知りたい。


 「いいじゃない別に。早く言いなさいよ~ほらほら~」

 「脇腹を突くな」


 細く、すらっとして綺麗な指が俺の脇腹と心を持て遊ばれる。

 こ、これ……けっこう……

 あ、待ってダメ!?つねんないで!?普通に痛い!?


 「わかった!し、喋るから止めてくれ……」

 「分かればよろしい」


 そう観念(?)をしてそう口を開こうとしたが……


 「いやあそれがよ石原ちゃん。和也がマイオn」

 「人が話すってのに横槍を入れるな!」

 「ゴハァ!?」


 折角俺が説明する気になったのに、なんか赤松が何か変なことを言いかけて邪魔してきたので軽くチョップを食らわせた。

 あと、女子の前で”オナ”って言葉使おうとするな。コイツ、羞恥心が無いのか?


 「お前!?人がせっかく助け船を出そうとしたのになんなんだその手は!?」


 赤松は頭を押さえながらもキレ芸みたいなノリでそう言った。


 「お前が勝手に出した船だろ。それに俺は助けなんて最初から求めてねえ」

 「薄情な奴だなあ。素直に俺の大船にでも乗ってみろよ」

 「信用できるかそんなウ〇コ船」


 こいつの船とか絶対にカ〇コン製だろ。すぐに壊れるに決まっている。


 「そんなことないだろ!俺の船はアメ公もびっくりの立派な船だ!石原ちゃんもそう思うだろ?」

 「なんで私に話を振るのよ?あと、ちゃん付け止めてもらえる?赤松にそう言われるの普通に気持ち悪くてイヤなんだけど」

 「ワ、ワァ……」


 気持ち悪いと目も見て言われてしまった赤松は机に突っ伏して泣いちゃった。

 でも多分、泣いたふりだと思うから問題ない。


 「ま、まあ私には理解できなさそうな事だってのは分かったからもういいや」

 

 しれっと赤松から一歩引いた場所に立っていた石原はそう言った。

 じゃあなんで聞いて来たんだよって言いたくなったが、今はそんなツッコミを入れる気分ではなかった。


 「なんかすまんな……」


 そして俺は謝罪の言葉を口にしていた。


 「なんで謝るの?別に天谷が悪いわけじゃないじゃん?」

 「そうだけどさ……」


 確かに謝る理由もない。

 ただ、特別になにか悪い事をしたわけではないけど罪悪感みたいなものが押し寄せてきたから。それだけの理由だ。


 「まあ、一応な」

 「律儀だねぇ」

 

 うーん、これは律儀と言っていいのだろうか?

 でも他人から見てそうならば、それでいっか。何をしても謝れない人間よりかは遥かにマシだろ。そう思っておこう。

 ……ん?

 

 「じゃあ悪いのは誰になるんだ?」


 俺はふと思った事を口に出していた。


 「そんなの決まってるじゃない」


 決まっている。

 そう彼女の口から聞いた時、なんとなく誰の名をあげるのかが分かった。


 「まあ……そうなるか」 

 「そうなるわね」

 

 そう石原が答えると、俺達の目線は自然と前の席で座ってうつ伏せになっているやつに向いた。


 「「全部赤松が悪い」」

 「ナンデー!?」

 

 あ、生きてた。

 さっきまでただの屍と化していた赤松は、机から思いっきち飛び起きた。


 「生きてた。じゃねえよ!勝手にコロすな!」

 「勝手に人の心を読むな。俗物が」

 「なんだよ俗物って!お前は某国家の指導者か何かかよ!?」

 「いやぁ?あながち間違っていないんじゃない?」

 「え?和也が独裁者だって事?」

 「とうとうバカになったか?」

 「いや、赤松は元々バカでしょ」

 「石原ちゃんまで!?」

 「ハッハッハ!そうだな。バカだったな!」

 「笑うな!」


 時間が経つたびに騒がしくなっていった会話だったが、それをまるで遮るかのように予鈴が鳴り響いた。

 

 「ほらー。早く席につけー?」


 その音とほぼ同時に、生徒に着席を促しながら新担任の先生が教室に入ってきた。

 その声を聴いた俺達の会話もそこで自然と終わり、朝のHRが始まった。

 うん、今日も穏やかな朝だなあ……

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