第27話 護衛騎士の自責
バティストたちの断罪を終え、リュシエンヌたちは離宮へと戻ってきた。いずれ神の子が二人同時に現れたことについては、正式なお披露目があるだろうが、ひとまずは休憩である。
どっと疲れが襲ってきたリュシエンヌは、ベッドに倒れこんでいる。レナルドはといえば、まだ残務があるらしく、離宮までリュシエンヌを送ったあとに、王宮の内宮へと向かった。
(今日はなんだか不思議だったわ)
ここのところ、リュシエンヌの身体に感情が引きずられることが多い。恐らく魔法の暴走のときに、感情がリンクしてからだろう。リュシエンヌ自身が気づくことも多々あるが、無意識にリュシエンヌ本人としての言葉が出ていることも多い。断罪のときのように、バティストに対する感情が、まるで何年も共に親子として過ごしてきたかのような錯覚さえ覚えることがある。
(どうして?)
口調も憑依したばかりのころに比べて、ずいぶんと令嬢らしいものになっていた。
(……この世界に慣れたからね)
深く考えかけたとろこで、リュシエンヌは早々に思考を放棄して結論を出す。ちょうどそのとき、部屋のドアがノックされた。
「お嬢様、少しよろしいですか」
(ベルナール?)
「どうぞ」
ベッドから起き上がって、リュシエンヌはすぐに返事する。すると、ベルナールがおずおずと部屋の中に入ってきた。
(部屋に入ってくるなんて珍しい……ううん。初めて?)
あくまで令嬢と男の護衛の関係を保つベルナールは、いつも寝室には入ってこなかった。覚えている限り、彼が他の者がいないのに、リュシエンヌの部屋に入ってきたのはこれが初めてだろう。
「おくつろぎのところ申し訳ありません、リュシエンヌお嬢様」
「ううん。どうしたの?」
硬い表情のままのベルナールは、少し迷ったようなそぶりを見せたが、すぐに彼女の前に跪いた。
「申し訳ありませんでした」
「え? 本当にどうしたの?」
頭を下げたベルナールは強く拳を握っている。
「今まで、お嬢様が旦那様からどんな仕打ちを受けているのか、私は知っていました。なのに……お助けすることもできず、私は……」
(そっか……)
苦渋に満ちた声音の謝罪は、きっとこれまで何年もの間、ずっと呑みこんできた言葉なのだろう。
リュシエンヌの私室からバティストの折檻専用の執務室にまで送っていっていくのは、いつもベルナールの役目だった。部屋に入ればリュシエンヌが確実に傷つくことがわかっていても、ベルナールはどうしようもなかった。彼は子爵家の四男で、爵位も持たないしながい護衛騎士だ。ベルナールがルベル伯爵であるバティストに意見することなど、当然許されなかっただろう。
ぶ厚い扉の奥に入ることを許されず、折檻をうけたリュシエンヌを助けられないことをずっと自責していたに違いない。
「……大丈夫よ」
口をついて出たのは、ベルナールを慰める言葉だ。
「私はお嬢様に、そんなお言葉をかけられるような資格はありません。どうぞ、旦那様……バティスト様と共犯の罪で私に罰をお与えください」
「誰も味方のいないあの家の中で、ベルナールだけが支えてくれた。それだけで私は、救われていたもの」
「お嬢様……」
「だから顔をあげて」
声をかけられたベルナールは、ゆっくりと顔をあげる。彼の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「ありがとうございます……」
「あなたは護衛騎士だけど、これでもベルナールのことは兄みたいに思っているのよ? だからそんなにへりくだらないで」
リュシエンヌが苦笑すれば、ベルナールは虚を突かれたような顔になる。
(変なこと言った? でも……リュシエンヌの記憶では、そうだもの)
彼女は考えながら、気持ちを確認しなおす。だが彼女はリュシエンヌの記憶は探れても、リュシエンヌの過去の感情までは以前はわからなかったはずだ。だというのに、想像ではなく、ベルナールを兄として見ているのがしっくりくる。
「兄、ですか」
「ええ」
当然という顔で即答したリュシエンヌを、ベルナールは小さく笑った。
「そうですね。私は、護衛騎士であり、お嬢様の兄……それ以上の存在にはなれないのでしょう」
「ベルナール?」
「いえ」
首を振ったベルナールは、穏やかに首を振ってから、背筋を伸ばした。
「では、罰をお与えいただけないのであれば、これからもお嬢様の護衛騎士として、お傍にいることをお許しいただけますか?」
先ほどまでの自責を滲ませた表情は消え、いつも通りの護衛騎士としての顔だ。きっと彼は、責めないリュシエンヌからの罰を諦め、これからも護衛騎士として仕えることで、過去を償い続けるつもりなのだろう。ベルナールの決意をよそに、リュシエンヌはただ頷いてみせる。
「もちろん。これからもよろしくね」
「ありがとうございます」
再び頭を下げて、ベルナールが言う。
「……お嬢様は、本当に昔のお嬢様に戻られたかのようですね」
「昔の……。前は聞きそびれたけれど、それって……私が十歳よりも前の、話?」
「はい。お嬢様の瞳の色が、アイスブルーになるよりも前ですね。覚えていらっしゃらないかもしれませんが……」
「そう……」
「第五王子殿下のおかげなのでしょう」
「え?」
返答に困る。
リュシエンヌが再び目線を合わせるようになったのは、中身が変わったからだ。決してレナルドのおかげではない。バティストがもうリュシエンヌに関われないようにしてくれたのはレナルドかもしれないが、それがすなわちリュシエンヌの幸せかどうかといえば、あまり関係ないだろう。
(だってバティストを告発したのは、魔法の暴走を回避するための手段の一つだし……)
「お嬢様を苦しめるものはもう何もありません」
苦しめるもの。そう言われて、リュシエンヌは息を吐いた。
「そうね……そうだわ」
「殿下はこれからもお嬢様をお守りくださるでしょう。どうぞ、第五王子殿下とお幸せに」
ベルナールの言葉には答えられなかったが、そのまま彼は礼をして退出してしまった。
(レナルドと、幸せに……?)
ベルナールの言葉を反芻したリュシエンヌは、ベッドに再び倒れこむ。
「そんなこと言われても、困る……」
ぽつりと呟いて、リュシエンヌは思考を放棄するようにそのまま目を閉じた。
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