第26話 断罪のとき
神の子を虐げた者に罰を、と言われて顔色を変えない王妃は、さすがの貫禄である。しかし王妃とは違い、バティストはぴくりと顔をしかめさせた。
「神の子らよ。罪を明らかにしてください」
「ああ」
神官長にうながされたレナルドが、すっと王妃に目を向ける。
「長年、私の命をつけねらい、刺客を送り続けた者がこの場にいる」
静かな宣言にもまだ王妃は平静な顔をしていた。そしてバティストはリュシエンヌを睨みつけている。
「……っ」
父親の目線に、身体が勝手に怯えを覚える。それでもリュシエンヌは口を開いた。
「私を、虐待して傷つけ続けた人がここにいます」
「王妃ならびにバティスト・ルベルをここへ」
「ばかなことを言わないで」
「リュシエンヌ!」
ふたりが叫んだが、国王が手を振った合図で騎士が二人を取り押さえて泉の前へと引きずり出した。
「陛下、陛下は信じてくださるでしょう? わたくしが第五王子の命を狙っただなんて恐ろしいことは」
「レナルドの祝福は『慧眼』。そなたが今なお、嘘をついていることをも見通されておる」
「そんなの嘘ですわ!」
「ならば神官長が嘘を言っていると申すか。それになぜ、そなたは『第五王子』の命と言ったのだ。そなたの罪はまだ明らかになっていないだろう」
「……っ」
神官長ともなれば、地位は絶大だ。その鑑定結果を嘘だというのは、神に唾を吐くに等しい。
「宰相、罪状を読み上げろ」
「は」
国王のそばに控えていた宰相が、懐から出した書状を読み上げる。王妃の犯した罪として挙げられたのは酷いものだった。
第四側妃及び産婆、離宮中のメイドたちの暗殺支持、定期的な刺客の派遣、離宮の井戸への毒投下、ならびにそれらの指示書。証拠が残っているものだけでも相当な数である。当然それらの証拠に王妃の名前など入っていないが、王妃が秘密裏に使用している印章が押されていた。その印章はすでに王妃の私室から押収されている。
はじめは「でたらめを!」などと喚いていた王妃も、言い逃れのできない状況に次第に顔を青ざめさせる。
「王妃よ、これでもなお、そなたは罪を認めぬのか」
声をかけられた王妃は静かに首を振った。
「離して。暴れたりなんかしないわ」
取り押さえていた騎士に、王妃は静かに言う。ためらった様子の騎士に、国王は鷹揚に頷いてその拘束を解かせた。国王は、王妃の態度を肯定とみなしたのだろう、言葉を重ねる。
「なぜ、そなたはこのようなことをした」
「……陛下が悪いのではありませんか。陛下が……わたくしを、愛してくださらないから。側妃を何人もお抱えになって……」
弾かれたように顔をあげた王妃が、苦々しく動機を告げる。
「王が妃を迎えて世継ぎを作るは義務である。王妃がその世継ぎを殺めようとするとは」
「違うではありませんか。陛下は……あの女を、あ、愛していらしたわ。あの女だけは……!」
言い募った王妃に、国王は何も言わない。その沈黙こそが肯定であると悟った王妃は、みるみるうちに顔を歪めた。
「あんな女! 死んでも陛下を縛り続ける女が悪いんだわ! お前なんか死んでしまえばいい!」
王妃はぐるりとレナルドを振り返り、腰に下げた短剣を引き抜いた。それは護身ではなく、装飾と魔除けのために身に着けるものだ。刃は潰されているが、勢いよく突き立てれば怪我を負わせることはできるだろう。
王妃とレナルドとの距離は、わずかに二歩だ。騎士たちは、なぜか動かない。女の細腕だから侮っているのか、レナルドも止まったまま王妃を見ていた。振りかぶった短剣をレナルドに向かって突き立てようとしたそのときだった。
「どう、して……?」
王妃の握っていた短剣は、レナルドでなく王妃の腹につき刺さっていた。見えざる力が、神の子を守り、王妃にその報いを受けさせたのだ。崩れ落ちた王妃に息はあるが、すぐに治療が必要だろう。
「……王妃を連れていけ」
国王の支持で、王妃はすぐに連れていかれた。次に残るのは、バティストである。
「宰相」
またも国王の声かけで、宰相が罪状をしたためた書状を懐から取り出す。だが、その前にバティストが声をあげた。
「お待ちください。確かに、確かに私はリュシエンヌに手をあげたことはあります。ですが、それは躾です。第五王子殿下の婚約者としてふさわしく育てただけで……愛する娘を虐待だなんて、そんな……」
気の弱そうな素振りでバティストは弁明する。心証だけで罪が逃れられるなら、きっとバティストは無罪になるだろう。だが、国王はバティストではなく、レナルドに目を向けた。
「レナルドよ、伯爵の弁明は本当か?」
「……嘘と本当が混ざっていますね。ただ、真実を告げているのは『手をあげた』という部分だけです」
「そんな! 私は嘘だなんて……!」
叫んだバティストは、ぱっとリュシエンヌに目線を変えた。
「リュシエンヌ。きちんと話しなさい。私が、お前を愛しているから躾をしたのだと、本当はわかっているだろう?」
ぎらりと睨みつけるような目線が、リュシエンヌに刺さる。何かを言い返すべきなのに、リュシエンヌはまたも身体に震えがきて、うまく言葉にならない。バティストの目に睨まれると、されたこともない折檻が蘇って苦しくなる。
(私は、リュシエンヌじゃないのに)
「……お、とうさま……い、いや……」
視線を逸らすこともできずに、リュシエンヌは固まる。そんな彼女の肩が、不意にレナルドに抱き寄せられた。
「どのような親が愛する娘に、一生残る傷を作るというんだ」
低い声が響いて、リュシエンヌが驚く。
「レナルド様……?」
ここまでの筋書きは、先日まで決めていたことだ。逆上させた王妃にレナルドの命を狙わせ、神罰を下し、動かない証拠を作る。王妃くらいの身分となれば、証拠だけでは罰するに厳しかったのだ。だが、バティストにレナルドが追い詰める計画はなかった。
「婚約者と仲良くしたという理由だけで、傷が残るほどの怪我をさせるのが、躾なのか? 神の子の証を失った娘に、記憶を失うほどの怪我を負わせることが?」
吐き捨てたレナルドは、宰相に目を向けて「読み上げろ」と促した。
宰相がバティストの罪状を読み上げていく。リュシエンヌへの折檻に対する証言はいくつもあるらしかった。証拠品としてリュシエンヌが幼いころにしたためていた日記も提出される。これはメイドのマリエルが、リュシエンヌの部屋から密かに回収していたものだった。マリエルはレナルドがルベル家に潜り込ませた間諜だったのである。
涙で滲んだ日記にはバティストの数々の酷い仕打ちが細かく記載されていた。
(言い逃れできない、わよね……? これなら、バティストは……)
きっと、断罪されるだろう。そうなれば、リュシエンヌはこの先、バティストに苦しめられることはないのだ。
罪状を読み上げ、証拠を提示する間、レナルドはずっと、リュシエンヌの肩を抱き寄せたままだ。
「リュシー、もう終わるよ」
「そうね」
小声で言葉を交わして、視線が絡んだ瞬間、レナルドはリュシエンヌのヴェールをかけなおした。
「……もう、大丈夫だから」
囁かれた声で、リュシエンヌはようやく自分が泣いていることに気がついた。
(リュシエンヌの身体が、泣いてる……?)
安堵の気持ちと不思議に思う気持ちがないまぜになりながら、リュシエンヌはそっとレナルドに身体を預ける。
「バティスト・ルベルの爵位を剥奪するものとする」
罰が告げられ、バティストが連れていかれるのを、リュシエンヌはどこか遠くに聞いていた。
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