第21話 堕とされた王子
暁の神は、琥珀色に輝く太陽の髪を持ち、朝焼けの群青を宿した瞳を持つ。その神の子もまた、同じ色を持って生まれる。親の見た目に関係なく産まれるのは、不和を招きかねない。だが実際には、神の子が産まれると必ず大事にされる。それは尊き神の子だからというだけでなく、伝承があるからだ。
『神の子を慈しめ。さすれば幸福がもたらされるだろう。神の子を虐げるな。過ちは不幸を呼ぶことだろう』
この伝承のために、この国では昔から神の子は決して害されることなく遇されるのだ。
そんなふうに神を崇めるこの国の王には、王妃がいて、側妃は五人もいた。いずれの妃も王の寵愛を受け、次々と王子が誕生している。中でもレナルドは王国の第四側妃を母にもつ第五王子として生を受けたのである。
生まれたばかりの彼がうっすらと目を開けた時、確かにその両眼は群青の瞳を備えていた。彼は欠落などなく、生まれながらにして神の子だった。しかし、その出生を報告しようと産婆と立ち合いの司祭が伝令を打とうとしたそのとき、彼らはレナルドの母ともども暗殺者の手にかかって命を失った。
手を下したのは、王妃の手先の者だった。第四側妃の産んだ子が王子であれば、関わった者全員を始末して死産として処理しろと暗殺者に命じていたのだ。そうして、最後にレナルドを始末しようと、刺客が毒をレナルドの口に含ませようとしたところで奇跡は起きた。
『神の子を虐げるな。過ちは不幸を呼ぶことだろう』
その言い伝えは迷信などではない。神の子たるレナルドを害そうとした刺客は、報復を受けた。残らずレナルドに注ぎこむべき毒が、見えざる手によって突き動かされ、自分自身で煽らされたのだ。その結果として刺客はのたうちまわりながら死に至った。これでレナルドを殺す者は消えたが、運悪く毒が一滴右目に落ちてしまっていた。その毒は奇跡では消えず、毒によって失明したその右目は群青を失い、灰色に転じてしまったのである。
いつまでも出産の報告がなく様子を見に来たメイドが、倒れ伏す人々に囲まれて泣くレナルドを見つけた。そうして彼は九死に一生を得たものの、彼は死体の中で発見された不吉な赤ん坊だ。失明した目もあいまって、欠落王子と呼ばれるようになった。欠落王子とそしられても彼が廃嫡されることも、処分されることもなかったのは、レナルドがたった一人の生存者だったおかげだ。たとえ片目が失明した不完全な神の子といえど、あの状況で生き残っていたレナルドに手を出すのは、はばかられたからだった。それほどに、この国では神を信奉されている。
王子として最低限の保証はされるものの、彼の周りには幼いころから王妃からの刺客が絶えなかった。結果として近くに人間を置くことができず、人間不信になりそうだった頃、彼の庭園にその客は突然やってきた。
夜空に輝く銀の月の髪を持ち、宵の空の菫色を瞳に宿した少女が現れたのだ。
「…………宵の、女神様?」
本来ならば侵入者に警戒するべきだったのだろう。だが、あまりにも驚きすぎて、あまりにも美しい存在に、ただ呆気にとられた。やがて話しているうちに、レナルドは彼女が人間なのだと気づくと、彼女の容姿で神の子なのだとわかった。
(僕と違って、本当の『神の子』なんだ)
欠落王子と呼ばれる彼は、同世代に生まれ落ちた神の子の噂を、もちろん知っていた。ルベル伯爵家に生まれたリュシエンヌ。彼女はいつだって欠落王子と比べられる対象で、たびたびメイドの噂話で耳にしていた。
(ずるいなあ……)
神の子は大事にされる。その通りの待遇を受け、愛情ばかりを注がれて育ったであろうリュシエンヌは、明るかった。宵の神の子であるにも関わらず、太陽の明るさを写しとったみたいに天真爛漫なのが一目でレナルドにはわかる。だからというべきか、彼女に意地悪をしたくなった。
「君、どうやってここに入り込んだの?」
「それは……」
「言えない?」
たたみかけるように問えば、リュシエンヌが困ったように頷いた。ここが王宮であることに気付いているかどうかは差し置いても、彼女も人の家の敷地に入りこんだことはわかっているに違いない。きっと今すぐにでも逃げ出したいのだろう。だから、彼女をここに引き留めてやろうと思った。
「ここに来たのは黙っててあげるからさ、僕と、一緒に遊んでよ」
「え?」
「お願い。ここには誰もいないから退屈なんだ。一緒に遊ぼう?」
その言葉は半分本音で、残りは彼女を引き留めるためのただの意地悪な言い訳だった。けれど、彼女は頷いてくれた。
「……わかった」
そうして一緒に遊びはじめたのは、単純にもっとリュシエンヌを困らせてやりたかったからだ。けれど、彼女と遊ぶ時間はただ楽しかった。
(どうしてこの子は、僕なんかに、こんなに笑いかけてくれるんだろう)
離宮に閉じ込められた欠落王子には、遊び相手なんかいない。本当は遊び方なんか知らなかった。だけど、リュシエンヌはおもちゃなんて全くない離宮で、レナルドに色々な遊びを教えてくれる。
「……ねえ。僕の顔は、気持ち悪くないの……?」
あんまりにも屈託なく笑いかけてくれるものだから、レナルドはたまらなくなって問いかけた。するとリュシエンヌはきょとんとして首を傾げた。
「どうして? こんなにきれいな顔なのに」
リュシエンヌは不思議そうに、レナルドの頬に触れた。その手が温かい。眼帯をしていない彼は、失明して色を失った瞳を晒している。使用人たちにはそれを気持ちが悪いと罵られていたし、必要以上に触れたりなどしないのに。
「そっか……僕の顔、きれいなんだ」
「あっ触ってごめんなさい……」
「ううん。ねえ、次は何をして遊ぶ?」
泣きそうになったのをこらえて、レナルドはリュシエンヌに次の遊びをねだる。そうして元々リュシエンヌに嫌がらせをしようとしていただなんて目的を忘れて、レナルドは彼女と共に遊びたおした。リュシエンヌが帰る時間になるころには、彼女と離れがたく思ってしまうほどに。
だからまた遊びに来て欲しいとねだった。名乗れないと言うから、レナルドは彼女に名前をつけた。神の子が自分のためだけの呼び名で返事をしてくれるのが、純粋に嬉しかった。
(僕だけの
恵まれた存在への嫉妬の感情は、彼女への好意が芽生えると共に、レナルドの中で独占欲にも似たものに変化した。
それからの日々は、リュシエンヌが家人の目を盗んで遊びに来てくれるのを心待ちにした。彼女は綺麗だと言ってくれたが、失明した右目をリュシエンヌに見せるのがなんとなく恥ずかしくて、それから眼帯をするようになった。使用人たちは不気味がったが、リュシエンヌは眼帯をかっこいいと言ってくれたのが何より嬉しかった。
何度か彼女と遊んでいるうちに、リュシエンヌが魔法を使えることに気づいたが、どうやら彼女は家族以外の者に隠しているらしかったので、気づかないふりをしてあげた。そうやって幾度も遊んだ後の帰り際、突然、リュシエンヌがさよならを告げる前に、もじもじとしだした。
「どうしたの?」
「ねえ……あなたの名前を聞いてないわ」
「僕の名前? いまさら?」
吹き出して茶化したが、これはレナルドが意図的に名乗っていなかったせいだ。眼帯をしていて、レナルドと名乗れば、第五王子であることがリュシエンヌにもバレてしまう。いや、もしかしたらもうバレているのかもしれないが、それをはっきりさせてしまうと、もうリュシエンヌに会えないような気がした。
「ごめん……」
「ううん、責めてるんじゃないよ、イリス。そうだね……僕の名前も君と同じで秘密にしようかな。代わりに、ミオゾティス……ミオとでも呼んでよ」
「
「そう。僕のこと、忘れないで」
ずっとずっと、リュシエンヌの心の中にレナルドが居ればいい。そう思ってレナルドは名乗る。
「変なの、忘れるわけないのに。でもわかった。あなたはミオね」
イリスのためだけの名前を、リュシエンヌが呼んでくれる。たった二人だけの秘密を共有しているみたいで、レナルドはそれだけで嬉しくなった。『ミオ』と呼んで笑うリュシエンヌが可愛い。猫目のように少し釣りあがった彼女の顔が笑うと、目が細まって愛らしい。きっとこんなイリスを見られるのは自分だけで、これからもこの楽しい日々が続くのだとレナルドは信じて疑わなかった。
リュシエンヌに
彼はこの穏やかな日々のせいで、自分が常に刺客に命を狙われる第五王子であることを忘れていたのである。
楽しい日々の終わりは、その日、突然やってきた。
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