文化祭編
第26話 文化祭は文化じゃない
文化祭っ!
『文化』という熟語の意味は完全に無視されて、ただの『祭』という楽しいイメージだけが残ってしまった悲しき存在である。
それは僕のいる学校も同じであり、文化的な催しよりも道楽的な催しが重視されている傾向にあった。
────7限・クラスホームルーム────
新学期が始まって早々、文化祭の話になる。
夏休みが終わったという喪失感と、文化祭への期待が入り混じった空気が、教室全体を包み込んでいた。
「──それじゃあ、この中から決めましょう。多数決で、投票は1人一回です」
と、委員長がハキハキと仕切る。
彼女の背後にある黒板には『メイド喫茶』や『クレープ屋』、『射的屋』など、多種多様の候補が挙げられていた。
どれも『文化』という二文字からは程遠い催しであるが、担任を含め、それについて言及するものはいない。
むしろこれが正しい姿であるように、皆が振る舞っていた。
「──それでは多数決の結果、メイド喫茶をやることにします」
で、出し物はメイド喫茶。
圧倒的な男子票の固まり具合が明暗を分けた。
ガラガラガラ……
塩瀬さん、出席。
七限目にして登校とは、中々の異常事態である。
「──あっ! メイド喫茶やるの!? 私メイドやりたいっ!」
全員が思った。
いやそうじゃないだろう、と。
……いや、これは僕が勝手にそう思っていただけだった。
塩瀬さんの一声は、事態を思わぬ方向に捻じ曲げる。
「ちょっと待って! しおっちがメイドやったら、私たちの勝ち目ないんですけど!?」
「しおっちのメイドとか可愛いに決まってんじゃん! アタシ無理ー!」
などとクラスの女子内では、『塩瀬さんが可愛すぎる問題』が発生していた。
だが確かに、その気持ちもよく分かる。
同じ衣装で自分よりも優れている人間がいたら、劣等感に苛まれてしまうだろう。
「でっ、でも、もう決まったことですから……」
「いやいや! しおっちの事が発覚した以上、投票のやり直しでしょ!」
「そんなことっ、できません……」
委員長は困ったような表情を見せ、たじろいでいた。
女子一号は、怒る一歩手前くらいの熱量で言い返す。
「委員長はさ、しおっちといい勝負だからそーゆー事が言えるのっ!」
「えぇ? そんなことないですけど?」
「あー! その顔とか! やばい! 可愛すぎる!」
喧嘩になりそうで、ならない。
なんというか、クラスの女子は仲が良さそうだった。
そして、この言い争いの輪に、1人で特攻する男子も現れた。
彼の名前は山本、モテるために始めたテニスを、愛し始めた人間。
「でももう決まったことだぜ? それに、今更やり直したって──」
「山本は黙ってろっ!」
……あっ、かわいそう。
山本は石のように固まり、サラサラと砕けていった。
「でも、オレも山本に賛成だヨ。多数決の結果は変わらないと思うヨ」
「……岡本が言うなら、まぁ。確かにそうかも」
……これはひどい。
日頃の行いって、やっぱり大事だな。
あっ、山本が完全に死んじゃった。
まぁでも大丈夫だろ、山本だし。
「──では、男装喫茶というのはどうでしょうか」
と、委員長が提案し、詳細を話した。
彼女の考えはこうだ。
男装喫茶なら、塩瀬さんも男装するので『可愛さ』で勝負をしなくていい。
男子は男子で、女の子の普段見られない姿を見られるからいい。
つまり、ウィンウィンの提案であると。
「──ですので、私は折衷案として、男装喫茶を提案します」
おぉー、とクラス内に関心の声。
委員長は得意げな顔をして、やはり可愛かった。
「では改めて、多数決を取ります」
──結局、僕らのクラスでは男装喫茶をやることになった。
────ここから先、番外編────
「じゃん! これなーんだっ!」
「……ヘアピン?」
「ピンポーン! 大正解っ!」
昼休み、塩瀬さんに屋上へ連れてかれた。
それで何をされるかと思えば、今のところ、ヘアピンを見せられただけ。
僕の脳内にはたくさんのクエスチョンマークが浮かぶ。
「佐藤くん、前髪ずっと下ろしてるでしょー? だから、たまにはあげてみようと思って──ほらっ!」
塩瀬さんは僕の前髪を好き放題いじった挙句、ヘアピンまでぶっさす。
僕は別に、お人形さんでもないんですけど。
「…………恥ずい」
普段見られてない部分を見られるのって、こんなに恥ずかしいのか。
僕がヘアピンを取ろうとすると、塩瀬さんに手を掴まれる。
「──ごめん、もう少しだけ」
「いや、取りたいんだけど……」
「やだ……」
えー?
普段あまりこういう事を言わない彼女だからこそ、衝撃が大きかった。
だいたい、こういう突拍子もないことをする時は、僕が『嫌だ』と言えばすぐに辞めるのに。
じーーーーーっ……
塩瀬さんに見つめられ続け、やはり恥ずかしさが先行する。
なんだ、揶揄われているのか?
じーーーーーっ……
いやでも、そういう視線じゃないし。
あれだ、猫がよく変なところを見つめるみたいな視線だ。
──そんなこんなで、昼休み中はヘアピンをずっとつけていた。
────翌日────
「……ヘアピンか」
塩瀬さんが気に入ってるなら、ということで、初めてのヘアピン登校。
おでこに当たる風がなんだか新鮮で、いけない事をしてるみたいだった。
少し、勇気を出して教室のドアを開けた。
委員長がたまたまドアの近くにおり、僕と目が合った。
「おはよう佐藤くん。……? それ……」
「あぁ、ちょっとイメチェン的な?」
「……へぇ」
あまり、彼女の反応は良くなかった。
やっぱり、塩瀬さんが特殊なだけなのかな?
「おはよっ! ……あれ? 忠洋くんヘアピン? ……ふーん」
と、後ろから来た相澤の反応もびみょー。
2人連続でこういう反応ってことは、委員長が特殊ってわけでも無さそう。
やっぱり、つけるの辞めようかな。とか、思っている時だった。
「──佐藤くんっ! ……あっ!」
「……ヘアピン、塩瀬さんが気に入ったみたいだから付けてみたけど──」
──ピッ
あっ、ヘアピン、取られた。
やっぱり、似合ってないのかな?
「──ヘアピンは禁止ね」
「……うん」
こうして、僕のイメチェンは終わった。
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