第24話 勉強は地味
ようやく本格的な勉強が始まったっ!
僕とみんなで力を合わせて、赤点を回避するんだっ!
……と、意気込みもこれまでの過程も素晴らしかった。
がしかし、勉強というものは全くドラマチックじゃない。
むしろその反対で、とにかく地味で退屈なのだ。
夏休みも残り二週間を切り、テストまでの時間が削られ続ける中、僕たちは最初の壁に激突していた。
────8月12日・日曜日────
僕らは今日も勉強する
学校はもちろん休みの日だ。
だが、テスト勉強に休みを設けられるほどの余裕がない僕らにとって、休日に、誰かの家に集まるという事は必然的であった。
そして僕の家が、勉強会の会場に抜擢されたのだ。
「──解けたっ!」
塩瀬さんはウキウキで僕がいるキッチンの方を振り向く。
彼女が見せてきたノートには、しっかりと間違いが書かれていた。
「上から2個目の式、計算間違えてる。そこは──」
玉ねぎをみじん切りしながら、塩瀬さんの間違えを指摘する。
ツラツラと回答を説明しているうちに、目が沁みてきた。
玉ねぎをフライパンにぶち込み、塩とオリーブオイルを加え、弱火にかける。
こうしている間に、解法の説明を終えた。
「──そっか」
と、計算を間違えたことに対して、分かりやすく落ち込む塩瀬さんへのフォローも忘れずに行おう。
料理とメンタル管理、その両方をやらなくちゃあいけない。
「……でも、その間違いは初めてのヤツだから。次、失敗しなければ大丈夫」
「……なるほど。……そうだよねっ!」
そう言って塩瀬さんはテーブルに向き直し、ノートと教科書を交互に見つめる。
僕の視線は、テレビの前のソファに移る。
ロベリアさんは、古文単語の暗記を行なっていた。
「……日本語、ムズカシイ」
苦戦しているようだったが、アレは放置。
暗記に関しては反復するしか方法がないので、無理に話しかけるのは悪手。
こうやって、今できる最大限を常に考えて行動するのだ。
「「「──ごちそうさまでした」」」
昼食を食べ終えると、途端に襲ってくるのが睡魔だ。
コレばっかりはどうしようもないから、20分ほど仮眠をとる。
仮眠が終われば、5時まで勉強。
黙々と行い、適当なタイミングで休憩。
勉強には魔法も裏技も存在しないため、地道に一歩ずつ進んでいく。
──僕らの日々は、次第に色褪せていった。
────追試テスト当日────
前日は僕の家で、最後の最後まで詰め込んだ。
塩瀬さんとロベリアさんからの提案で『2人が泊まる』なんていうイベントもあったが、全ての時間は勉強に溶けていった。
実に健全なお泊まり会だった。
朝は簡単に朝食を済ませて、テスト開始時刻の1時間前には校門に着いた。
教室に入ると各々席について、最後の詰め込みに取り掛かる。
塩瀬さんとロベリアさんの顔はやはり、強張っていた。
「──やれる事は全部やった」
これは誰に向けた言葉でもない。
強いていうなら自分。そして、奥底に眠っている恐怖に。
そもそもこんな言葉を吐こうだなんて、微塵も思っていなかった。
「……大丈夫。……2人とも、大丈夫」
自分に言い聞かせるように、2回、3回と、つぶやきの回数は増える。
僕はこれまでの勉強会で、全くと言っていいほど緊張しなかった。
それは漠然とした自信が根底にあったから。
だが、ようやくそれが無くなった。視界は曇る。
──怖い、怖い。
僕が教えた範囲が、出なかったらどうしよう。
そもそも僕の教え方が下手で、2人が全く理解していなかったらどうしよう。
このテストで、良くも悪くも全てが決まる。
あぁ、これ以上僕には、どうすることもできない。
すると、肩をポンと優しく叩かれた。
じんわりと伝わる手のひらの暖かさに、僕は驚いて顔を上げる。
「──佐藤くん」
「……佐藤」
曇っていた視界が晴れ、2人の顔の輪郭が現れる。
「ふたり、とも?」
「私たちに出来ることは、全力でやったよ」
「……あとはもう、テストに集中するだけ」
僕をまっすぐ見つめる2人。
たったそれだけでも、心はふっと軽くなった。
そう、昔の2人じゃない。
人間はいつだって、成長する生き物だ。
2人ならやれる。僕らなら絶対に、赤点を回避できる。
「──はい、じゃあテスト始めるぞーっ!」
そう言って教室内に入ってくる先生。
彼女はスタスタと歩き、教壇の前に立つ。
──そして配られる、国語のテスト
「時間は60分、あの時計で10時まで。それまでは解き終わっても、席を立たないように──」
そんな感じで先生は、テスト前の定型文を言う。
この間、僕の心臓はなかなか休まらず、手先は震える。
ついさっき元気をもらったはずなのに、なんなんだよ。
鎮まれ、僕が緊張してどうするんだよ。
と、自分で自分の説得を試みるがダメなものはダメ。
──なにか、嫌な予感がするのだ。
「──じゃあ始めっ!」
…………ぺらっ
先生の合図とともにテスト用紙をめくり、問題を眺める。
大問一の、問1、問2、問3……と見たあたりで戦慄した。
──応用問題が、ない
まずい。
塩瀬さんへの教え方は、応用問題を含めて40点を超えるような教え方。
つまり、応用問題の30点が消え去った今、彼女は何を得点源にするのか。
ああ、終わった。
──頭が、真っ白になった
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