第16話 デスクライトは動けない
月が、流れゆく雲の影に隠れた。
それでもなお現在、その存在はまん丸と感じられる。
いわゆる朧月。
────子望月・塩瀬の部屋────
デスクライトは、静かに、寄り添うように塩瀬の手元を照らす。
まるで相棒だ。
そう思われるのも当然で、ヤツは塩瀬の努力をずっと眺めてきた。
来る日も来る日も机に向かい、狂ったように暗記を繰り返す塩瀬。
それを陰ながら支えてきた。
しかし、そんなヤツにも嫌いなものがある。
たまに照らす、テストの答案用紙である。
コレを照らしている間だけは「私を、今すぐにでも消してくれないか?」と塩瀬に語りかけたくなる。
いつも低い点数が書き込まれたソレに、塩瀬の努力を嘲笑されているような気がしてならないからである。
……デスクライトは無力だ。
ヤツには塩瀬を励ますことも、宥めることもできない。
ただ、眼下で泣きじゃくる少女の姿を、照らすことしかできない。
──ヤツは
「自分自身がそういう存在であるから仕方ない」と思う一方で、「もし自分が人間だったら、彼女を抱きしめてやれるのに」と悔やんでいる。
あぁ、なぜ自分はこんな姿に生まれてしまったのか。
(がんばれっ! がんばれっ! がんばれっ!)
「──頑張らなきゃ」
ヤツの声も思いも、塩瀬には届かない。
────翌日・満月・塩瀬の部屋────
今日も塩瀬は机に向かっている。
ただ、普段と違うのは机の上に出ているモノだ。
ノート、教科書、筆箱、これはいつも通り。
……スマホ?
これは初めて見る。
と言っても流石に、用途は知っている。
会っていなくても人と人を繋ぐ、そういう機械。
画面には人のシルエットみたいなアイコン。
そしてその下に『佐藤』という文字。
なるほど、通話しているのか……とヤツは理解した。
「──そうそう! そうやって何回かやってみて、上手くいきそうな方法を調べるのっ!」
塩瀬の声は弾む。
ヤツが聞いたことのない、楽しそうで幸せそうな声だった。
「……へぇー。解き方にも性格って出るんだな」
「なにそれっ?」
塩瀬の聞き方はやはり、好奇心に満ちていた。
スマホに対して前のめりになるほどに。
「いや、委員長は最低限の労力で解くけど、塩瀬さんは回数こなして解いてるから。問題一つで、ここまでアプローチに差が出るのかって思って」
「そうだね……。性格でるね」
そう言って、口先では肯定する塩瀬。
対して、彼女がノートに走り書いていたのは『さとうくん、委員長とも勉強するんだ。……やだな』という、心の声。
ヤツは「人間の心なんて理解できる」と自負していたが、この行動に関しては全く理解できなかった。
思っている事を、なぜ口に出さない。
くそぅ。自分がせめて人間の言葉を話せれば、塩瀬の代弁ができるのに。
「──じゃあ、もう遅いから切るね」
そう切り出したのは佐藤の方だった。
スマホに表示されている時間は『23時30分』。
塩瀬が寝るのは日付が変わってからだから、まだまだである。
『もう少し』と、塩瀬はノートに書いた。
しかしながら、彼女が発する言葉は真逆であった。
「うんっ! 私ももう寝るから、おやすみっ」
「ふわぁ……。うん、おやすみ」
──通話は終了した
「ふぅぅぅぅぅぅ」と大きく息を吐く塩瀬。
背伸びをしたり、布団の上で悶えたり、落ち着きがなかった。
そしてようやく机に帰ってきたと思ったら、何やらノートに書きだした。
『私もたまには役に立つ。佐藤くんのために、もっと頑張る』
塩瀬はそう書かれたノートを破り、ヤツの頭上……『佐藤くんと同じ学校に行く』と書かれた紙の上に貼る。
ヤツは思った。
この紙を照らすことは、自身には出来ないのだろう。
自身はただ、彼女の手元を照らすだけ。
でも、アイツはきっと──
────翌日・十六夜の月・塩瀬の部屋────
今夜もヤツが照らすのは、ノートと教科書、そしてスマホ。
今回も通話している。
でも会話の内容を聞いてみるとどうやら、塩瀬が佐藤に教わっているようだ。
暗記の方法、語呂合わせ、基礎知識の理解と紐付け。
昨日やっていた内容が応用だとすれば、今日やっている内容は基礎の基礎。
塩瀬がいつも、たった1人で、狂ったようにやっている内容だ。
『全く、デコボコな2人だなぁ』と、ヤツは照らす。
今日も、塩瀬の手元を。
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