番外編

第14話 転校生は馴染んでいる

体育祭も終わり、夏休み前に残された行事は期末テストのみとなった。

普通なら、クラス内の空気感もどこか落ち込み気味になるのだが、今日は寧ろ意気揚々としている。要は、賑やかである。


「……」


ちなみに、1番テンションが上がる筈の塩瀬さんはまだ登校していない。

黒板の上にかけられている時計をチラッと見たが、まだ少しだけ時間に余裕があった。


「……」


僕は現在、かなりソワソワしている。

周りの騒がしさに影響されているというのもあるが、それよりも、昨日の相沢の発言が脳裏に焼き付いて離れないのだ。




『じゃ、佐藤くんまたねっ。あと一条さんも』




別に深い意味は無いはずなのに、妙に勘繰ってしまう。

だって、塩瀬さんとの時もそうだったから。

何というか、僕は『またね』っていう言葉に弱い気がする。




──ガラガラガラッ!




教室のドアが開き、そこに期待に満ちた視線が集中する。

もしかしたら、転校生が入ってくるかもしれない。




「──でさーっ、そこのラーメン屋のパフェがめっちゃ美味しくてー」


「えっ!? ラーメン屋でパフェ!? なにそれ行ってみたいっ!」


なーんだ、塩瀬さんと相沢じゃん。

期待して損した。そうだよな、転校生は先生が紹介するよな。

あとラーメン屋のパフェはめっちゃ気になる。

けど、1人で行くにはハードルが……。




塩瀬さんと相沢は話しながら、僕の席へと向かってきた。


「ねーねー佐藤くん。今日の放課後ヒマ?」


「……暇だけど」


「じゃあパフェ食べに行こっ!」


「行く」


みんなで行けば、ラーメン屋だろうとパフェだろうと余裕。

……やった。ラーメン屋のパフェ、食べられる。


「小鳥ちゃんも行くよねっ!?」


「私? 当たり前じゃん」


……ん?

なんかおかしいような……。


あっ、そうか。

塩瀬さんが友達の名前を覚えていたからか。

まぁ流石に、仲良い子の名前だったら覚えてるもんな、この人。




────そんなこんなで授業も終わり、放課後────




「──忘れてるな」


ホームルーム後、帰り支度も終わり、「さぁラーメン屋のパフェを食べに行こう」としたところ、塩瀬さんの姿が見当たらない。

まさかと思って隣の席を見る。やはり彼女の荷物はなくなっていた。

いわゆる、もぬけの殻。


「よっす忠洋くん、パフェ食べにいこーっ」


「……相沢」


よかった。

相沢まで忘れていたら、どうしようかと。

泣きそうだ。


「ちょっと小鳥ちゃん! なんでカバン取るのっ!?」


相沢の後方から、塩瀬さんが遅れてやってくる。

見たところ、放課後の予定を完全にすっぽかしていた塩瀬さんを、強制的に連れてきた感じだ。


「……なるほど」


「そう。こうやってすれば、塩瀬が予定を忘れてても一緒に行ける」


「勉強になります」


相沢はどうやら、塩瀬さんの習性と特徴を熟知しているらしい。

僕の目には彼女が、師匠に見えた。




「──えっとね。じゃあ、少し歩くよ」


校門をくぐるとすぐ、相沢はスマホを取り出した。

マップでラーメン屋までの道を検索しているようだが、律儀なやつだ。

相沢はこの学校の『スマホ禁止』という、事実上消滅したルールに従っているのだった。


「どこ行くのっ?」


「ラーメン屋」


「いつ?」


「今から」


「佐藤くんも行くのっ!?」


「そりゃそう」


「やった!」


「よかったね」


「……すげぇな」


相沢はタンタンとスマホを操作しながら、塩瀬さんの質問にも答える。

かなり、年季の入っている関係性に見えた。

そういうの、憧れる。




「──よし、ここを右だな」


「まじで?」


相沢の指示に従って歩き始め、どれくらい時間が経っただろうか。

ラーメン屋のあるような気配すら無い。


今現在、僕たちはよく分からないビルとビルの隙間を眺めている。

そして困ったことに、相沢はこの先に進もうと言うのだ。


「流石になんか間違ってない? この先、どう見ても行き止まりだよ?」


「ーん、でもナビがそう言ってるし」


ここに至るまでにも何回か、こういう会話をした。

その度に相沢は「ナビを信じよう」と言って僕を黙らせたのだが。

いやいや、でも、この隙間の先にラーメン屋はないだろう。


「ちょっとナビ見せて、僕が案内する」


と、僕はそう言って手を差し伸べた。

すると相沢は少し渋ったような表情を見せたものの、おとなしくスマホを手渡してくれる。


「あと2キロ!?」


「そうそう、そこから全然数字が減らなくて。……最初の方は順調だったのに」


「この店、学校から徒歩5分じゃん」


「不思議だよね……。こんなに近くにあるのに、辿り着けないなんて」


と、ガチの困惑を見せる相沢。


「チーズバーガー、フライドポテト……」


そしてお腹が減ったのか、近くのハンバーガー屋にフラフラと吸い寄せられる塩瀬さん。


……この三人の中で、まともなのは僕だけ?


「わかった。こういうのは助け合いだ」


そうとなれば、話は早い。


「いい相沢? 相沢は塩瀬さんが変なことしないようにコントロールしてて。そして、僕がラーメン屋までの道を切り開く」


「──了解っ。任せたよ」


「うん。塩瀬さんは頼んだ」


そう言って僕は、スマホへと視線を落とす。

ナビの指し示す道を吟味し、最も効率的なルートを導き出す。


これはいわば、数学の問題だ。

目的地までにある信号機の数、曲がる回数、それら全てを期待値という一定の評価基準で評価、選別する。


「──見えた」





『本日定休日』




……現実はいつも、都合の悪いことばかり起きる。


ヒュルリと、冷たい風が吹いた。

今目の前に起きていることだって、その内の一つに過ぎない。


僕らはラーメン屋にたどり着いた。

そして張り紙を前にして、うなだれる。

叩きつけられた現実があまりにも悲惨で、僕の中の芯がポッキリ折れちゃった。


「……気分悪くなってきた」


「もう帰る? 暗くなってきたし」


「そうする?」


僕と相沢が悲しみに明け暮れていると、塩瀬さんが向こうで手を振っているのが見えた。何をしてるんだか、楽しそうだった。

すると彼女は僕らの方に駆け寄ってきて、一言。


「こっちから見える夕日、めっちゃ綺麗だよっ!」


「来てっ!」と塩瀬さんは僕と相沢の手を取り、さっき彼女がいた場所へと走る。

楽しそうに、純粋な笑顔で。




塩瀬さんがいた場所は、ちょうど建物の並びがなくなって、土手が広がる一帯だった。サラサラと川が流れている。

気持ち良い風が、僕の頬を撫でた。


「……ちょうどいい時間だ」


「そうっ! これは中々見れないよっ!」


「はははっ。たしかに」


確かに、この景色は中々見えない。

夕日が沈む直前の、オレンジと青と、深い黒が混ざり合う空。

この、夏場に差し掛かる直前だからこそ見える景色。


「今日、楽しかった!」


そう言って僕に笑いかける塩瀬さんを見て、僕もつられて笑顔になる。

これは相沢も同じだった。


「……これが見れただけでも幸せだな」


「うん、そうだよね」


少し現実に打たれ弱い僕には。

……嫌なことがあると下を向いてしまう僕には、塩瀬さんのような、常に上を向いている人が必要なのかもしれない。


こういう意味でも助け合い。


「──そういえばさ、相沢」


「ん? なに?」


「めっちゃクラスに馴染んでない? 転校してきたの、今日だよな?」


「そうだっけ?」


「そうだろ」


「忘れちゃった」


そう言って笑う相沢を見ていると、どうでもよくなった。

転校生とか、在校生とか、そういう人のしがらみ。


「……」


そして、沈みゆく夕日を眺め、僕は決意する。


次、リベンジしたいな。

ラーメン屋のパフェを食べずして、人生が終わるなんてことがないように。

今度はちゃんと、定休日を調べてから行こう。

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