第13話 僕は「またね」って言われた

「……だれ?」


委員長も立ち上がり、ポンポンと自身のお尻をはたき、埃を落とす。

そして、相沢を睨みつける。そのあと、僕の方も睨む。

視線で「説明しろ」と伝えてきた。


「……えっと、中学の友達」


「そして、小学校の頃に振った相手っ!」


……そんな話、僕は知りません。


委員長は僕らの返答を聞き、考え事をする様子で顎に手を当てる。

真剣な眼差しで相沢小鳥を見ていた。そして呟く。


「ってことは、同じ中学校出身……」


「なーにぶつぶつ言ってるの『一条』さんっ?」


相沢は動揺している委員長に詰め寄り、彼女の苗字をわざとらしく言った。

……そもそも、この2人は面識あるのか?


「今はコンタクトなんだねー。中学の頃はメガネだったのに」


「……えぇ、まぁ。コンタクトの方が、便利だったので」


「ふーん」


と、会話の内容を聞いてみると、2人はあまり仲良くないように思える。

ただ、仲良くないと言っても、仲が悪いというわけではなく、どちらかと言うと『友達の友達』みたいな関係? 




──すると突然、相沢祐介の言葉が脳裏をよぎる。


『小鳥を、どうにかしてくれないか?』


彼は僕に、こんなことを頼んでいた。

まるで誰かが乗り移っているようだと、嘆いていた。


「……なぁ相沢」


「んー? どうしたの?」


「お兄さんが『妹の様子が変』だって心配してたよ」


「変?」


「うん、まるで誰かが乗り移ってるみたいだって」


「あぁー」


とうなづく相沢。

すると表情をスッとなくして、僕を見る。


「これのこと?」


ゾッとした。

相沢の表情は、さっきまでの柔らかい雰囲気を完全に消し、その代わりに絶対零度の冷たさを帯びていた。

刺すような視線は僕に向いている。


「これはね、忠洋くんをオトすための姿だよ」


「なにそれ」


「だから……。こうやって……」


と言って、相沢は僕の腰に手を回す。


「待って下さいっ! 私がいること忘れてませんかっ!?」


しかし、委員長が僕らの間に割って入った。

助かった。さっきから心臓に悪い出来事が連続している。


「……まぁ、そういうこと」


と言って、相沢は僕から離れる。

その後、委員長に「これでいい?」と視線で語る。

そんな相沢に対して委員長は「なんだコイツ……」と視線で返答した。


しばし、無言の時間が流れる。




「──そういえば」


と、開口したのはまたもや僕。さっきもこんな感じだった。

この気まずさに耐えられなかったのが半分、単純な疑問があったのが半分。

そういう気持ちで話を振った。


「相沢はどうして僕たちの居場所がわかったんだ?」


「たしかに……気になります」


委員長も同意する。

すると相沢は「あー、そっか」と声を漏らし、ニコッと笑う。


「仕込んだの、じーぴーえすっ」


「はははっ。柔らかく言っても、エグさは変わらないぞ」


恐怖が行き過ぎると、逆に笑えてくる現象。

僕はそれにぶち当たっており、委員長は素直にドン引いている。


「今日の朝、消しゴム渡したでしょ?」


「……これ?」


僕はポケットから消しゴムを取り出した。


「そう、それに仕込んでたの」


「……………………なぜ?」


「……? 行動を監視するため」


さも当然かのように、相沢はサラッと答える。

僕の身近にこういう女の子がいた事にも衝撃だし、それが相沢だっていう事実にも理解が及ばない。


僕が呆然としていると、委員長が横から質問を投げる。

ちょうど僕が聞きたかったことだ。


「なぜ行動を監視しているのですか?」


相沢がまた、表情を凍らせて言い放った。


「──さっきみたいな事が起きないように」


「っ!」


その威圧感に負けた委員長は、2、3歩後ろに下がる。


「でも私、ずっと監視するのは流石にヤバいかなって思って……。それで回収しに行こうと思ったらコレだよ?」




相沢は委員長に詰め寄った。


「ねぇ?」


「そっ、それはっ」


「体育倉庫、男女、2人きり……。子供でも作る気?」


「なっ!? 子供っ!? そんなハレンチなことっ──」


「してたっ。 あのまま私が来なかったら、一条さんはキスしてた」


「きっ……」


委員長はたじろぎ、視線を泳がせる。


「キスくらいなら許してくれても……」


「──だめっ! 子供ができちゃう!」


相沢の性知識はかなり浅いらしい。

キスだけで子供ができると勘違いしているな。


「そこまではしませんっ! そのっ、ただ、フレンチキッスを……」


んでもって、委員長の性知識も浅め。

フレンチキッスは語感だけ見ると浅いキッスのように聞こえるが、実際はかなりエグい方のキス。聖的な行為の時に使う。


「…………っ!」


「…………やっば」


ここに来て両者、沈黙。

自分たちが恥ずかしい言葉を、男子の前で連発していることに気づく。

個人的にはもっと聞いておきたかったので残念だ。


すると、2人の視線が僕の方に集まった。


「……ん? あぁ、どうぞ続けて」




──続くはずもなく、この話はここで終わった。




体育倉庫でのガヤガヤが、ひと段落した後。

片付けの手伝いをしている途中だったという事に気づいた僕ら。

シリアスな雰囲気も和んだ。宴もたけなわ、お開きムードに。


「じゃあ、私もう帰るから」


そう言ったのは相沢。


「うん、僕たちも仕事に戻るよ」


「すぐそうしてっ。特に、この倉庫には金輪際立ち寄らないでっ」


「はいはい」


こういう風に子供みたいに主張する相沢を見ると、心が安らぐ。

さっきまで人を位置情報で監視していたヤツだとは到底思えない。

それに、冷徹な表情していた人間だとも。


彼女の『素』がどれか分からない以上、僕は目の前の彼女が『素』であると祈る。

これが1番、相沢という人間を引き立てているから。


「忠洋くん、またねっ。あと一条さんも」


ヒラヒラと手を振りながら、相沢は体育倉庫を後にした。


「なんか……。この流れ、前にもあったような気がする」


「デジャヴってやつですね。私もよくあります」


「そう、だよな……」


『またねっ』って言葉に、深い意味なんてないよな。








テスト編へ続く……

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