第8話 体育祭は本気です
体育祭に本気になる連中がいるとしたら、それはどういう人間か?
すぐに思いつくのは、運動部の連中。
やはり運動という、圧倒的なテリトリー内での敗北が意味するのは、自身の存在意義の消失……とまではいかないが悔しいだろう。
少し考えてみて思いつくのは、3年生。
最後の体育祭くらいは勝っておきたいはずだ。
あとは女子にちょっとイイトコ見せたい男子くらいか。
じゃあ、そんな彼らよりも本気になる人間は存在しないのか?
──否、存在した。
────午前の部終了後、生徒席にて────
「佐藤くんが狙われてるっ!?」
「しぃぃぃぃっ、ヤツらにバレたら不味いヨ」
「……またかよ」
珍しく岡本が取り乱していると思ったら、いつものやつだった。
というのもコイツ、たまーにこういう陰謀論めいた嘘をついてくる。
最初のうちこそ、話のリアリティさに騙されていたが、今はそうじゃない。
「今日のは嘘じゃないヨ!? まじでタダヒロ狙われてるヨ!」
「あーはいはい。分かった分かった」
体育祭だからか、岡本の演技はいつにも増して迫力があった。
いつもそうだったら、たまには騙されてやるのに。
「佐藤くん気をつけて! いざとなったら私が守るから!」
「塩瀬さん。岡本の話は嘘の話だから、心配しなくて大丈夫」
「えっ!? ほんと!?」
「まじだヨ!」
「ほら! マジだって!」
塩瀬さんが胸を張って岡本に宣言する。
この子の辞書には『嘘』って言葉がないのかしら?
「……岡本、純粋な人を巻き込むな」
「いつもは嘘ですヨ! でも今日はマジだよ!」
「はぁ」と僕はため息をついて、岡本をすり抜けて先に進む。
お昼ご飯の時間なのに、コイツの話を聞いていたら終わってしまう。
「だから、僕を狙う人なんて──」
つるっ! どてーん!
「……僕を狙う人なんて、いない」
なぜここにバナナの皮?
僕が一歩目を踏み出したそのちょうど真下に置いてあるし。
────綱引きにて────
僕の出る競技は二つ。
そして今から始まる『綱引き』は当然、そのうちの一つである。
「男子、女子、男子……って感じで交互に持ってねー!」
綱引き番長(3年の先輩)が全員の指揮を取る。
華やかな声と自信、いかにもな陽キャ女子。
彼女もまた、体育祭に本気な人間であろう。
そうやって先輩を眺めていると、視界のど真ん中にひょっこり。
「佐藤くん、ちゃんと支えてくださいよ?」
「……わかってるよ」
ひょっこりと、委員長が顔を覗かせた。
綱引き番長の作戦は、力のある男子が女子の転倒を防いで、チーム全体が総崩れしないようにするというもの。
で、この列はある程度の例外を除いて同じクラスの男女が前後に来るようになっているので……。
「佐藤くん! いざとなったら、私に飛び込んでもいいからねっ!」
「遠慮しときます」
このように、健全な男子高校生には刺激が強すぎる。
前には委員長、後ろには塩瀬さんという、美女のサンドイッチ。
もちろん山本は、僕のこの境遇に対して、血の涙を流していた。
「俺も綱引きに手を挙げていればぁぁぁ……」
生徒席から、こんな恨み節が聞こえてくる。
──よーい
そんなこんなで、綱引きが始まっ──
──パァン!
開始の合図と共に赤チームと青チーム、一斉に綱を引く。
双方の掛け声がごちゃ混ぜになって、騒がしいところの騒ぎじゃない。
それに、僕の手のひらが持ってかれてしまいそうだ。
「……おーえす」
「おーえす! おーえす! おーえす!」
塩瀬さんの掛け声のお陰でタイミングはなんとか測れている。
がしかし、それよりもマズそうなのが委員長。
「おーえすっ、おー、えっ」
体力のない彼女はもう、充電切れに等しい。
そもそも、こんな過酷な競技に出なくても良かったじゃないか。
玉入れとか、楽な競技があるというのに。
「委員長、大丈夫?」
「おーえっ……えっ? よゆー、ですっ。おーえすっ!」
「無理しないでね。いつでも僕に、寄りかかっていいから……」
「っ! おーえすっ……!」
少し、委員長の動きに生気が取り戻った気がした。
「佐藤ごらぁ! 委員長にまで手ェ出したら承知しねえぞ!」
山本の罵声が、生徒席から飛んでくる。
いや別に、委員長を気遣っただけで、そういう下心とか……。
「あっ、ごめっ──」
ぽすっ。
委員長は、僕の足の間に挟まるように収まった。
こういう状況でも綱引きは続いているので、気にしてはダメ。
だめっ、だけど……やっぱり良くない。こういうのは良くない。
「ゴフッ……佐藤のヤロゥ、委員長になんてことさせやがる」
外野は黙っててもらっていいかな?
「委員長。ごめん、やっぱヤバいかも」
「あっ、そうですよねっ! その私、重いですよねっ!」
「そうじゃなくて……」
「じゃあいったい──」
「委員長っ! 危ないっ!」
──うわぁぁぁぁぁ!
赤組、痛恨のバランス崩しっ!
青組はこれがチャンスとばかりに全力で引っ張る。
その結果、保たれていた力の均衡は青組に傾き……
──どたぁぁぁぁぁ!
赤組、ドミノ倒しの如く崩壊!
この綱引き……不自然なまでにバランスが崩れた。
僕はギリギリでそのことに察知できたから、委員長を潰さずに済んだけど。
……空が見える。快晴だった。
「……いてぇ」
「大丈夫ですか?」
「ん? あぁ、倒れる時に受け身は──」
そう言って立ち上がっ……れない?
むにゅ……?
もちもちで、ふわふわで、パンケーキみたいな感触が主に胸の辺りに。
それと、なんか苦しい。まるで上に人が乗っているかのような。
「いったぁ……」
「マジカヨ」
なんかこれ、僕が塩瀬さんに押し倒されてるみたい。
……よくない。これは良くない。
僕と目が合った塩瀬さんはにっこりと笑った。
「えへへっ。ねっ? 守るって言ったでしょ?」
そして塩瀬さんは立ち上がる。
さらに手を差し伸べて追撃の一言。
「怪我はない?」
「あ、ありがとう」
やばい、イケメンすぎて惚れそう。
「みんな大丈夫!? 足とか手とか、痛いところないよねっ!?」
綱引き番長が駆け寄ってきた。なんか救急箱を抱えている。
彼女の表情を軽く眺めてみたところ、アレは白だ。
少なくとも、先ほどの転倒に関わってはいない。
「怪我人は、いなさそうだな?」
向こうチームから、男子生徒が歩き寄ってきた。
バランスの良い筋肉のつき方、健康的な肌の色。
クールそうな風貌、どっしりと構えた余裕な佇まい。
相手の綱引き番長はおそらく運動部……そして主将。
体育祭に本気な人間。
もしやコイツが、裏で手を引いて──
「よかった。怪我人が出たら、最後の体育祭が最悪になるところだった」
本気で安堵している表情。
この人もシロ。
『なんだその救急箱? どこから持ってきた?』
『えー? お家!』
『ははっ、相変わらずの心配性だな』
『そりゃあね。後輩が怪我したら嫌でしょ?』
『そういうところが好きなんだ』
『ーっ! もうっ!』
裏で手を引いてるなんてのは、ありもしない話。
初対面の人に、失礼なことを妄想してしまった。
こういう考えすぎは僕の悪い癖だ。早いところ治さないと。
──っち
ん?
今誰か、舌打ちを──っち!
やっぱり聞こえた!
もしかして僕を狙っているやつが、綱引きをコントロールしていたのか?
いや待て、今優先すべきは犯人の特定だ。
きっとこのまま振り向けば、誰が綱引きをコントロールしていたのかが──
「っち! イチャイチャしやがってよぉ! 家でやれっつーの!」
「お前かよ……」
捜査は振り出しに戻った……。
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