第3話 委員長は頭がいい

委員長と塩瀬さんは、かなり対照的だと思う。


かたや委員長は真面目で、勉強が得意な優等生タイプ。

その代わり人付き合いは苦手なのか、休み時間は本を読んで過ごしていることが多い。


その一方で、塩瀬さんは自由奔放な問題児タイプ。

ただ、人付き合いという面に於いては天才的で、男女問わず人気がある。






────テスト返却後・ホームルーム────




「──はいっ、ということで。赤点をとった者は学年末、挽回できるようにしっかりと勉強すること。もし学年末でも赤点なら、夏休みに補習が組まれるからなーっ! じゃあ解散っ!」


笑顔でそう言った先生(眼鏡をかけた優しい、男の人)は、ツカツカと教室を後にした……。

その後の教室内の空気はぐったりと、重力が増したような感じがする。




中間考査っ!


それは生徒にとって、避けられぬ戦い。

強制参加かつ赤点という最低ラインを設けられ、それを下回った暁には、とてつもなく重い処罰(夏休みの補習)が下されてしまう。

自身の頭脳に自信のない者からすれば、中間考査とは死の舞踏会なのである。




ペラっ…………


「ふぅ」


僕は自分の点数の書かれた答案を眺め、ひとつ、息を吐く。

オール70点という高くもなく低くもない点数に、複雑な心情を抱いた。

なんだろう、普通な点数を取ってしまうと、かえって気持ちに整理がつかないってこと、あると思います。


……いや、これも贅沢な悩みか。




「ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅぅぅ……」


視線を塩瀬さんに移す。

すると、僕の悩みなんてちっぽけなんだと思い知らされる。


彼女はこの重力の増した教室内でも、更に一段と重々しい雰囲気。

たぶん、RPGのラスボスでもこんな禍々しいオーラは纏っていない。


「だれ゛か゛っ……だす゛け゛でっ……」


「塩瀬さん…………見てられないよ」


机に突っ伏している塩瀬さん。

古くなったブリキ人形のように、ギィィィと、首だけ僕の方に向けてきた。

彼女の瞳に光は無く、虚空の中に絶望が詰まっていた。


……怖いよ!


「ねぇ、佐藤くん…………点数、貸してくれない? 10点だけでいいから……それで赤点、回避できるから…………」


「ごめん、それは無理」


「あははっ、あはっ、私の夏休み…………」


またもやギィィィと音を立てて(流石にそんな音は鳴らない)、塩瀬さんは首を戻した。

もはやアレは塩瀬さんではなく、そういう類の怪異として見た方がいい。

だってほら……。


「ねぇ、点数貸してくれない……?」


僕に断られた後も、何人かに点数の貸し出しを申し込んでいる…………。







「いやぁー、マジでやばいよね」


塩瀬さんが怪異になってからしばらく経ち、今度は彼女、現実を受け止める段階へと移行している。

いや、それも通り越して現実逃避中だ。

彼女、さっきから語彙が「マジ」と「やばい」くらいしかない。


「うん、マジでやばいよ」


この段階に入った塩瀬さんは、僕との会話が可能になるくらいに回復しており、現在、次の学年末考査に向けた対策を練ることもできる。

でも、対策って言っても、難しそうだな。


塩瀬さんの机に広げられた答案は全て、見事に赤点をマークしていた。


すると──


「マジでやばいですよ、この点数は……」


「へっ? 委員長!?」


この教室内には、僕と塩瀬さんしかいないと思っていたのに、知らない人の声。

反射的に振り返ると、委員長が立っていた。


「あぁ、すみません。よいしょっと……では、続けてください」


「すごい自然に混ざってきたな」


委員長は近くの机から椅子を拝借し、僕と塩瀬さんが向かい合っている机の横に腰掛けた。

彼女はスッと耳に髪をかける。

ふわりと、いい香りがした気がする。




────構図始まり────


     委員長


  佐藤  机  塩瀬


────構図終わり────




「にしても凄いですね。オール30点とはなかなか……」


「いやっ! これでも解ける問題は解いたのっ!」


「たしかに解けてる問題も……って、えっ?」




塩瀬さんの答案を改めて見ると、かなり奇妙だった。

なんと言えばいいのか、丸のついている位置がとてつもなく気持ち悪い。

普通ならこう、もっと纏まりがあるような?


僕がそのことに気づいた時、偶然か必然か、委員長と目が合った。

彼女は軽く微笑んだ。


「おや……。佐藤くん、気づきましたか?」


「なんかこの答案、気持ち悪い……」


「──きもっ!? えっ!? わたしっ!?」


塩瀬さんはショックを受けているようだった。

それに対して、委員長はなんの反応も返さずに続ける。


「そうでしょうね。彼女、『大門の最後だけは解けている』のですから」


「大門の……最後……」


委員長にそう言われて、もういちど答案を見る。


「……あぁ、確かに、応用問題だけ解けてる」


「そして、佐藤くんが気持ち悪いと思ったのは…………おそらくこれが原因かと」


スッと委員長が見せてきたのは僕の答案。

机の上に置かれた。


「僕の答案がどうかしたの?」


「これ、佐藤くんの机の中から拝借したものですが、……特に見て欲しいのはここ」


委員長がそう言って指した箇所を、僕は注意深く見つめる。


「……正解したところに注目して見てください」


「──あっ!」


横からひょっこりと、塩瀬さんも僕の答案を眺めていた。

そして、何か気づいたようだ。

嬉々として彼女の答案を掲げ、紙面を指差す。


「私と真逆! ほらっ!」


塩瀬さんが掲げた答案と、僕の答案……何ひとつとして正解した部分が被っていない。

つまり、塩瀬さんが言うように『真逆』なのだ。




「……この学校のテスト問題は、大きく分けて2種類あります」


委員長が徐に口を開いた。


「ひとつは基本問題。佐藤くんが解けた方の問題です。配点は全科目共通して70点となっています」


委員長はさらに続ける。


「そしてふたつめは応用問題です。塩瀬さんが解けた方で、配点は30点。もちろん、全科目で共通しています」


「……つまり、僕と塩瀬さんは極端に解ける問題が異なっていると」


「はい。ふふっ……そう考えると2人とも、とても対称的ですね」


対称的。


まさか委員長に言われると思っていなかった。


なんか僕らの関係について、他人からそう言われると、モヤモヤするのはなんでだろう。


……モヤモヤを通り越して『嫌だな』に片足を突っ込んでいるようにも思える。


ただ、このテストの結果を見るとそう言わざるを──




ぺらっ…………32点。




「あっ、それは──」


「32点…………おかしいですね」


日本史の点数の下一桁が、他の答案と被っていて見えなかったようだ。


32点ということは、語句問題でひとつだけ正解しているということ。


ただ、僕は不思議に思わなかった。

塩瀬さんは忘れやすいと言っても、記憶が完全になくなるわけじゃないんだ。

メジャーな問題くらいなら解けていてもおかしくはない。


さてさて、いったいどんな問題を解いたのだろうか。




────問題始まり────



1946年に『 相沢忠洋 』は、岩宿遺跡を発見した。



────問題終わり────




「そっ、それはっ! たまたまっ! たまたま解けたやつでっ……!」


「へぇー?」


妙に動揺する塩瀬さんと、ニヤニヤしだす委員長。

塩瀬さんの頬はほんのりと赤くなっている。


「友達の苗字と一緒だったからぁ……」


「本当に苗字ですか? 名前じゃなくて?」


「ちがっ! 違うよっ!」


イジワルな委員長と純粋な塩瀬さん。

こういう一面も、お互いにあるのだろうな。

だけどこう見るとやっぱり、2人の方が対称的じゃないかと思う。


なんて考えていると、委員長がニヤニヤしたまま話しかけてきた。


「これ、どう思いますか? ……忠洋(ただひろ)くん?」


……?


どう思うも何も──


「やっぱり、気持ち悪いな(『解けてる問題もマイナーじゃん』的な意味)」


「きもっ…………わたしっ!?」


しゅんと落ち込む塩瀬さん。

オジギソウに触れた時ってこんな感じになるよね。


「えぇ? そこまで言わなくても……」


なぜか僕の発言に対して引いている委員長。

なんなら塩瀬さんの方に椅子を寄せて、彼女の背中を摩っている。


「……? なぜ?」



──佐藤忠洋


──彼は察しが悪い。

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