第2話 僕は断れない
────入学式から一週間後・授業中────
塩瀬さんと隣の席になったは良いものの……僕の手元を見ると、中身の少なくなった筆箱がポツンと一つ。
あれからほぼ毎日、塩瀬さんが何かしらを借りてくる。
普通は、シャーペンとか消しゴムなどの小物を貸すことなんて全く問題ない。
しかし『塩瀬さんに貸す』ということに於いては全く別の意味となる。
「……早急に手を打たねば、僕の持ち物がすべて借りられてしまう」
そんな事を呟き、スッと視線を隣の席にずらす。
「んー、ないなぁ……」
カバンに手を突っ込み、ゴソゴソと何かを探している塩瀬さん。
もはやこのクラスの風物詩となってしまった。
そしてこの後、彼女は──
「ねぇ、日本史の教科書みせて」
僕の方に、机をくっつけながらそう言ってくる。
当然、授業中にそんな目立った行動をすれば、視線が突き刺さる(主に男子の)。
僕はこの一週間、この羞恥に耐えてきたのだ。
「……いいよ」
「あざますっ」
あぁ、なんで僕は断れないんだ。
これが山本(後ろの席の坊主頭のヤツ)なら断れるってのに。
──そういえば、本当にそういえば。
僕が塩瀬さんに何かを貸す時、とある女子と目が合う。
ほら、今も目が合った。
……学級委員長だ。
黒髪ロングで凛としている、そう、山本に「かわいい」と言われていた子。
彼女は僕と目が合うとすぐに前を向き直したのだった。
────昼休み────
「お弁当、忘れちゃった」
「……そのパターンは初めてだなぁ」
昼休みに突入した直後。
僕が山本の席へ、一緒に弁当を食べるために向かっている途中。
塩瀬さんは僕の制服の裾をチョンと摘み、そう言い放った。
「家まで我慢できないの?」
くぅぅぅぅ……
「うぅ、聞かないでぇぇぇ……」
塩瀬さんの慎ましくも、しっかりとした腹の音。
その後彼女は、恥ずかしそうにお腹をさすっていた。
……いやいやいや惑わされるな、これは断っても大丈夫なやつだ。
流石に僕もお腹空いてるし、弁当が無くても勉強できる。
だから塩瀬さん、そんな悲しそうな顔をしないでくれ。
──あぁ、もう
「……まぁ、卵焼きくらいならあげれるけど」
まるで光がさすように、塩瀬さんの表情は明るくなる。
例えが合っているのか分からないけど、飼い主が帰ってきた時の犬みたい。
「あぁ、あああー! 佐藤くんありがとう!」
──そんなこんなで、一緒にお昼ご飯。
「おいひぃ!(訳・美味しい!)あはめのあいうえだ!(甘めの味付けだっ!)」
「味の感想は飲み込んでからでいいから」
僕は箸で、ミニトマトを突っつきながらそう言う。
もうかれこれ、コイツとは長い付き合いだ。(ミニトマトに対して)
むぐむぐ……ごくんっ!
「美味しかった!」
「それはよかった」
卵焼きを飲み込み、満面の笑みを浮かべる塩瀬さん。
ただの卵焼きを食べた後とは、全く思えないほどの幸せそうな顔だ。
「……卵焼き、好きなの?」
「ううん」
僕の問いかけに対して、意外にも塩瀬さんは首を横に振った。
そうか……卵焼き、好きじゃないのか。
なら、この卵焼きは僕が食べて──
「──ぜんぶ好きっ!」
塩瀬さんの視線は僕の弁当へと注がれる。
それは卑怯だよ……。
「……はい、卵焼き。もう一個あげる」
「えっ!? いいの!?」
「うん」
「あっ、ああっ! ありがとうございます!」
「……ゆっくり食べな」
────その後(授業中)────
くぅぅぅぅぅ……
今の音の主は誰かって?
もちろん…………。
今日のお弁当の中身を全部、塩瀬さんにあげてしまった僕だ。
「……くそっ」
後悔は、ほんの少し。
ふぅ。
……まぁでも、塩瀬さんが満足したならいっか。
僕が隣の席に視線を移すと、満腹になったので襲ってきた睡魔と戦う、塩瀬さんの姿があるのだった。
────後日────
「佐藤くんっ! はいっ!」
昼休み。
塩瀬さんに呼び出され、屋上へ向かった。
そして渡されるお弁当箱。
手のひらに乗せると、ずっしりと重みが伝わる。
「……なぜ?」
この時の僕は、本気で思い当たる節を探していた。
確かに昨日、お弁当は持ってこなくていいと塩瀬さんに言われた。
だけどそれは、食堂を利用したいからじゃなかったのか?
お弁当を作ってくるとは一言も…………。
しかしながら思い当たる節など、全く検討つかない。
そしてついに、無礼にも聞いてしまう。
「……どうして?」
「──この前、お弁当貸してくれたから。その……返しますっ!」
「あぁ、そんなことか」
塩瀬さんが、妙に顔を赤らめている部分は気になる。
が、それ以上に「そんなことか」という感想が頭に駆け巡った。
「にしても、よく覚えてたね」
あの、忘れっぽい塩瀬さんが、数日前のことを覚えている。
感動で涙が出てきたらどうしよう。
「──佐藤くんの、ことだから…………」
感動していたら、塩瀬さんが何かぶつぶつと話していた。
完全に聞き逃した。
「ん? なんか言った?」
「なんでもないっ! ありがとうっ!」
だそうです。
太陽はまだ、ゆっくりと僕たちを見下ろしている。
ここに時計はないけど、時間の猶予があることはなんとなく分かる。
僕は屋上のひんやりと冷たい床に腰掛け、もらったお弁当箱を眺める。
塩瀬さんも自然と、僕の隣に座った。同じく、お弁当箱を持って。
「「──いただきます」」
2人の声は重なって、屋上に美しく響いたのであった。
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