一話 黒塗りの車

1 現地集合の予定

 わたくしのむおうちは、ふる伝統でんとうかんじるような日本にほん家屋かおくではい。

 加恋かれんさまのようなセレブふう一戸建いっこだてでも無い。

 どちらかとえば、鈴前すずまえさんが住む団地だんちている。


 くろ外壁がいへき

 ぜん部屋へやまどはシンプルな三重さんじゅう窓。

 ベランダやバルコニーは「確認かくにん降下物こうかぶつ怪獣かいじゅう)」の接触せっしょくそなえて、設置せっちしてはいけないまりになっている。

 そのわりに、ベランダとおなじくらいのひろさの、部屋可能かのうなサンルームがついている。

 両親りょうしんともに、はなくさ庭木にわきながめる趣味しゅみは無いので、花壇かだんスペースは無い。

 こちらの次世代じせだいがた集合しゅうごう住宅じゅうたくまゆ-TSURUSHIRO-」にある自宅じたくは、内装ないそうのフルカスタマイズによって、あたたかみのあるデザインが排除はいじょされている。

 いえなかも、外身そとみわせて、はなやかさは一切いっさい無い。

 黒い家電かでんに、黒い家

 小物こものかんしては、灰色はいいろで統いつされている。

 壁紙かべがみは無く、コンクリートし。

 さらとお茶碗ちゃわん、マグカップもあわい灰色。

 しるもののお椀は外もうちも黒で、ウサギや花模様もようなども一切無し。

 テーブルのうえでカラフルなのは、食後しょくごのバナナ一本いっぽんくらいだろう。


 そうそう。先週せんしゅう三月さんがつ三日みっかまでかざっていた、雛人形ひなにんぎょう

 よっ日のあさ片付かたづけるまで、本当ほんとう違和感いわかんしか無かった。

 柑橘かんきつがなった木のかざりと、ももの花がいた木の飾りだけでも、コンクリートの壁には合わないのに。

 そこにお内裏だいり様とお雛様。さらに、雪洞ぼんぼりに、金屏風きんびょうぶ

 一段いちだん飾りでも、ゴテゴテしていた。

 おんなとその家をまもるための、「形代かたしろ」。

魔法まほう少女しょうじょには、一体いったいのお雛様もいらないでしょうが。これは風習ふうしゅうですから」とちちったきり、この飾りに見向みむきもしなかった。

 これは、この家と無機質むきしつな父をこのんでいるはは両親りょうしん、つまりは母かた祖父母そふぼが母の趣味嗜好しこう無視むししてあたえた「お荷物にもつ」。

 怪獣が時代じだいになったのに。

 ねん一度いちどれするなんて……。

 いまは、壁かけの液晶えきしょう画面がめんに「壁紙」としてなかばから三月三日まで表示ひょうじさせる程度ていど家庭かていおおい。

 まあ、「壁紙」データも相当そうとう高級こうきゅうで、一段飾りと同じ段で販売はんばいしている。

 子ども部屋も全く、飾りがない。

 ベッドとクローゼット、つくえたな

 わたくしがこの家にして来てこわおもいをしたのは、っ黒なゆかと、真っ黒なドア。

 モデルルーム見学けんがくで見た木目調もくめちょうの床やドアの面影おもかげは、一切無い。


 朝ごはん時間じかんになると、父が「いただきます」も言わずに黙々もくもくはじめる。

 わたくしは学校がっこう給食きゅうしょく時のように「いただきます」とはっしてから、いただく。

「朝は、いつもお味噌汁みそしる美味おいしく感じます。

 手前てまえ味噌ではない市販のお味噌ですけど。

 ふふふ、自画じがさんになってしまいますね。

 おとう様、おあじはいかがでしょうか?」

「『とっても美味おいしいよ。

 でも、園子そのこちゃん、本当にどうしちゃったの?

 パパってんでよ~。

 おじょう様キャラっていうか、そのまんまお嬢様の四谷よつや 加恋ちゃんの影響えいきょう

 去年きょねんの三月までは、ちょう食はコーンポタージュだったのに。

 やっぱり、ママが出張しゅっちょうちゅうだから?』と、心配しんぱいすべきでしょうか?」

「いいえ、お父様はお父様のままで結構けっこうです」

 父は「ならば、黙食を続けます」とめたこえ会話かいわわらせた。

 生真面目きまじめで、気むずかしい、勤勉家きんべんか。なおかつ、子どもとの距離きょり間がわからない親。

 まるで、家の中でも、オフィスにいるみたい。

 わたくしは、父のだらしない恰好かっこうを見たことが無い。母のだらしない行動こうどうはいくらでも思いかべることが出来るのに。

 母は、そんな父にわたくしをまかせて、昨日きのうから関西かんさいへ出張中。

 もしかすると、「桃色光線こうせんの魔法少女」とすれちがっているころかもしれない。


 黙食を終えると、最低限さいていげんの朝の会話が始まる。

「園子さん。

 今週こんしゅうは、安全あんぜん委員会いいんかいかつ動はどうでしたか?」

せん週のような緊急きんきゅう派遣はけんもございませんでした。

 魔法少女のための安全試験は使命しめい研究所けんきゅうじょのスケジュールどおとどこおりなく。

 これ以上いじょう守秘しゅひ義務ぎむでご報告ほうこく出来かねます」

「今日は土曜どようですが、外出がいしゅつ予定があるのですか?」

「安全委員会は学校では無く、研究所にあります。

 午前ごぜん中だけの予定です」

「では、お気をつけて」

 父は休日だろうと、Yワイシャツとスラックスで、国立こくりつ延齢えんれい大学だいがくのキャンパスへ出かける。

 家族かぞく三人さんにんで出かけて、なおかつ、ちちの話がとまらなかったのは、ここのモデルルーム見学のときくらいだ。

 母とわたくしに、きょう味は無い。

 それは。

 あにあたまうえに怪獣が降りそそいだ降下こうか事故じこのせいだ。

 今も、延齢大学医学部いがくぶ附属ふぞく病院びょういん小児科しょうにかにゅう院中の兄は、意識いしきを一時間程度もどすこともあるけれど。一日の多くをねむってごしている。

 きっと、月には。

 兄の名前なまえ刺繍ししゅうしてあるのぼりたわら 雄大ゆうだい」と、五月人形のはいったはこって、父が病院へお見いに行くだろう。


 兄以外のことに無気りょくになったままの父に、「行ってまいります」とげて。

 わたくしは、階下かいかへ向かう。

 現地げんち集合とは言え、集合住宅のしょうげん関のくるませには、いつも通り、使命研が手配てはいした黒りの車が待機たいきしていた。

 居住者きょじゅうしゃ毎度まいどのことむらがるので、「おさき失礼しつれいします」とことわって、みちつくって、車にりこんだ。

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