4 わたし、学校行きたくない。

 バーンッ。

 怪獣かいじゅう迎撃げいげきパネルのうえいきおいよくたおれたせいで、しょうこった。

 校舎こうしゃ硝子がらすまどはシャッターのおかげで、れなかった。

 サッカー少年団しょうねんだんたい怪獣ようパーテーションもユラユラれるだけで、衝撃を上手うまがしていた。

 でも、怪獣委員いいんは衝撃波にまみれて、ケガをした。

 貧血ひんけつになっているもいたけれど、病院びょういんはこぶほどでもかった。

 わたしの場合ばあい脱水だっすい症状しょうじょうと、きずまい。これは仕方しかた無い。だって、体育たいいく授業じゅぎょうみたいにはしまわっても「水分補給ぶんほきゅう」なんて小休憩しょうきゅうけい一切いっさい無い。

 それと、硝子の傷。右手みぎてひだり手の人差ひとさゆびづいたら、違和感いわかんがあった。

 でも、傷ぐちはパックリけているのに。不思議ふしぎあかもおにくえない。

 透明とうめいな傷で、グラウンドの地面じめんすこけて見えた。

 保健室ほけんしつかないで、コートのポケットのみず消毒液しょうどくえき切開せっかいテープで、応急おうきゅう処置しょちをする。

 切開療法士りょうほうしさんじゃなくても使つかえる市販しはん用の切開テーピングでなおっちゃった。

 透明な傷は裂けているんじゃなくて、身体からだなかに「透明な空間くうかん」が出来できちゃっている危険きけん状態じょうたい

 だから、透明な傷をって、まった「透膿とうのう」と血をそとしてあげる。

 怪獣の傷がどうして透明になるのは、「透膿」までしかおしえてもらってない。

 怪獣って、人造じんぞうだけれど。

 わたしたちとおな生物せいぶつなのに。

 クマやイヌにまれたら、な血が出て、肉が裂けて、ほねくだけるはずで、「透明な傷」も「透膿」も出来たことが無い。

 本当ほんとうに、不思議な傷。


 みんなたわらさんのことをなにわないで、グラウンドからこうとする。

 でも、わたしは真っさきに、俵さんにくことがあった。

 黒塗くろぬりのくるまった俵さんをいかけて、わたしは黒塗りの車まではしって来て、後部座席こうぶざせきまどをノックした。

 ウィーンッ。

 後部座席の窓がひらいて、なかでは、俵さんが不思議そうなかおでわたしを見つめていた。

なん法少じょだって、かくしてるの!!!!」

 わたしの暴走ぼうそうに、ゆめちゃんも錦森にしきもりさんもかかわらないように、委員かい室へもどろうとする。

楽々ららちゃん、直球ちゅっきゅうぎるよ」と、乃乃乃のののちゃんにだけはめられた。

「怪獣委員なら、教えてよ!

 一緒いっしょめば、もっとたくさん……ちょっと、って!」

 車が停車ていしゃしている正門せいもんちかくでは、放送ほうそう委員会の子たちが完全かんぜん時刻じこくの放送をえて、下校をはじめていた。

鈴前すずまえさん、どうしたんだろうね?

 俵さんが魔法少女ってってたけど」

 同じクラスの放送委員、加藤かとうさんがほか四年よねん放送委員にかって、ヒソヒソはなしている。


 放送委員の皆は不思議そうにわたしだけを見ている。

 そうだ。俵さんは魔法少女っぽくない。

「鈴前さん。

 委員会室にはいりなさい」

大島おおしま先生せんせいだまってて!

 野良のらの魔法少女はいけないとおもう!」

「鈴前さんだけが特別とくべつなんかじゃ無いの。

 ほら、入って、入って」

「わたし、あんなふうになりたくない。

 一緒に協力きょうりょくすれば、てるよ!

 ねえ、俵さん!

 ならごといそがしい?」

「そうではありません」

「どういうこと?」

 黒塗りの車は窓をめて、ゆっくりと発進はっしんしてしまった。



 わたしは大島先生にコートをっぱられて、仕方しかた無く、怪獣委員会室へ戻った。

「鈴前さん。

 俵さんにつきまとわないで」と大島先生に注意ちゅういされる。

「どうして、駄目だめなんですか?」

「俵さんの委員会活動かつどうじゃ魔をしないで頂戴ちょうだい

 大島先生の言葉ことばに、わたし以外いがいの怪獣委員が「あっちがわ人間にんげん」とか「魔法少女だったんだ」とか、コソコソないしょはなしをしている。

「委員会活動?

 怪獣委員会なんですね?」

 わたしだけ、わからないまま。

「錦森さん。

 鈴前さんに説明せつめいしてないの?」と大島先生は四年委員の代表だいひょうポジションの錦森さんにつよ質問しつもんしている。

「しました」

「あのねー、錦森さん。

 鈴前さん本人ほんにんが説明をいていなかったら、説明したことにならないのよ。

 仲良なかよしのばんさんはフォローしてあげてないの?」

 夢ちゃんはなにこたえない。

 錦森さんも淡々たんたんと大島先生に、こう補足ほそく説明した。

後期こうきからにゅう会した鈴前さんには、錦森さんが口頭こうとうで説明したんですけど。訓練くんれんメニューについていけてなくて、座学ざがく期待きたいしないであげてください」

「鈴前さん、てましたー」と乃乃乃ちゃんまで、みょうあかるく内部ないぶ告発こくはつをする。

いま、鈴前さんは起きてる?」

「起きてます!」

 わたしはかおを真っ赤にしながら、そう宣言せんげんするしか無かった。

「俵さんは安全あんぜん委員会所属しょぞくの魔法少女。

 貴方あなたたちをたすけるのが仕事しごとじゃない。

 怪獣の安全せい確認かくにんするだけ。

 怪獣委員会とは直接的ちょくせつてきな協力関係かんけいにない委員会なのよ」

「同じ委員なのに?」

 わたしは大島先生の説明でも、よくわからなかった。

ちがう、違う。

 俵さんの委員会活動はね、小学校の委員会活動じゃないわ。

 どこかの研究所けんきゅうじょの安全委員よ。

 わたしは小学しょうがっ教諭きょうゆだから、学校外の魔法少女には干渉かんしょう出来ない。

 貴方も角花つのはな小怪獣委員だから、小学校のそとに属する魔法少女にストーキングしないで」

「仲良くしちゃいけないのは、わたしが小学校の委員で、俵さんが研究所の委員だから。

 ……全然ぜんぜん、わからないです。

 緊急事きんきゅうじ態のときはたすわなくちゃ!」

 わたしの意見いけんはまともなはず。

 だって、あの大型おおがた怪獣はいつものてきのレベルじゃ無かった。

 こういうときは所属の垣根かきねえて、協力しないと。

 でも、わたしの意見はれられなかった。

「貴方はそういう、自分じぶん中心ちゅうしんかんがかたをするのね。

 なら、怪獣委員会をめなさい。

 寝ていて委員会活動の説明も聞きのがしているし。

 聞き逃しているのに、いつまでも聞きにない。

 さらに、自分の意見がとおらないと、ずーっと我儘わがまま言って、ひと足止あしどめする。

 そんな子は自分すら守れないで、ほかの子よりもおおくケガをするのよ。

 それじゃあ、日誌にっしいて、提出ていしゅつしてね」

 大島先生は自分の言いたことだけ言って、しょく員室へ戻ってしまった。


 大島先生がいなくなったことを確認した錦森さんがこっそり、そしてこわい顔をしておしえてくれた。

格付かくづけのランクががったから。

 顧問こもんの大島先生、機嫌きげんわるかったのよ」

「格付け?」

「……そうだった。

 鈴前さん、貴方、委員会活動の説明はずっとねむりしてたわね。

 怪獣委員会の委員すう、怪獣駆除くじょ数、駆除時間。

 そういうのが自どう集計しゅうけいされているの。

 駆除時間にロスが出ているから、魔法少女の格付けが下がりっぱなしなの」

「それって、わたしが入ったせい?」

「そういうこと。

 いつまでも、新人しんじんじゃいられない。

 新四年生の指導しどうがかりに、貴方は不適正てきせい

 新五年生では、貴方がながぼしつえにぎ会が与えられない可能かのう性のほうたかい。

 今さら、力しようとしても駄。

 貴方、怪獣を駆除するのに夢中むちゅうで、委員会活動の『おもてめん』しかやらない。

うら面』のガイダンスやミーティング、訓練、日誌作成さくせい後片付あとかたづけ、掃除そうじは全然、やるが無い。あと……」

 錦森さんのせっ教が無ければ、年・ろく年からもっときびしい言葉ことばめられてたはず。

 これのほうがマシだなんて……。



 下校中、わたしは夢ちゃんの姿すがたさがさなくなっていた。

 そういえば、夢ちゃんがわたしをこうしてけるようになったのは、あのからだ。

 十二じゅうにがつのクリスマス。型怪獣を倒したあとに、委員会室で「ぼう年会」をした。

 チキンレッグやケーキはべなかったけど。

 オレンジジュースで乾杯かんぱいして、お菓子かしを食べた。

 おともだち同士どうしのクリスマスパーティーでやるプレゼント交換こうかん会は、忘年会だから無し。

 忘年会の後、いつものようにわたしは夢ちゃんとかえろうと思った。

 でも、忘年会の中で、夢ちゃんがふくちょう先生にび出されて、タクシーで副校長先生とどこかへってしまった。

家族かぞく具合ぐあいわるくなった」って大島先生も心配しんぱいしていた。


 夢ちゃんとわたしはご近所きんじょ

 目印めじるしとしては、徒歩とほ三分さんぷん圏内けんないに、鶴城つるしろ大学だいがく属病院があって。

 でも、おとうさんもおかあさんも医りょう従事者じゅうじしゃじゃない。

 わたしは鶴城大学の正門からはいって、キャンパスをけて、鶴城大学の裏門ちかくの大角おおつの団地だんちからかよっている。

 大角団地以外には、一戸いっこてやアパート、マンションの住宅街じゅうたくがいがあって。さらに、おおきなスーパーマーケットもある。

 わたしのおうちは大角団地。

 夢ちゃんはお庭付にわつきの一戸建て。

「お庭があると、となりいえとのあいだに空間が出来て、全部の部屋へやにお日様ひさまひかりとどくんだって」とお話ししてくれたのは小学校いち年生の月。

 でも、にゅうしきからずっと仲良しだった夢ちゃんのお家には、わたし、あそびに行ったことが無い。

 小一の四月に、大角公園で皆であそぶこともあったけれど。

 門げん夕方ゆうがた五時をぎても遊んじゃったことがあってから、夢ちゃんはお母さんにおこられたみたい。

 夢ちゃんとは放課後ほうかご、なかなか公園で遊べなくなった。

 でも、同じクラスだったから、放課後も学校に残って、ちょっと遊んでいた。

 そのころから、わたしは怪獣委員会のおねえさんたちがグラウンドで怪獣を駆除しているのをけん学するのが大好だいすきだった。


 クリスマスが終わると、冬休ふゆやすみ中は怪獣委員会の活動が無しになる。

 そこは小屋ごやっているウサギやニワトリの面倒めんどうを見なくちゃいけない飼育委員会とは違う。

 夢ちゃんとえたのは、冬休み明けの委員会活動だけ。

 あさとう校も。委員会の後の下校も。夢ちゃんはいつのにか、いなくなっちゃってて、一緒いっしょあるいてつう学出来ていない。

 委員会では、普通ふつうはなせる。夢ちゃんも、冗談じょうだんを言ってくれるし……。

 でも、どん感なわたしでも、さすがに三月までこの状態がつづくと、わかるよ。

 わたしは夢ちゃんの親友しんゆうでも、友だちでも無くなった。

 わたしが何かをしたのかもしれない。

 でも、こころたりは無い。

 でも、この「中途半端はんぱ無視むし・避けるこう動」が不思議で仕方が無い。



 一人ひとりさびしく、真っくらな大学キャンパスを歩いてかえる。

 午後ごご六時になって、いきなり街灯がいとうかりがともった。

 一日いちにち最後さいご講義こうぎが終わったらしい大学生が「非常ひじょう電源でんげんこわれてれば、サボれたのになー」とへんなことを話しながら、バス最寄もよえきまでゾロゾロ歩いて行くのとは、反対方向はんたいほうこうすすむ。


 大角団地だい19じゅうきゅうとう1108イチイチゼロハチ号室ごうしつまで来ると、もうお母さんがさきに帰っていた。

 料理りょうりにおいがしない。ということは、スーパーのお惣菜そうざいかおべん当だな……。

 お母さんも、年度末どまつで、お仕事がいそがしいのに。

 夕方五時に仕事を終わらせて帰って来てくれる。

「お帰り。大丈夫だいじょうぶだった?」

「どうしたの?

 お仕事は?」

防衛軍ぼうえいぐん市街しがい演習えんしゅうだから、出勤しゅっきん制限せいげんがあるって朝、話したでしょ。今日きょうから三日にっか間、在宅ざいたく

「……そうだった?」

「でもね、防衛軍の市街演習が失敗しっぱいしたんだって。だから、明日あしたから通常出勤に変更へんこう

 演習初日しょにち予定よていどおり、中心ちゅうしん街のブリリアントタワーまえに怪獣が降下こうかして、防衛軍が演習してたんだけれど。一体いったい行方ゆくえ不明ふめいだって。

 夕方四時から二時間、停電もあったけれど。

 教育機関きかんは非常用電源があるから、何も心配無かったでしょ?」

 そういえば、小学校の職員室も委員会室も天井照明が使えていた。

 きっと、鶴城大学も、あそこの附属病院も、非常用電源で大丈夫だったんだろう。

 でも、大学や病院の建物たてもの内だけを非常用電源でまかなっていたから、そとの街灯が途中までついていなかったんだ。


 お母さんがテレビのニュース速報そくほうを見ている。

 ブリリアントタワーの映像えいぞうで、「防衛軍提供ていきょう」とある。

 いろいろなところに、黒塗りモザイクがついているけれど。

 大きさとガスをまとった感じ。そして、「ザ怪獣」感がある、ゴツゴツ感。それと、目とくち六本ろっぽんあし、そして、あのへんな「ウサみみ」。


「この怪獣、ウチの小学校にちたのと一緒いっしょだ」

「そうなの?

 ねえ、本当に大丈夫?

 切開テープは?

 夢ちゃんもケガしなかった?

 ねえ、楽々。聞いてる?」

「……うん、ニュース見てた。

 わたしたちが倒したんじゃ無いから、平気へいきだよ」

 学校から帰ると毎回まいかい、毎回。お母さんに、夢ちゃんのことを聞かれる。

 だって、お母さんは、夢ちゃんが、委員会以外でわたしを無視して、避けていること、らないもん。


 お母さん。

 わたしね。

 わたし、学校行きたくない。

 でも、お母さんにえなかった。

 だって、これはいじめじゃ無い。

悪質あくしついやがらせ」ではないから。

 わたしが夢ちゃんの親友じゃなくなったって話。

「親友じゃなくなること=虐め」にはならないもん。

 だから、だれかに相談そうだんしても。わたしが学校へ行けなくなる理由りゆうとしては、「理由になってない」って言われちゃうとおもう。

 こんなことで、落ちこむなんて馬鹿々々ばかばかしいって言われるよ。

 わかってる。

 仲直りすればいんでしょ。

 でも、無理だよ。

 夢ちゃんはわたしと仲直りなんてする気が無い。

 だから、友だちにすら戻れない。

 もう、どうすることも出来無いんだ。

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