3 負けない怪獣と、勝てない魔法少女

まわれ、球体きゅうたい

「どちらにしようかな?鉄砲てっぽうってバンバンバン」

「ふっ、そそいで、わたしのながぼし!」

「カワイイ、カワイイ、ハニー世界ワールド~」

 みんな一斉いっせいにおまじないをとなえて、ねむっている魔法まほう道具どうぐます。

 わたしのこえ反応はんのうした髪留かみどめもペコンッとはずれて、まえで、あっというながぼしつえ変化へんかした。

 しばらくすると、警報けいほうはじめる。今日きょうの警報発令はつれいはいつもよりもおそかった。

 もう、放課後ほうかごで、グラウンドのすみのサッカーコートには、サッカー少年団しょうねんだんがドリブル練習れんしゅうをしていたけれど。

 頑丈がんじょうたい怪獣かいじゅうようパーテーションをすぐに、保護者ほごしゃかい設営せつえい移動式いどうしきのコロコロがついているから、すぐに、ドリブル練習が再開さいかいされていた。


 大型おおがた怪獣がそらから、いつもどおりゆっくりとちてる。

 隕石いんせき宇宙船うちゅうせんみたいに、えながら落ちて来ない。

 けむりくもきり、ガス、水蒸気すいじょうき。とにかく、においがする気たいをまとっている。

 怪獣が空からやって来ると、この臭いでわかる。

 病院びょういん消毒液しょうどくえきの臭いにそっくり。全然zえんぜんくさく無い。

 委員会いいんかいはいまえは、どろ臭いとか、けもの臭いとか、牛糞ぎゅうふん臭いとか。いろいろないやな臭いを想像そうぞうしていたけれど。

 そしてさい後は、グラウンドの中央ちゅうおう部分ぶぶん設置せっちされた、「怪獣迎撃げいげきパネル」のうえにフワフワかんでいる。

 このパネルは毎週まいしゅう月曜日げつようびあさ校務こうむ員さんが設置してくれて。きん曜のよるには校務員さんがパネルせん倉庫そうこ片付かたづける。

 到着とうちゃくした怪獣は、ゲームのモンスターみたいに「ギャー」とか、「ガオー」とか、さけばない。

 だから、威嚇いかくは。があれば、にらむ。があれば、歯をせて来る。くちばしだったら、カカカカカカッと嘴を開閉かいえひしてらす。尻尾しっぽがあれば、パネルをバンバンたたく。あしがあれば、足みする。

 それから、息使いきづかいはわかる。もの図鑑ずかんにはせられないけれど、どういう仕組しくみかもわからないけれど。この怪獣は生きている。


「球体の魔法少じょ」の錦森にしきもりさんの球体がベッタンベッタン何度なんど地面じめんの上を跳ねていたのに、いきなり怪獣へかっていく。

 いつもの流れなら、「みつの魔法少女」の乃乃乃のののちゃんのベタベタ蜜で怪獣のうごきをふうじて。

 それから、ゆめちゃんのピンクだんが怪獣を貫通かんつうして。

 錦森さんの球体が怪獣のなかを跳ね回って、「戦意せんいある心臓しんぞう」をこわす。

 わたしの流れ星は、ゲームの世界せかいの「状態じょうたい異常いじょう」とおな効果こうかくらいしか、怪獣にあたえられない。

 流れ星のひかりで、怪獣が目まいをこすこともある。

 あとは、流れ星がたった怪獣は、麻痺まひ状態になる。

 それくらい、かな……。

 わたしの魔法はまだも出ていない、「たね」の状態。

 四年よねん委員の昼休ひるやすみ・放課後くん練できたえた魔法には、まだまだとどかない。


 錦森さんが独断どくだんこうしているけれど、それはどうやら「おとり」。ゲームのパーティーなんかでは、「タゲり」とばれる協力きょうりょくプレイ。

 だいたいゲームのてきって、基本きほんは「背中せなか弱点じゃくてんです」とか、「敵正面しょうめんかたいのでこう撃がとおらない」とか。

 実在じつざいする今日きょうの怪獣は、錦森さんの球体を目でっている。

 十二じゅうにがつたおした怪獣は目が見えない怪獣で。どうやって、わたしたちの位置いちさぐっているのかわからなかった。でも、球体に熱々あつあつの蜜をからめてころがしたら、怪獣が素早すばやうごき出したこともあった。

 そうやって、工夫くふう必要ひつよう


 先発せんぱつの五年生委員が背中への攻撃をやめて、一度うしろへがる。

 中堅ちゅうけんの六年生が「小学校卒業そつぎょう記念きねん!」とか叫びながら、怪獣にこう攻撃をびせる。

 後発こうはつの四年生は六年生がおものこすこと無くスッキリするまで「囮」かひかえをつづける

 。

 十二月までの大型怪獣駆除くじょでは、六年生が先発、五年生が中堅のローテーションだった。

 でも、新六年生がちゃんと大型怪獣を駆除出来るように、六年生は先発を見まもって、上手うま交代こうたいしていた。

 四年生のわたしたちは、自分たちの魔法でも歯が立たない相手あいてなのに。

 後発として、怪獣に向かっていかなくちゃならなかった。


 五年・六年のうたがいやイライラの視線しせんを背にけながら。わたしたちは必死ひっしで、カッタイ怪獣を攻撃し続ける。

 全然ぜんぜん、魔法が貫通しない。

なんで、わんないの?

 わたしたち、頑張がんばってるじゃん!」と夢ちゃんがじゅうかまえをやめて、そのすわりこんでしまう。

「このままじゃ、五年生にも、六年生にもげたって言われる。

 ちゃんと、やらなきゃ。

 だれが見てるかわからない。

 わたし、そういうの視できない。へい気な人間にんげんじゃ無い。

 鈴前すずまえさん、ちゃんとして!」

 えー……夢ちゃんが座りこんだのに。わたし、立って頑張ってるのに、錦森さんにおこられた。


「「「「「「やったー!!!」」」」」」

 囮の球体が怪獣を貫通して、全員が歓声かんせいをあげたのに。

 つぎ瞬間しゅんかん、大型怪獣のヘッド部分から何かがニョキニョキはじめた。

 ウサみみだ。

 でも、おかしい、ウサ耳だったら、りょう耳が出てくるはずだ。みぎ耳とひだり耳。でも、この怪獣は、一本いっぽんだけ。

 そして、そこから、白菜はくさいやキャベツ、レタスのように、そうになってウサ耳がニョキニョキしている。

「チンゲン菜?」

水芭蕉ミズバショウ?」

色的いろてきには、坐禅ザゼンソウっぽいけど」

 皆、思い思いに「アレにてる」と言い出す。

 でも、怪獣はそのウサ耳がび出してから、六本ろっぽんあしをジタバタさせて、迎撃パネルの上で警戒けいかいしているわたしたちを耳の中に入れようといかけ回し始めた。

「麻痺させれば、増殖ぞうしょくめられるはず。

 鈴前さん、流れ星を降らせて!

 鈴前さん、早く!」

「ななな流れ星よ、怪獣に降り注いで!」

 でも、わたしのおまじないにかろうじて反応はんのうした流れ星の杖は、流れ星を降らせたけど。小学校校しゃ屋上おくじょうに降り注いだ。

 まだ、「くう把握はあく」や「任意にんい座標ざひょう」の訓練までしていない。ようやく、ちゅう型怪獣をかん全に麻痺させる程度の効果だもん。

 どうしよう。

 にたくない。

 でも、どうして、ほかの委員の魔法もかないんだろう……。


 ≪ピンポンパンポーン≫

 かえしのび出しおんは鳴らなかった。一回いっかいだけ。

 ≪怪獣委員会の魔法少女は、ただちに委員会室にもどってください≫と大島おおしま先生せんせいこえ。でも、逃げるなら、サッカー少年団の子たちも一緒いっしょに逃げるんじゃ?

撤退てったい?」と委員ちょうふく委員長の六年生二人ふたりくびをかしげている。

「撤退めい令なんて、いままで無かったはず。

 資料しりょう管理かんりの錦森、何からない?」と五年生も、錦森さんにっている。

過去かこじゅう年間のデジタル資料は検索けんさくして、抽出ちゅうしつして。飛ばし読みしました。でも、撤退命令にはおぼえがありません」


 あっ。

 さっきまで、一緒に算数さんすう授業じゅぎょうけていたたわらさんが学校へもどって来たみたいだ。

 でも、わたしたちとかたちくろいコートを羽織はおっている。

「俵さん?」

 あの黒いはこ定規じょうぎれに使つかっている箱を大事だいじって、怪獣の前に立っている。

 定規何か、無理。

 無理だよ!

 でも、同じように、四谷よつやさん、水野みずのさんが怪獣の前にやって来る。

世知せしるさま安全あんぜん試験しけん園子そのこ様が担当たんとうしなかったのかしら?

 なにかご存知ぞんじ?」

加恋かれん様。

 いわゆる、発注はっちゅうミスでしょうか?」

「怪獣型式かたしき番号ばんごうに、覚えがありません。

 こちら使命研しめいけんのデータバンクで照会しょうかいしても、ヒットしませんでした。

 園子様。世知様はもうちきれないようですわ」

「そうでしょう。

 あくまでも、わたくしどもは安全試験の担当ですけれど。

 安全試験れの場合ばあい仕方しかたありませんね。

 安全を確認かくにんしましょう。よろしいかしら?」

「「ええ、園子様」」

 三人さんにんがおじょう言葉ことば堂々どうどう会話かいわをしている。

 そして、みじかい会話が終わると、撤退命令にしたがってグラウンドをはなれようとした怪獣委員会に話しかけて来た。


「怪獣委員会のみな様、御機嫌ごきげんよう。

 わたくしどもは安全委員会所属しょぞくの魔法少女です。

 福利ふくり厚生こうせいがしっかりしておりますので、どうぞご安しんください」

 三人の手には、魔法道具がそれぞれにぎられているけれど。

 そのあいだも、怪獣があばれているから、砂埃すなぼこりって、何を握っているのかよく見えない。

「わたくしどもがめたがってしまいますと、貴方あなたたちがこまりますでしょう。

 ……加恋様も、そう思われませんか?」

「ええ、園子様。

 怪獣委員会の魔法少女はけ知らずでなければなりません。

 では、おさきに」と言った水野さんは不織布しょくふマスクをしたまま、怪獣に向けて指差ゆびさしをして、「発進はっしんします」と声を上げた。

 その瞬間、ボロボロのはい路面ろめん電車でんしゃよん車両がそれぞれ警笛けいてきを鳴らしながら、東西とうざい南北なんぼくから怪獣へっこんだ。


 ふとはしらつらぬかれたような状態の怪獣は「戦意ある心臓」がよっき出しになった。透明とうめいではない、にごったようないトマトジュース色なのに。ダイヤモンドのように、キラキラ西日にしび反射はんしゃしている。

 夕焼ゆうやけにまらない、っか。

「戦意ある心臓条約じょうやく反する『ふく数心臓』を確認しました。

 条約違反兵器へいきさっ処分しょぶんします」

 そう宣言せんげんした俵さんは、怪獣のすぐ横を走り抜けた。

 でも、俵さんがはしけたちょく後、戦意ある心臓四つは赤色がえて、はい色にわった。

 わたしには何も見えなかったし、皆も俵さんの握っている包丁がトマト色にまったのをただ見つめていた。

 でも、すぐ、西日にかすからされて、包丁はオレンジ色にひかって見えた。


 わたしたちがいち時間かけてもたおせなかった怪獣を、一瞬で動けなくしてしまったし。

 倒しちゃった。

 最終さいしゅう処分じょうしょく員さんたちが大型重機じゅうきとトラックでやって来る。怪獣の残骸ざんがいをトラックにんで、最終処分場へもどるんだ。

 俵さんたちをむかえに来た黒りのくるまに、三人は無言むごんって。

 でも、そのとき、真っ黒なコートからは、透明とうめい硝子がらすの足が見えた気がした。


 <ピピーッ>

「はい、試合しあい形式けいしきで練習するよー!!!」

 わたしたちの激闘げきとうのことなんか気にせず、サッカー少年団が次のメニューへ移行いこうした。

 わたしたちは、顧問こもんの大島先生がグラウンドへやって来るまで、何もせず、怪獣の回収かいしゅう業を見ていることしか出来なかった。

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