2 勧誘

 算数さんすう授業じゅぎょうあと

 かえりのかいをして、廊下ろうか掃除そうじ当番とうばんをこなして、やっと放課後ほうかご

 たわらさんも教室きょうしつ掃除当番をえて、いまかえろうとしていた。

「……鈴前すずまえさん。

 これから、怪獣かいじゅう委員会いいんかい?」

 ジロジロちゃって、俵さんにへんおもわれたかもしれない……。

「う、うーん。

 怪獣警報けいほうらなくても、訓練くんれんしたり、活動かつどう日誌にっしきながらおやつべたり……あっ、一般いっぱん児童じどうにはおやつのことっちゃいけないんだった……」

安心あんしんして、鈴前さん。

 わたし、こういうはなしだれかとしないから」

 俵 園子そのこさんは、長袖ながそでに長いたけのワンピースをている。

 わたしがスカートなんて着て登校とうこうしたら、「一日中いちにちじゅう仲間なかまはずれ」にされるだろうな……。

 俵さんはくろはいこん深緑ふかみどりいろ服装ふくそうで、いている。

 小学しょうがっ校でスカートなんて、入学式にゅうがくしきしんせい卒業そつぎょう式の卒業生以外いがい着ない。

 スカートめくりがこわいんじゃくて、「女子じょしなかだれも着ないのに、自分じぶんだけ着るのがずかしい」から。

 でも、女子の誰も俵さんを「エロい」とか「おとこき」とか悪口わるぐちっていない。

 教室掃除のときはおうちからってた、しろいエプロンをして、ワンピースにほこりがなるべくつかないように工夫している。

 ちょっと、素敵すてき……。

 あーあ。

 こっちは怪獣委員会活動では、作業服さぎょうふくに着えるだけだもん。

 あこがれの魔法まほう少女しょうじょも、今や「配慮はいりょ」とか「倫理りんり」とかウルサイだろうな。

 現実げんじつの魔法少女に、変身へんしんタイムなんて、もちろん無い。

 一階いっかいの怪獣委員会しつとなりの「魔法少女更衣こうい室」で、ズボン・トゥ・ハーフパンツ。

「魔法少女がスカートの衣しょうてきたおす」なんておもってるひとは、アニメの見過みすぎだとおもう。

 Tティーシャツに、ハーフパンツ。

 あめでも、ゆきでも、くもりでも、れでも、ダボダボの作業コートを羽織はおる。

 不思議ふしぎあつさもさむさもかんじない素材そざい



 さん階の四年よねんくみきょう室から一階まで階だんをゆっくりりる。

 階段のかべには、いろいろな手作てづくりポスターがってある。

「インフルエンザに注意ちゅうい!」は保健ほけん委員会。

生のものに注意!」は生活委員会の力作りきさく。カラスやキツネ、ヒグマ、シカの迫力はくりょくあるが今にもおそいかかって来そう。でも、その野生動ぶつくちには、角花つのはな小学校で各学かくがく年がそだてる野菜やさいのイラストがえがかれている。

 そのポスターにポップが追加ついかされている。

「校ない飼育しいくされてたどくヘビがげてるよ!byバイ角花交番こうばん」というメッセージと、警さつから提供ていきょうしてもらった「迷子まいごの毒ヘビ」の写真しゃしんき。このポスターは野生のみに注意をうながしているから、あたらしくべつのポスターを作ればかったのに……。

 そして、そのお隣からは、「怪獣注意!」のポスターがつづく。


 途中とちゅう、階段のおどまりつつ、話題わだいは四年いち組のばん ゆめちゃんの「魔法道具どうぐ」になっていた。

 夢ちゃんは、小一から小まで、おなじクラスだった。

 三年で、夢ちゃんは一組へ、わたしは三組になっちゃった。

 五月ごがつうん動会練習れんしゅうと、しち月のプール学習、月の学習発表はっぴょう会練習でも、全然ぜんぜん一緒いっしょのグループ作業が出来なかったから。

 夢ちゃんが魔法少女になったから、わたしもーってかる気持きもちのまま、ズルズル来てる。

「……それでね。夢ちゃん、とお登録とうろくのとき、大変たいへんだったんだって。

 ほら、子どもって大人おとな転勤てんきん都合つごうで一緒に転校することが多いでしょ。

 だから、内におなじ通り名がいなくても、市外にいたら、駄目だめなんだって。同名どうめい禁止きんし

 実例じつれいで言うとね。

 関西かんさいにね、『桃色ももいろ光線こうせんの魔法少女』がいるから。

 関とうのショッキングピンク色の光線をてる子は、『ショッキングラブ光線の魔法少女』で申請しんせいして、却下きゃっか

 結局けっきょく、『マゼンタの魔法少女』になっちゃったって」

「番 夢さん。それで、一学期いちがっきげん気が無かったのね」

「そうなんだってー。わたしはまだ、そのころは委員会にはいっていなかったから、らなかったんだけど。

『どピンク弾』ならOKオーケーって、角花小も、羽鶴はねづる市教委も、ざつだよねー」

「どピンク、ね……」

「これ、夢ちゃんの鉄板てっぱん、鉄板。

 わらってあげてね、俵さん」

「ちょっと~。

 他人ひとさまの鉄板ネタを勝手かって披露ひろうしてくれちゃこまるよ~」と夢ちゃんがあしで階段を下りて来た。

 ここで、俵さんとはおわかれだ。

 すると、委員会室のドアがひらいて、勧誘用かんゆううようパンフレットをった錦森にしきもりさんがて来た。でも、わたしのかおを見て、ガッカリしている。

「夢の魔弾は、光線じゃなくて、単発たんぱつ弾。

 鈴前さんははなしらない。

 結局、『ど』だけ却下されて、『ピンク弾』に落ち着いたじゃない。

 ……俵さんだったかしら?

 らい月の入会希望きぼう?」

「ううん、錦森さん。

 今、鈴前さんとお話ししながら階段を下りて来たの。

 それじゃあ、わたしは用があるから、失礼しつれいするわ。

 さようなら、みなさん」

「ごめんね、めて。

 バイバイ!」とわたしはなんとか、俵さんに手をったけれど。

 四年二組の錦森 小鞠こまりさんに引きずられるように魔法少女更衣室へれてかれた。

 本当ほんとうに、錦森さんって、生真面目きまじめなんだよな……。


 あー、わたしがちょっとにが手にしているおんなの子が着替えちゅうだった。

「夢ちゃんも、楽々ららちゃんも、遅刻ちこくだよー。

 大人しい俵さんつかまえて、なにしてたのー?」

 廊下ろうかこえらさない、四年よん組の新井あらい 乃乃乃のののちゃん。

「かっ、勧誘。

 怪獣委員会ってノルマは無いけれど。四年も、もうそろそろわりでしょ。

 しん五年になったら、仲間がしいなって」

「このうわもの~」と夢ちゃんがわたしを茶化ちゃかすけれど、乃乃乃ちゃんは目もわらっているけど、こころが笑っていない。こわいよ。

 乃乃乃ちゃんと話すときは、おせっ教タイプの錦森さん以じょう緊張きんちょうする。尋問じんもんっぽいんだよね。

「楽々ちゃんの場合ばあいは仲間と言うより、どう学年の後輩こうはいが欲しいんじゃない?

 新四年生にめられそうで、先輩風せんぱいかぜかせたくても吹かせられない心配しんぱいなんて。

 随分ずいぶん余裕よゆうだねー」

 乃乃乃ちゃんはアイドルみたいに可愛かわいかおなのに、ときどきうえから目せん。まあ、じゅう月入会のわたしとはちがって、四月入会だもん。先輩せんぱいだもん。

「でも、俵さんって、魔法少女、きじゃ無いよね。

 楽々の話を一生いっしょう懸命けんめいいてたっていうよりかは、楽々の勧誘に戸惑どまどってたし。

 魔法少女になる気は無いでしょ。

 みんな、わたしたち魔法少女のことをめてくれるのに。

 クラスのあさの会、帰りの会に、皆が拍手はくしゅしてくれるけど。

 俵さんって、どうなの?」

「俵さんなんて、どうでもいわ!

 魔法少女のおかげで、通学路つうがくろ安全あんぜんはもちろん、学校敷地しきち内も安全なの!

 わたしたちのおかげ!

 もっと、感謝かんしゃして欲しいわ」と錦森さんはイライラして、廊下ろうかまで持ち出した怪獣委員会勧誘パンフレットを委員会室のたなもどしに行ってしまった。



 着替え終わって、体育館たいいくかんで訓練をすることになった。

 毎日まいにち、毎日、怪獣が来るってわけでも無い。

「夢ちゃん、今日きょうもペアんでくれる?」

 六年生は卒業間近まぢかでも、引退いんたいしてくれていない。五年生に引継ひきつぎもねて、スパルタ指導しどうが目立っている。だから、五年の中には、来てないひともいるみたい。

 それに、一番したで、まだ新あつかいのわたしが俵さんと長話ながばなしをして委員会におくれてきたのが気にわないんだ。とっても、不機嫌ふきげんな顔で、「そんな中途ちゅうとはん端だと、怪獣にけるよ」とネチネチしかられる。

 夢ちゃんが「勧誘を頑張っていた」って話してくれたから、「やるじゃん、鈴前」と六年の先輩委員の機嫌もなおった。

 でも、俵さんはまだ帰って無かった。

 これから、体育館へかうわたしたちとはべつ方向ほうこうに俵さんは立っていた。

 玄関げんかんで、ほかのクラスの子と何かしゃべっている。

「あー!

 俵さんがよつさんと話してる!」と夢ちゃんが興奮こうふんしている。

 四谷さんって、あの四谷さんだよね。

 一組の「ハーフアップの髪型かみがたで、ザお嬢様じょうさま」な子は四谷 れんさんしかいない。三組の教室でも、中学受験じゅけんじゅくの話になると、毎かい話にあがる子。

 中学からは私立しりつを受験するって、うわさしてた。

挨拶あいさつしただけじゃない?」

「……あやしいな。

 二人ふたりって、接点せってん、あったっけ?

 楽々、何からない?」

全然ぜんぜん、接点無いよ。

 あっ、今度こんどはあの子が俵さんに話しかけてる」

 俵さんと四谷さんが小柄こがらなショートヘアの女の子に手を振っている。そうそう、いつも、しろい不織布しょくふマスクをしている子。

 四年四組に、四月に転入して来たのはおぼえている。でも、名前なまえわすれちゃった。

電車でんしゃ通学している、水野みずの しる

 わたしより可愛いって有名だよ~」と乃乃乃ちゃんがみょうに可愛い声色こえいろと顔を作っていたけれど、その言葉のうらに「マスク詐欺さぎ」とか「不織布」ってトゲトゲが聞こえてきた気がした。

統廃合とうはいごうの子よ。やまの手の角塚つのづか小が老朽ろうきゅうと新入生無しでへい校したの」

 四年の委員全員が、あの三人にちかづけず、かといってを向けることも出来ず、何となく気になっている。本当に、理由りゆうかばないけれど。

「あの三人のきょう通点って何?」と、夢ちゃんも不思議がっている。

 不登校でも無いし、三人とも委員会に入っていない。通学路も別方向ほうこう

「学級会で自分の意けん絶対ぜったい言わない」とわたしが何となく、返事へんじをしたけれど。皆に、「そんなことはわかってる」と目で言われる。

 でも、わたしはそれしか浮かばなかった。


「……ミイラ」


 ドキッとする言葉だった。

 乃乃乃ちゃんはエジプトのピラミッドに興味きょうみがあるわけでも無いし。三人が古代こだい文明ぶんめい王族おうぞくだったなんていう話をしたいんじゃない。それはわかる。

「ミイラ?

 どこが?」と錦森さんは乃乃乃ちゃんをはなわらった。

包帯ほうたい、すごかったよ。

 年末ねんまつの、ほらクリスマス前に、三人とも、硝子がらすきず用の包帯してたよ。

 グルグルきで登校したの、覚えていない?」

 俵さんしかわからないけれど、冬休ふゆやすみはいる前にケガをした俵さんに、「無理むりしないでね」と担任たんにんふく担任の先生が声をかけていた。

 何で、わすれていたんだろう?

 冬休みけに、「明けましておめでとうございます」って俵さんに普通ふつうに話しかけられて、忘れちゃったんだ。

「硝子の傷?

 でも、クリスマス前はわたしたちのしゅつ動、無かったわよ」と、三人の誰とも同じクラスじゃ無い錦森さんは乃乃乃ちゃんの話をしんじていない。

 委員会活動日誌にも、怪獣の目撃もくげき情報じょうほうすら無かった。

 怪獣によるケガは普通のケガじゃない。「硝子の傷」になって、傷の部分が真っ赤にならないで、透明になる。

 そんな一大事いちだいじなら、委員会が怪獣を駆除くじょしに行ったはずなのに、記録きろくに無い。

「三人で、どこか遠出とおでして。

 げん地で、ケガしたんじゃない?

 さあ、もう行こうよ!」と夢ちゃんがわたしの背中をして、皆の手を引っぱって、体育館へ行こうとした。

 でも。

「怪獣委員の皆さん、体育館への動は中止ちゅうし

 怪獣が降下こうか開始かいししました。

 怪獣駆除、頑張ってください」

 委員会顧問こもん大島おおしま先生にめられた。

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