暴虎馮河

三鹿ショート

暴虎馮河

 彼女は幼少の時分から、気弱だった。

 それに加えて小柄であるためか、悪意を持った人間たちの標的と化すことが多かった。

 誰にも危害を加えることなく、静かに生きている彼女が、何故虐げられなければならないのか、私は理解することができなかった。

 ゆえに、私は彼女を悪人たちから解放するために、相手が誰であろうとも、立ち向かうようにしていた。

 彼我の実力差が明白であろうとも、血液を流し、骨を折られるような事態に至ったとしても、私が諦めることはなかった。

 私の気迫を目にしたことで、相手は恐怖を抱いたのか、それから彼女を解放していたために、この方法が正しいものだと私は考えるようになっていた。

 だが、それは間違っていた。

 私や彼女が年齢を重ねていくと同時に、彼女に目をつける人間たちの陰湿さもまた、変化していたのである。


***


 私がどれだけ立ち向かおうとも、彼女を虐げている男性たちは私を恐れることなく、それどころか、彼女と共に私のこともまた虐げるようになった。

 私が殴られ、蹴られる様を見て、彼女は悲鳴をあげる。

 その後、意識が朦朧としている私の眼前で、彼女の肉体を汚したのだ。

 彼らは、私と彼女の肉体と精神を、同時に傷つけていたのである。

 私がもう少し賢ければ、このような結果を迎えることはなかったのだろうか。

 これまで、深く考えることなく行動したとしても上手くいっていたのは、運が良かっただけなのだ。

 私は、己の浅慮を呪った。

 本来ならば、彼らを呪うべきなのだろうが、これまでのように彼女を救うことができなかった自分が、あまりにも情けなかったのだ。

 眼前で陵辱されている彼女は、何を思っているのだろうか。

 そのように考えたと同時に、私の意識は消失した。

 やがて目覚めると、その場にはあられもない格好で涙を流している彼女と、無様に転がっている私だけしか存在していなかった。

 私が身を起こしたことで意識を取り戻したということに気が付いたのか、彼女は涙を拭うと、私のことを案ずるような言葉をかけてきた。

 自分もまた、大きな傷を負っているにも関わらず、私のことを心配してくれる彼女だからこそ、私は救おうと考えていたのだ。

 このような善良なる人間が、何故苦しめなければならないのだろうか。

 私の呼吸が荒くなっていたのは、怪我の痛みが原因などではなかった。

 骨が砕けるまで拳を地面に打ち付けながら、私は一線を越えることを決めた。

 何の罪も無い彼女が傷つけられるのならば、同じような事態に直面したとしても、彼らが文句を言うことはできないだろう。

 私の表情を見た彼女が、怯えたような様子を見せたが、私が取り合うことはなかった。


***


 私や彼女に対して非道な振る舞いに及んでいるにも関わらず、彼らは恋人や家族の前では、良い人間を演じていた。

 自分の本当の姿を常に見せるということは無いゆえに、その態度については、責めるつもりはない。

 ただ、他者の尊厳を踏みにじりながらも自分は何事もなく幸福を享受しているということを、許すことができなかったのだ。

 だからこそ、私は迷うことなく、彼らの恋人や家族が住んでいる自宅に侵入しては、私や彼女が味わったものと同様の行為に及んだ。

 帰宅した彼らは、恋人や家族の変わり果てた姿を見て、どのような反応を示したのだろうか。

 残念ながら、私と彼女は別の土地へと移動していたために、それを見ることは出来なかった。

 しかし、私は清々しさを覚えていた。

 報復行為によって得られるこの快楽は、一度味わってしまえば、忘れることができなくなってしまう。

 其処で、私は彼女に目を向けた。

 彼女は身体を震わせたが、私が構うことはなかった。


***


 目覚めたとき、私の眼前には、見覚えがある顔ばかりが存在していた。

 いずれも怒りに満ちた表情を浮かべていたが、彼女だけは異なっていた。

 彼女は沈痛な面持ちで、椅子に拘束されている私に近付くと、

「もはや、あなたは私の知っているあなたではなくなってしまいました」

 其処で彼女は集まっている人間たちを手で示しながら、

「此処に集まっているのは、あなたが覚えなければ良かった快楽に身を委ねた結果、傷つけられた人々です。口実のために私のことを虐げたことを許すわけではありませんが、彼らの恋人や家族には、何の罪も無かったのです。私は、目先の快楽にのみ執心するあなたのことを、許すわけにはいかないのです」

 彼女は私の頬に接吻すると、少しばかり口元を緩めながら、

「これは、餞別です。私にとっての救世主とは、此処で別れることになりますから」

 彼女と入れ替わるようにして、多くの人間が私に近付いてきた。

 だが、私が醜く抵抗することはない。

 一度報復を開始してしまえば、それが延々と続くことなど、分かっていたからである。

 しかし、この身に感ずる痛みだけは、簡単に受け入れることはできなかった。

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暴虎馮河 三鹿ショート @mijikashort

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