第11話 アングラ

リクの肩にしばらく抱かれて、落ち着きを取り戻した私は、店へ戻った。


ヤマトと結衣が心配そうに私を見た。

「アイカ、大丈夫か??」

「うん、大丈夫。ちょっとびっくりして。もう平気。シロにももう会わない。」



そもそもシロなんかタイプじゃない。

会わなくたって平気だ。




私はそばにあった誰かのお酒を一気に飲み干した。

「あ、俺の…」

ヤマトは一瞬驚いていたが、私の飲み干したグラスを手に取ると、コップの縁を舐めまわし、いたずらな上目遣いをした。



「やっべ、アイカと間接キッス〜」



酒で熱くなった身体がぞくっとした。

性格は最低だが、ヤマトの見た目だけはタイプだ。

「やめてよ、もぅ。」

顔が火照る。

ヤマトの性格が良けりゃあ、同じようにやり返してやって、めでたしめでたしなんだけどな。残念だ。



リクは呆れた顔でこっちを見ている。

「なあ、もうすぐ2時間経つし、このあと俺らの行きつけのクラブいかねぇ?」


「クラブいいね、行こう。」

ジョーカーを出た4人は、街のはずれに向かって歩いた。




「ねぇリク、どこまでいくの?だいぶ繁華街から離れて来たけど」

「あぁ、もうすぐだよ。」



古いビルがぽつぽつと立ち並ぶ街外れの、コンクリートでできた小さな3階立てのビルにつくと、リクは私たちを手招きした。


階段を降りた暗い廊下の先の重たい扉の奥から、重低音が鳴り響く。



ドアを開けるとそこは爆音と暗闇と青い不気味な光に包まれた小さなハコだった。

ヤマトとリクはまっすぐにカウンターへ向かう。



「なんか飲むか?俺おごるぞ。」

リクは私達に聞いた。



カウンターに目をやると、スキンヘッドや鼻ピアス、舌ピアスだらけの、虚な目をした集団がこちらを見てゲヘゲヘしている。



—あ、やばいかも—

本能がそれを察した。



箱入りで世間を知らない結衣は、クラブってこんなところなんだね、とでもいいたげな笑顔のまま、音楽に合わせて体を揺らしている。


周囲には狂ったように激しく踊る男たちが数人。女の姿は見えない。


ここにくるまでも、ほとんど人を見かけなかった。



「アイカ、結衣、飲まねーの?」

リクは不思議そうにしている。


「…あ、うん。さっき、いっぱい飲んだから、いいかな…。」

自分の笑顔がぎこちなくなっているのがわかった。


薄暗い店内では、相手の顔もよく見えない。

ヤマトとリクは、私たちをフロアに残したまま、背を向けて、青くぼうっと光るカウンターで怪しいドリンクを飲んでいる。



不意に、背後から男が下半身をすり寄せてきた。


私が酔ったふりをしてそれをフラフラとかわすと、男は結衣の背後に回った。


「結衣!!」

「なに?」


結衣が振り返ると男は離れていった。


「結衣!終電なくなるから、帰ろ?」

「え?もう?」

「うん、駅からだいぶ歩いたし。」



「ヤマト、リク、ごめん、明日仕事だから、帰るね!」

「え?きたばっかじゃん。飲んでけよ。」

「ありがと、ごめん、またね!」


私は結衣の手を引いて足早に店を出た。



—シロだけじゃない。

ヤマトや、リクも、違う世界の人なんだ。





【昔、1回だけだけどね。頭がさぁ、かーってすっきりして、眠気がふっとぶんだ。気分が楽しくなって、俺はなんでもできるって自信がみなぎるんだ。でも、これが当たり前になったらって思うと、怖くなってやめた。けど、先輩はみんなやめれなかったみたい。】




付き合いたての頃、和哉が話していた。

和哉は、やめた…と思う。

やめたと、信じた。

そう信じたかったから。




私は、そっちの世界にはいかない。

世間知らずの結衣を、巻き添えにはできない。




店が見えなくなるまで、私は結衣の手を握ったまま走った。





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