第10話 偽り

今日は、イライラする。

朝からシロの返信がない。

ただそれだけのことだが、不安と恐怖が入り乱れて、頭がぐちゃぐちゃする。


シロと頻繁に連絡をとっていたから考えずに済んでいた、音信不通の和哉のことまで思い出してしまい、頭の中の糸がさらにぐちゃぐちゃに絡み合った。


このまま家にいたら、どうにかなってしまいそうで、私は安定剤の予備をポケットに入れ、結衣を誘って街に繰り出した。


「アイカ、久しぶりだね!」

「結衣、ひさびさ〜。」

「シロとは相変わらず会ってるの?」


しばらく前にシロ達とジョーカーで飲んでいる時に、ちょうど結衣から連絡がきたので、店に呼んだことがある。

「うん、会ってるし、毎日電話してる。」

「もう、付き合っちゃえばいいじゃん。」

「やだよ、全然タイプじゃないし。」

「ふーん。きょうは会わないの?」

「なんか知らないけど、今日連絡つかなくて。あとで、ジョーカー行ってみない?」

「別にいいけど、アイカ、なんだかんだいって、シロが気になってるんじゃん。」


違うよ、と私は否定して、結衣から目を逸らした。

好きとかそんなんじゃないんだ。

ただ、シロといると、楽しい。それだけ。


夕方、結衣とジョーカーへ向かった。

繁華街の道路沿いに面した、重たい金属のドアノブを引いて店内へ入る。

「いらっしゃいませー。」

若い店員が出てきた。店内に、シロはいないようだ。

「おー、アイカじゃん!」

聞き覚えのある声のほうに目を向けると、ヤマトとリクがいた。

「ヤマトたちも来てたんだ。シロは今日いないの?」

「シロは今日、バイトじゃねーか?あいつ、金欠すぎてやべぇからな。」


そういえば、前に仕事の話を聞いたとき、バイトしてるって言ってたな。こんな不定期すぎるバイトでどうやって暮らしているんだろう。

私と結衣は、ヤマトとリクが飲んでいた4人がけの席に座った。

私が座るなり、ヤマトは怪訝そうな顔をして私に聞いた。

「アイカ、なんか最近いつもシロといるらしいけど、大丈夫か???」

「‥‥大丈夫って??別に何もされてないけど?」


「そっちじゃなくてよ、金のほう。あいつ、そこら中から金借りまくってるから。やべぇぞ。」


「‥‥え?」


「俺も、世話になってるから今までだいぶシロには金貸してきたんだけど、一向に返してこねぇから、いい加減つるむのやめようかと思って。」

ヤマトは苦い顔をしながらつづける。

「アイカも、金づるにされてねーか?大丈夫?」

「‥‥」

衝撃的な話に、私は一瞬言葉を失った。

そして、さらに結衣からも不意打ちを食らわされた。

「アイカごめん、私もずっと気になってて、いおうか迷ってたんだけど、私も何回か、シロから金貸してって電話きてたことあって。会ったりとかはしてないんだけど。」

「え!?結衣にまで!?」

「‥ほんと黙っててごめんね。でも、アイカ、シロと話してるときすごい楽しそうだったから、アイカが楽しいなら、余計なこと言わない方がいいのかなって‥。」



サイフを忘れたっていうのは、嘘だったのだろうか。

私にあちこち出掛けようと誘ったのも、私と一緒にいたかったからじゃなくて、単にその日一日をタダで過ごすための口実だったのだろうか。

店を持ちたいと言う話も、私にお金を出させようとして話しただけなんだろうか。




全部、嘘だったっていうの?




小さな目を輝かせて夢を語って、中学生みたいに私と手を繋ぎたがっていたシロが、ホンモノだったなのかニセモノだったなのかわからなくなり、私は混乱した。

胸が締め付けられ、呼吸が浅く速く不規則になっていく。

「アイカ!!大丈夫!?」

「アイカ!!しっかりしろ!!!」

身体中にドクドクと心臓の音が響いている。

吸えなくなった息をわずかでも吸い込もうとすればするほど、苦しくなって、壊れてしまいそうになる。私は胸をおさえながら外に出た。

すぐにリクが追ってきて、私の背中をさすって、肩を抱いた。

「アイカ、深呼吸しろ、深呼吸。落ち着け。」

地面にしゃがみ込んだ私は、リクの腕に抱かれながら、ボロボロと涙を流しながら、声を上げて泣いた。




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