第3話 涙も出ない

仕事、干された。


上司の大事な客先を担当させてもらっていたのに、お中元挨拶の調整に出遅れ、上司の予定を狂わせてしまった。


「井沢さんにまかせてる意味ないわ。」

そう上司が言い放った次の日、私の担当していた重要な客先は石川さんに引き継がれていた。

「石川さん、君には社長も期待してるよ。」

私の前で、上司は言った。

全てが終わったのを悟った。


あ、そうですか。

所詮、私は派遣契約。

私のレールは、ここまでですね。

ドーモオセワニナリマシタ。


毎日毎日、上司の無茶振りに付き合わされ、遅くまでタダ働きさせられて、ボーナスもない。疲れて帰ったらヘトヘトで寝るだけの平日。でも頑張りたくて、任せてもらいたくて、認めてもらいたくて、思うようにできなくて、悔しくて悔しくて、1人トイレで泣いたりした日もあった。

私なりに精一杯頑張ってきた。


でもそれも全部、今となっては無意味だ。


ショックが大きすぎたのか、不思議なことに涙の一滴も出ない。

悲しいはずなのに、悔しいはずなのに、なんの感情もわかない。なんでこんなに何も感じないのか、自分でも不思議だ。


あー

このまま消えたい。

1



ボーっとしていると、結衣から電話がきた。

「アイカ!何時に待ち合わせする?」

「あぁ、今日飲みだったね!よかった、ちょうど今死にたくなってて♪」

「え?なんて?」

「いや別に。6時に駅前の椅子のとこで〜♪じゃね〜♪」


私は何ごともなかったかのように布団から起き上がると、いつもより派手にメイクをした。


------


「やっほー!アイカ!」

「やばっ、結衣となんか服かぶってるし」

「ほんとだ!!」


2人はお互いの服装を見て笑い合った。

フード付きの黒いパーカーに、白のホットパンツ。

「ねぇねぇ、うちら趣味合いすぎじゃない?」

そういってシンユウの私達は肩を組み、また笑った。


リカと合流し、バーへ向かう。

今日のメンバーは、川嶋さん(28)、田山さん(31)、吉田さん(29)の3人。主催者の川嶋さんは公務員らしく、他の2人は会社の同僚らしい。


正直、みんな地味な感じでパッとしないが、吉田さんは、スポーツマン風でがっちりしており、体格は好みだ。


6人で仕事の話や好みのタイプなど、どうでも良い会話を2時間続けて、解散した。

帰り、吉田さんが追いかけてきた。


「アイカちゃん、まだ時間も早いし、このあと飲みに行かない?奢るから」

「いーよ。」

2人はそばにあったビルに入った。

昭和の香り漂う古めかしいビルの、こげ茶色の扉を開け、ハワイアンな装飾の小さなバーの奥の席に座る。


「さっき席離れてたから、あんまり話せなかったけど、タイプだなって思って」

吉田さんはテキーラを片手でちびちびと飲みながら、にこやかに話しかけてくる。

「アイカちゃんは、どんな人がタイプなの?」

「私を好きになってくれる人。」

「え、じゃあ今、俺がアイカちゃんの事好きって言ったら、付き合ってくれるの?」

「いいよ。」


正直、相手なんて誰だっていい。

誰かといる時間が増えれば増えるほど、和哉のことや仕事の事を考えて鬱になる時間が減る。


「本当!?じゃあ、好き!俺と付き合って。」


"じゃあ"って何だよ。


「いいよ。なんて呼べばいい?」

「やった!俺、吉田啓介。アイカはなんて名前?」

「井沢藍華。」


私もテンションを上げようと、マスターにテキーラサンライズを頼み、少し多めに口に流し込んだ。











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