第9話 仕事の準備

 朝食を取り終えた私は建物に入ってくる冒険者の様子を観察する。

 冒険者と言っても全員が全員ギルドの宿を使う訳では無い。近隣には冒険者向けの宿があり、そうした宿に寝泊まりしている冒険者は少なくない。


「ねぇクレア。ちょっといいかな?」

「ん?」


 依頼が貼られたボードの方からシェイクが小走りにやって来る。

 冒険者の様子を観察している間、シェイクが適当な依頼を見つけてくると言っていた。


(戻ってきた、ということは依頼でも見つけたか)


「この依頼、どうかな?」

「どれどれ……」


 シェイクが差し出した依頼用紙を受け取り、内容を読み込む。


(『ゴブリンの討伐』か。報酬は1000ガメル。歩いて半日ほどで行ける場所にあるし、丁度いいか)


 アトラクタの周囲には小規模な村と森がある。そして、森には魔物や魔族が住み着くことがある。

 魔物や魔族は人族の畑を踏み荒らし、食料を奪う。人族もまたそうした魔物や魔族を退治するために金を払い冒険者を雇うのだ。


「別にこの依頼で良いと思うが……他の冒険者と被ったりしてなかったか?」

「んー、特には。ゴブリンの依頼って人気ないのかな?」

「さあな。ゴブリンやコボルトといった奉仕魔族は比較的人里に出るからな」


 魔族の社会は極端な実力主義。

 基本的には力の弱い種族は力の強い種族に屈服し生きている。

 力の弱い種族を奉仕種族と呼び、力の強い種族を上位種族と呼ぶ。


(ゴブリンくらいなら二人でもどうにかなるが……上位種族の有無が分からないか。現地に行って聞いてみるか)


 上位種族の実力はピンキリ。さらに言えば種族ごとに得意不得意がある。

 戦闘に特化しない分特異な能力を持つ初見殺し性能の高い種族もいれば、純粋な身体能力が高い種族もいる。

 しかし相手にするととてつもなく面倒くさいことに変わりはない。


「これくらいの依頼なら二人でも出来ると思う」

「うんうん。そうでしょそうでしょ。何書いてあるのか分からないけど、多分問題ないでしょ」

「……ちょっと待て。文字読めないのか?」


 満面の笑みを浮かべるシェイクに僅かばかり眉を潜める。


「うん。だから数字を見て選んできた」

「……読み上げるべきか?」

「いやー、クレアが理解してるなら良いかな。アタシ考えること苦手だし、頭脳労働はクレアに任せようかなって」

「それは別に構わないが……空いた時間は文字の読み書きの勉強だな。最低限、交易共通語の読み書きは出来るようになってもらうぞ」

「はーい」


 ケラケラと笑うシェイクに肩を竦め、依頼用紙を受付へと持って行く。

 受付嬢――昨日担当してくれたセレイナに依頼用紙を渡す。


「はい、ゴブリンの討伐ですね。受領する冒険者の名前をお聞かせ下さい」

「クレア・ティアードロップと」

「シェイクだよー」

「はい。わかりました。お二方ともギルドプレートを見せて下さい」

「わかった」


 私とシェイクは首にかけていたギルドプレートセレイナに差し出す。

 セレイナはギルドプレートを受け取ると書類との確認をしていく。


「ねぇクレア」

「どうした」

「怖くない?」

「何が」

「クレアは死んでしまうかもしれないことが怖くないの?」


 シェイクの問いかけに首を傾ける。

 シェイクの顔を見れば目に見えて分かるほど強張りが見える。声の調子も感情を押し殺し、無理矢理明るいものにしているのような不自然さがある。


(死への恐怖か……確かにある。だがそれだけだ)


 死ぬことは怖い。生物である以上、死ぬことへの恐怖は逃れることは出来ない。

 しかし、戦う以上死ぬことへの恐怖を御せるようにならないといけない。抗うのではなく、コントロールする。


「怖いさ。だが、冒険者であり魔族と殺し合う以上それを御さないといけない」

「そっか……うん、そうだよね」


 手を強く握りしめるシェイクを見下ろし、目を細める。


「シェイクは魔族と戦った経験はあるか?」

「……ない」

「なら一つ忠告する。。ゴブリンだろうとコボルトだろうと、常に脅威だと認識しておけ。……それを怠れば死ぬ」


 命を狙う者は等しく脅威。

 ゴブリンもドラゴンも、命を狙う相手という面では脅威であることに変わりはない。


「……はい、依頼の受理が終わりました。お二人とも初依頼ですので生きて帰ってきて下さい」


 戻ってきたギルドプレートを首に掛けると私とシェイクはギルドを後にするのだった。

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