第8話 冒険者の朝

 翌朝。陽光の日差しが顔にかかり、目覚める。


(……知らない天井だ)


 木の天井を見上げ、上体を起こす。黒い髪が色白の素肌にかかり、一糸まとわぬ姿で布団から出る。


「うーん……ムニャムニャ」

「……こいつ、まだ寝ているのか」


 私の隣で眠ていたシェイクは猫のように体を丸め、今も尚夢の中を揺蕩っていた。

 屋根を飛び回りギルドに戻ってきた後、シェイクの部屋が分からないことに気づいたため借りた部屋のベッドでともに眠ったのだ。

 一人用のベッドで二人で眠るため手狭であったが、意外なことに普通に眠れた。全体的に柔らかく、抱き枕に丁度良かった。


「おーい、起きろー。朝になるぞー」

「うーん……鶏肉そんなに食べれない……」


 寝言を呟き仰向けになるシェイクの態度に流石の私も青筋を立てる。

 ベッドの上に立ち、シェイクの腹を蹴飛ばす。シェイクは転がり、ベッドとベッドの間の隙間へと落ちていく。


「ふにゃ!?え、ここは何処にゃ?」

「私が借りた相部屋だ」


 衝撃で目覚めたシェイクは体を起こし、辺りを見回す。その様子を尻目にローブに着替える。


「廊下で寝てたから回収したは良いものの、部屋がわからんかったから連れてきて寝た」

「そ、そうにゃのか?」

「そうだ。さっさと部屋に戻って着替えてこい」

「わかったにゃ……何もしてない?」

「するわけないだろ」


 おずおずと立ち上がり、部屋を出ていくシェイクを見送ると杖などの道具を持ち廊下に出て一階に降りる。

 一階では既に幾人かの冒険者が朝食を食べており、ウェイターも夜ほどではないが忙しなく動いている。庭へと出ると鉄と鉄のぶつかり合う甲高い音を響かせ合っており、少なくない冒険者が体を動かしている。


(へぇ……)


 棒術の所作を一通りしたところでシェイクも庭に出る。


 必要最低限の革鎧と四肢を覆う金属の籠手と具足。見るからに受けに回ることを考えていない、回避に長けた格好をしている。

 眠気から覚めたのか目に活力があり、笑みを浮かべると体を低くく構える。


「クレア、朝の運動をしない?」

「……するか?」


 杖を槍のように構え、シェイクの碧い目へと視線を交わらせる。


「にゃは!!」


 地を蹴り、シェイクが飛び出す。


(低い……!!)


 杖を振り下ろすと同時にシェイクの体がぶれ、左腕に衝撃が入る。


「へぇ……クレア、意外と体術の経験があるの?」

「生憎と、我流だ……!!」


 左腕を振るいシェイクの伸ばした手を弾くと右手に持った杖を突き出す。

 シェイクは身軽に飛び退き一突きを躱すと再び迫り拳による連打を放つ。風のように速い連打を杖で捌き、隙をつき杖を振りかぶる。


「ふんっ!!」


 棍棒のように振り下ろされる杖をシェイクは篭手で受け止めながし、クルリと回転する。

 瞬間、咄嗟に手を離し続く拳打を受け止める。


「にゃは、まさか魔法師が杖を手放すなんてね。いいの?魔法を使えなくなるよ?」

「致命的な一撃を防げるならそれで構わない……!!」


 足が払われ、体が浮く。

 シェイクの手が胸ぐらを掴み、小さな体が体の内に入り体をより浮かせる。


(まずい、投げられる……!!)


 そう感じたと同時に、背中が地面に叩きつけられる。受け身で衝撃を殺した私の顔を覗き込むシェイクに笑みを浮かべ、剥き出しの地面に土を顔面に投げつける。


「にゃっ!?」


 土に目を瞑り、シェイクの手が離れたと同時に地面を押して横に転がりながら起き上がり杖を手に取り構える。

 顔から土を拭ったシェイクは私を見据え、再び背を低く屈める。


「そういえばシェイク、ここでは魔法を使っていいのか?」

「にゃ?致死性のものはだめだけど基本は使ってもいいよ」

「そうか」


 笑みを浮かべ、魔力を練り上げる。


「【散火炎骨】」


 魔法が生まれ、小さな火球が生まれる。

 火球は私の意思に従い弧を描く軌道でシェイクへと降り注ぐ。


「にゃふふ、凄い魔法!!」


 灰のように降り注ぐ火の雨をシェイクは駆け抜け躱し、迫る。


「はああっ!!」


 地を蹴り跳び上がり、振るわれる蹴撃を杖で受け止める。歯を食いしばり、弾こうとするシェイクを冷静に見据え、笑みを浮かべる。


「【数珠炎球】」


 魔法の名を唱えると同時に数珠繫ぎの火球が生まれ、シェイクへと巻き付く。


「ふにゃ!?熱く……ない?」


 驚くシェイクを見ながら私は杖を肩に担ぎ、


「火の熱の温度は調整してある。本来は数珠繫ぎになった火球が炸裂し巻き付かれた者含め周囲を爆散させる魔法だが……まぁ、いいか」

「怖っ!?それに殺意強っ!?」

「村を襲ってくる魔族を確殺するための魔法だからな。殺意で形作っているようなものだ」


【ファイアボール】のような基礎的な魔法は見様見真似で出来たが、応用的な魔法は使えなかった。

 そのため魔法の火力に苦労し、結果として基礎的な魔法を改造して威力や射程、出力を強引に向上させた。

【数珠火球】や【散火炎骨】、【火槍】といった魔法はそうした経緯で作られた人殺しに長けた魔法なのだ。


(その反面汎用性、覚えやすさは落ちてしまったが、まぁいいだろう)


 魔力を操作し魔法を解体し背を向ける。


「とりあえず、飯にするか」

「うん、そうしよー!」

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