第6話 侵食

 10分ほど駆け抜けると建物の様子は変わってくる。


 真新しい建物から古い物に。人の気配はめっきりと減り、街灯の明かりは無くなり月夜と星の明かりだけが周囲を照らす。


 屋根の上から下を伺い、そして建物と建物の間を飛び跳ね渡りながら周囲の変化に目を凝らす。


(っと、あそこだな)


 シェイクの魔力の動きが止まったところで足を止めれ、猊下を見下ろす。

 そこにあるのは一台の馬車と建物。建物は二階建てで入口を二人の男が囲い、建物の看板には『雀の涙亭』と書かれている。馬車からは男が出てくると、何人もの女を担ぎ、建物の中へと入っていく。


「ふむ……見るからに犯罪の匂いがするな」


 シェイクの魔力が馬車の中にあることを確認し、私は地面へと飛び降りる。着地と同時に膝を折り曲げ衝撃を殺すと建物へと注意の眼差しを向ける。


(しかし、着の身着のままでやってきたから杖の類を持ってきていない)


 基本的に魔法を生み出す際、現実へと干渉するため媒介となる道具を必要とする。

 道具なしでも魔法を発生させる種族はいるもののそうした種族はごく僅か。エルフは道具なしでは魔法の使えない多数の種族のひとつだ。


(仕方あるまい、切り札を切るか。幸い眠っているようだし見られることも無いだろう)


 物陰から体を出し、ゆっくりと建物の方へと歩き始める。呼吸を整え、魔力を練り上げ建物の入口を守るたちに視線を合わせる。


「何者だ、テメェ」

「何者?どうでもいいだろう、そんなこと」


 トッ、と。

 私に気づき、私に剣を向けた雇われの男へと迫りその胸に手を置く。

 その瞬間、男の体は翡翠色の水晶になり下がる。


「死にゆく者に語る道理は無いのだから」

「テメェ、一体何を!?」


 一瞬の出来事に気づいた男が剣の柄を握る。それと同時に私は間合いへと入り頭を掴む。

 その瞬間、頭が腐り始める。腐臭が漂い、男の体が泡立ち生きながらにして溶けていく。悲鳴と絶叫は数秒と経たずに消えてなくなり濁った液体へと変わりゆく。

 腐臭漂う水溜りを見下ろし、そして背を向ける。


「侵食魔法……あいも変わらず、歪で悍ましい魔法だ」


 侵食。


 その言葉を冠したこの魔法は私の魔力に触れた物質を作り変えることができる。あらゆる現象を再現でき、人を生きたまま結晶にすることも腐らせることも出来てしまう。


(生命の肉体や魂にまで干渉するこの魔法を解明するためにも呪詛魔法の知識が必要だ)


 馬車の荷台に上がり、転がされた者たちを見下ろす。全員が見目麗しい女性であり、四肢を縛られているものの意識は無いのか眠りについている。


「おいシェイク、起きろ」

「くが〜……」


 シェイクを見つけ、体を揺するがシェイクは寝息を立てて目を開けようとしない。かなり深く眠っているようだ。


(……ここまで来てしまった以上見過ごすわけにはいかない、か)


 馬車の荷台から降り、建物の扉に触れる。

 魔力が扉へと流れ込み、木製の扉は次第に腐りものの数秒で完全に腐りきる。

 扉を蹴破り、建物の中へと足を踏み入れる。


(……これは)


 まず感じたのは酒の匂いと甘ったるい香水が混ざりあった匂い。そうした強い匂いに隠れた、薬の匂いだった。

 一階は酒場であったようで無頼漢と無頼漢に媚びを売る麗しい女たちがたむろしていた。

 扉を蹴破り中へと入ってきた私へと敵対心を向け、私は息を吐き出す。


「どの道、生かして帰すわけにいかないか」

「なにもんじゃテメェ!!」


 無頼漢たちは各々得物を手に取り、私へと突貫する。


「【結晶楽土】」


 私は呟き、魔力を伸ばす。

 その瞬間魔力の通った道にある全ての物質は翡翠色の水晶へと変わり果てる。無頼漢たちもまた水晶に成り果て、さながら躍動感のある彫像のようにも思えてしまう。


(さて、これでおおよその無力化は完了だな)


 水晶の楽土で私は娼婦たちを見回す。

 種族は様々、しかし美少女や美女と評価されるような女性たちだ。そんな女たちが胸や尻を曝け出し服とは呼べない、薄いレースのような素材で作られた服を身につけている。

 男であれば自然と目線が向いてしまいそうな姿であるが、彼女たちの目は一様に虚ろで焦点が合っていない。


「ねぇ、『果実』をちょうだい?」

「あぁ?」


 近くにいた犬獣人の娼婦が媚びるように声をかけてきた。年若い、それこそシェイクより若い少女は私へと手を差し出してくる。


(こいつ……いや、こいつら、私が無頼漢や店主を殺したことを理解してないのか?)


 他の娼婦たちに視線を向ければ、先程と変わらず食べ物に手を伸ばし酒を飲んでいる。

 異常と呼べる光景であり、僅かばかりに危機感を抱いた私は少女に視線を合わせる。


「『果実』とは何だ」

「『果実』はお薬だよ。白くて、小さくて、丸いの」

「そうか。そのお薬を買ってきてあげるから何処に行けば買える」

「ここの裏に行けば買えるよ」

「ありがとう。それじゃあ買ってくるよ」


 私は立ち上がり、酒場の主人の前に足を進める。足を結晶に変えられ、それでも無理矢理動いて足が砕かれて泣き叫ぶ主人を蹴飛ばすと近くに落ちていた剣を手に取り突きつける。


「『果実』は何処にある」

「し、知らん!ワシは何も知らん!!」

「そうか」


 手にした剣を主人の胸に突き立て、私は酒場の裏へと入る。裏は倉庫になっているようで、大量の木箱が積まれている。

 近くのランプに灯りを灯し、木箱の一つを蹴飛ばし、中身を床にばら撒く。床をラムネ程の白い塊が転がり、その一つを手に取る。


(……これが『果実』か)


 白くて、小さくて、丸い。

 娼婦に落とされた少女の言う通り、『果実』と呼ばれる物は酒場の裏にあった。


「……おや、冒険者が来るとは予想外ですね」


 木箱の中を確認していると、女の低い声が響く。

 声がした方を見れば、木箱の上に女が座っていた。


 ひと目見て高級感漂う男物のスーツを着こなし、手には黒い革製の手袋を装着する様子はさながら強者の気配を滲ませる。

 それ以上に褐色の肌と銀の長髪を靡かせる様子に私は目を細める。


「ダークエルフか」


 ダークエルフはエルフと違い魔族に属する種族。

 魔力的な素養はエルフと同格であり、同時にエルフ以上に外界との接触を嫌う種族でもある。


「ええ、何でしたら話でもしましょうか」


 そういうと、女は木箱を片付け、椅子と机を出す。

 私は女に促されるまま椅子へと座り、対面に座る女と視線を交わす。


(ここが何なのか、『果実』が何なのか、それを聞き出すには丁度いい)


 目の前にいる情報源、それを見過ごすわけにはいかない。

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