第5話 友人

「んぐ、んぐ、んぐ……ぷはあっ!!」


 ギルド一階、併設された酒場の片隅。蒸し風呂で偶然出会ったシェイクという少女が目の前で木のジョッキを満たす麦酒を飲み干し、慌てているように口の中に物を入れていく。

 その様子をみながら息を吐きながら魔物肉のステーキにナイフを入れる。


「取らないから慌てるな。喉を詰まらせるぞ」

「にゃは、そんなに小食だと元気が出ないぞ〜」


 ケラケラと笑顔を見せるシェイクはウェイターに新しい酒を注文する。運ばれてきたジョッキを受け取り、飲み干すと骨付き肉を食べ始める。


「安心しろ。私はそれなりに食べる。食材に感謝し、味を楽しむのもまた食事の醍醐味だ」


 切ったステーキ肉をフォークで刺し、口の中に入れる。筋張って固いものの、その肉汁とかかったソースの味を堪能し飲み込む。


「んー、クレアって良いところのお嬢様なの?食べ方も綺麗だし」

「いや、村の魔法師の家柄だ。礼儀作法は子供の頃から母親に厳しく躾けられたに過ぎない」

「へぇ。……それじゃあクレアも魔法師なの?」

「そうだ。火の属性魔法を扱える」


 ステーキを食べ終えるとキッシュを切り分け頬張る。季節の野菜を使ったキッシュの味はそれなりではあるが何分量が多く、食べごたえがある。


「シェイクはどのような技能を使える」

「それは勿論、殴る蹴る投げるの武闘家だよ。魔物より人相手の方が得意だけど、魔物でもいけなくはないよ。……ねぇ、アタシと組まない?」

「ん?」


 ウェイターが持ってきたワインを飲みながら、シェイクの提案に耳を傾ける。


 実力は度外視しても前衛職はいたほうが安定感は得られる。棒術の技量がそこまでではない以上、前衛職と手を組むことは悪くない。


(ただ……私の目的である呪詛魔法の体得には使えないか)


 呪詛魔法は禁術。習得や使用に制限があり、私が求めているのはその枠外、違法な魔法だ。

 彼女の善悪がまだ見分けがつかない以上、裏の目的を明かすことはできない。


(まぁ表の目的である資金調達と戦闘経験を積むのには使えるか)


 話している限り性格は悪くなく、粗暴さも見えない。


「そのつもりで聞いていたが、違うのか?」

「ううん。アタシとしてもそのつもりだったから一応聞くだけ聞いただけ」

「そうか」


 キッシュを食べ終え、マッシュドポテトを食べる。


「私としてもよろしく頼む」

「うん、よろしくね。それで何だけどさ、クレア以外にもメンバーを募りたいと思っているんだけど、クレアはどう思う?」 

「ん……」


 マッシュドポテトを頬張り、飲み込み、ワインを飲みながら思案する。


 武闘家一人に魔法師一人。

 最低限の前衛後衛は用意できているが経験が未熟な冒険者二人というのはリスクが大きい。取り分は減るけどリスク管理のためにも他の冒険者をパーティーに入れたい――シェイクはそう考えているのだ。


「一番手っ取り早くリスクを低くするにはメンバーを募るのが最適か。が、取り分が減るのはいいのか」

「お金は大事だけど安全第一。アタシ達はこれから危険に飛び込む訳だから、安全策はできる範囲で取るべきだよ」


 シェイクは体を乗り出し、フォークを突きつけてくる。その眼には意思を押し通さんとする力があり、私は笑みを浮かべる。


「わかっている。少なくとも、安全策を取るのに賛成だ。……が、仲間選びは私がする」

「え、なんで?」


 首を小さく傾げるシェイクにため息をつく。


「お前が人を信用し過ぎるから」

「信用することが悪いこと?」

「悪い訳では無い。が、私は背中を守る相手を他人に決められるのは嫌なんだ」


 ワインを飲み干し、シェイクの眼を見据え笑みを浮かべる。


(人族は時に魔族より残酷で邪悪になれる。だからこそ魔族より人を見なければならない)


 人の欲望に際限はない。中には、目先の金のために友人すら殺せる者もいる。

 だからこそ、共に戦う者は慎重に選ばなければならない。


「ふーん、それじゃあアタシはそのお眼鏡に叶ったんだ」

「ああ。少なくとも、粗暴で嘘をつけるような性格では無さそうだからな」

「にゃははははっ!!貴方って本当に正直なんだね!!」

「さて、それはどうだろうな。少なくとも、神官と戦士はパーティーに組み込みたいところだ」


 シェイクは笑みを浮かべる、麦酒をまた飲み干す。


 酒場の空気に当てられたのか、或いは笑い上戸なのか定かではない。それでも、その笑いを私は決して嫌いにはなれなかった。


(……というか、今日の会計は私がやるべきか?)


 生まれつき毒物や呪い、病を無効化する体質故に酒で深く酔うことはできない。そのため、目の前で酔っているシェイクを見て冷静に算盤勘定をすることができてしまう。


「にゃはは、胸がだんだん冷たくなったきたにゃ~。ちょっとトイレ行って来るにゃ」

「ああ」


 席を立ち、千鳥足でトイレへと向かうシェイクを見送ると山のように積まれた魚のフライを食べながら周囲の客を見回す。


(さて、仲間選びだが……少なくとも、盾職と斥候、回復手は必要だな。弓使いや魔法師は……できたら、だな)


 火力を叩き出す役柄より防御面で使える者と罠などの解除を行える者、傷を癒やす魔法の使い手がいれば最低限安定する。


「さて、シェイクは……何をしているんだ?」


 意識を集中し、シェイクの魔力を探知し訝しげに目を細める。

 シェイクの魔力が外から感じる。それどころか、ギルドの建物からどんどん離れていってる。


(……厄介事に巻き込まれたか)


 フライを食べ終え、会計を手早く済ませるとギルドの外に出る。

 夜だというのに人通りがある中で近くの路地裏に入り、置かれた木箱を足場に窓枠や煉瓦の隙間を用いて屋根の上への上がる。


「魔力は北側か。仕方ない、さっさと帰って寝るとしよう」


 屋根を蹴り、一気に駆け出す。

 屋根の間を飛び越えながら私は笑みを浮かべるのだった。








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