第3話 アトラクタの喧騒

 私が村から一番近い街、アトラクタに到着したのは一週間が過ぎた頃であった。

 四方を城壁で囲まれ、その周囲に広がる畑の風景を見ながら門を潜り街の中に入る。


(ほう……)


 街の中を歩き、物色するような視線を向けていく。


 街の中は活気に満ちていた。

 立ち並ぶ建物は石造りの建物ばかりで、石畳の道をエルフを含む人族の種族が歩く。

 通る馬車には木箱が積まれ、露店ではアクセサリーから軽食まで売られている。

 その全てが15年の人生で見たことがない目新しいもので、同時に興味深かった。 


(ふむ……やはり、強者はそれなりにいるか)


 街を見回る衛士。


 アクセサリーを物色する冒険者。


 大きな商店の入口に立つ傭兵。


 一人二人なら不意打ち気味に魔法を行使することで殺せるかもしれない。

 しかし、それ以上だと簡単に捕縛されてしまう。それほどの実力を持つ者がそこかしこにいる。


(切り札を切ればどうにかなるが、できるなら今は切りたくない。そうなると残りの手札は魔法と棒術になるが……まぁ、三流が良いところか)


 村では厄災だなんだ言われろくに物を教えてもらえず、他の子供が教えてもらう姿を観察して棒術と魔法の基礎を学び、残りは村の周囲に現れた魔族との殺し合いで培った経験、全て合わせても三流が精々だ。


(この街で得るべきは当面の資金と戦闘経験、あと武器か。……できるなら呪詛魔法を得たいところだ)


 呪詛魔法は肉体・精神・魂への干渉や操作などを行う魔法系統。その特性上、国を操ることができる危険性から禁術とされ習得や使用を制限されている。

 求めているのは制限外、ぶっちぎりで人族社会の法を犯す魔法なのだが。


(まぁ、そうそう見つけることは難しいか)


 ニヤけそうになる口元を正し、無表情を取り繕う。

 大通りを歩く分には危険性は少なく、同時に衛士の見回りも多いため比較的治安も良い。街を歩く分には安心しても良さそうだと感じる。


(路地裏に入ると勝手は変わるだろうがそこの調査はまた今度にしよう。今一番やるべきは寝床の確保と資金源の確保だな)


 手持ちの金は500ガメル。露店で売られている携帯食料一日分が10ガメルだったため、宿代はおおよそ50から100ガメル辺りだと考える。

 食事は最低そとの森で野鳥などを狩れば良いが、安全な寝床が無いとおちおち体を休める事もできない。


(となると、やはり冒険者になるのが一番手っ取り早いか)


 冒険者というのは前世で言うところの何でも屋に近い仕事だ。

 荷物運びから瓦礫の撤去、害獣駆除などの細々としたものからゴブリンなどの魔族討伐や盗賊の捕縛といった荒事までこなし、時には英雄じみた大冒険を行う者もいる。

 身分や出自を公言する必要もなく、能力さえあれば出自を超える地位を得ることも不可能ではない――冒険者という仕事には夢があるのだ。 


(……む?)


 手頃な冒険者ギルドを探していると悲鳴が聞こえてくる。悲鳴がした方を見れば、胸に傷がついた婦人と斧を手にした一人の男がいた。

 黒く変色した白目と金の輪郭を持つ瞳、口からは涎が垂れ落ち、血管は隆起し筋肉は膨張する。

 普通ではない、そう直感的に認識した瞬間戦闘能力のない民衆は逃げ、周囲にいた冒険者や騒ぎを聞きつけた衛士たちが止めに入る。


「ウゥ、アァァァァァァァァァァァァァァ!!」


 瞬間、男の雄叫びが響いた。

 近づいた冒険者はその手で頭を果物のように千切られ、衛士は手にした斧で容易く鎧を裂かれる。

 男はそのまま取り囲んだ衛士や冒険者を力任せに薙ぎ払い、逃げ惑う民衆へと斧を振りかざし血を撒き散らしてく。

 混乱を避けるため、木登りの応用で建物の屋根に登ると冒険者たちや衛士たちを殺す男を観察する。


(ふむ……まず正気ではないな。というより、理性があるかもわからない。調べるためにも一度沈静化してもらおう)


 荷物を屋根に下ろし、屋根から飛び降り男の背後に着地する。振り向きざまに振るわれる斧を後ろに跳んで躱し、間髪入れずに男の腹に蹴りを入れる。


(理性がなく、本能で動いている以上ゴブリンと比べて遥かに御しやすい)


 体勢をくの字にした男の顎を杖でかち上げ粉砕し、脳を揺らすと男はそのまま地面へと倒れた。

 杖で手首を小突き骨を砕くと周囲の衛士へと視線を向ける。


「少々攻めあぐねていたと思い助太刀しましたがよろしかったでしょうか」

「あ、ああ。助かった」


 衛士たちは傷ついた他の衛士と男を回収し、立ち去っていく。怪我をした者の治療を行うためだ。


「君は……」


 冒険者の一人が声を掛ける。冒険者へと薄ら笑みを向け、


「私ですか?私はただの冒険者志望の魔法師です。冒険者ギルドの場所がわからず困っているのですが……少し、助けてくれませんか?」

「わかった。助けてくれたんだ、案内なら喜んで」


 私と同い年ほどの青年冒険者が了承し、その後ろをついていく。


(真っ当な人族相手なら利益より恩を売るのが正解だな)


 内心ほくそ笑みながら、私はアトラクタの街を歩くのだった。





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