第2話 ゴブリン
森の中を突っ切り、街道へと出る。
周囲には森と街道しかなく、集落がある気配はしない。長閑な風景がただ只管に続くだけだ。
「……が、どうしてこうも騒がしい連中が出てくるのか」
私は立ち止まり、僅かにため息をつく。
暫くすると、草むらから灰色の肌をした小鬼――ゴブリンが私の進路を遮るように現れる。
『人族だ。体は細いし食いごたえ無さそう!!』
『ああ。だが強い。戦神ダグラムの下にいざ参らん』
ゴブリンが発する魔族語と呼ばれる言葉を聞き、眉をひそめる。
「相変わらず不愉快な事を口にする」
剣や棍棒を構えるゴブリンたちを目にし、私は笑みを浮かべ迷いなく長杖を槍のように構える。
異世界は前世と比べ治安が悪い。
魔族と呼ばれる魂に『穢れ』を持ち人族を襲う種族や人族の盗賊が街道から逸れればそれなりにいる。
そのため、旅をする者は自衛できるだけの技能を持つか戦える者たちを雇うことが多い。
私の場合は前者に位置する。
(数は四人。人的余裕無し。形勢不利。しかしどうとでもなる、か)
長杖を槍のように構え、クスリと笑みを浮かべるとゴブリンたちに口を開く。
『さっさとかかってこい』
『は、人族のくせによく言う!!』
私の挑発と共にゴブリンの一人が駆け出す。
真っ直ぐ突き出した剣を躱し、続く矢の一射を杖で弾き落とす。同時に槍を用いた薙ぎ払いを杖で受け止める。
続けざまに突き出される剣を横薙ぎに蹴り飛ばし、槍使いを杖で突いて距離を離す。
すかさず足元に飛んできた矢を杖で弾き、バトンのように杖を回して振り上げ、体勢を崩した剣使いのゴブリンの頭を振り下ろす。
頭蓋骨は破壊され、傷口から脳の切れ端が飛ぶ。血に濡れた杖を振るい血を払い、薄ら笑みを浮かべる。
「やはり戦いというものは良いものだ。集落では中々そういうことが出来なかったからお前ら魔族は助かる。何せ――殺しても良い相手というのは得難い存在だからな」
私は生まれつき人族社会で『禁忌』とされるものに惹かれる性質を有していた。
特に人を殺すことに強く惹かれ、同時に合法的に殺しても良い人間である魔族に対し、強い興味と関心を持ってしまった。
(人はそれを異端という)
異端である以上、人族社会では普通を取り繕う必要がある。だから、本性のままに殺しあえる魔族の存在はありがたい。
『【ファイアボール】』
迫る槍を躱した瞬間、槍使いゴブリンの背後から火球が飛んでくる。
即座に長杖を両手に持ち薙ぎ払い、火球を弾き飛ばすと弓使いの隣に立つシャーマン然とした衣装に身を包んだゴブリンを見据える。
(魔法師か)
この世界には魔法と呼ばれる技術がある。魔法にも系統があるが、総称として魔法師と呼ばれている。
『ははっ、呪詛魔法でも飛んでくるかと思ったが属性魔法か』
『呪詛魔法は戦闘向きではないからな。何より、私のような木端には教わることも理解することもできん』
ゴブリンシャーマンは憂いを帯びた顔浮かべ、再び杖を向ける。
『だが、美しいエルフどもを醜く焼くことくらいはできる』
『人は死ねば皆醜く朽ち果てるだけ。それが遅いか早いかの違いでしかない』
槍の横払いを長杖で受け止めると同時に顔面を蹴り飛ばし、背後から放たれた矢の盾にする。
槍使いのゴブリンが血を吹き出し倒れ、弓使いのゴブリンが目を見開くと間合いを詰め杖を薙ぐ。
杖は弓使いのゴブリンの体を捉え吹き飛ばし、受け身を取ること無く地面に叩きつけられる。それと同時に、私とゴブリンシャーマンは互いに杖を突きつけた。
『【ファイアボール】』
「【ファイアボール】」
魔族が語る魔族語と人族が話す交易共通語。
互いの言語で同じ魔法の名を唱え、杖から火球を飛ばす。
直線的な軌道でぶつかり合い、炸裂すると同時に魔力を再度練り上げる。
「【火槍】」
一言、魔法の名を唱えると同時に杖の先端に炎の槍を生み出し即座に放つ。
炎の槍はゴブリンシャーマンの腹を貫き、その体を劫火で燃やす。生きながら燃やされる中、悶えながら絶叫を挙げるゴブリンシャーマンの姿を見下ろし、口に手を当て死にゆく姿を観察する。
(ふむ……やはり腹を穿つのではなく胸を穿つ方が効率がいいか。殺し合いは好きだし命を奪うのも楽しいが、別段苦しませるのは好きではない以上即殺を心がけなければならない)
私は属性魔法という系統を愛用し、その中でも火の属性を好んで使う。火力自体は申し分ない代わりに、殺しきれなかった場合どうしても苦しませてしまう。
そうならないようより効率的に、それでいて確実に殺せるようにしていかなければならない。
命を燃やし尽くしたところで杖で地面を突き、炎を消す。完全に炭化しきり黒くなったゴブリンシャーマンの亡骸や他のゴブリンの死体を街道の片隅へと移動させ、地面に穴を掘って埋める。
「私はお前らの信じる神への祈り方を知らない。だが、その魂がお前らが信じる神の下に行けるよう願っている」
盛り上がった土を見つめ、背を向ける。
魔族であろうと死者への手向けは必要だ。
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