降神術学園の殺神者

大中英夫

第1話 破壊神、人間に転生す

 世界の支配者たる神々はそれぞれ派閥に分かれ、戦争を繰り返した。

 憎悪の連鎖、そのきっかけはなんだったのか? その理由は歴史の彼方に消え去っている。 

 すべてが終わった今、どうでもいいことだろう。


 神同士の戦い、その規模は人間と比較にもならない。大地が割れ、海が逆巻き、空が泣いていた。

 流れた血の総量たるや、大地ですら吸いきれず……血潮の湖がそこかしこに出来上がっていた。

 焦土の煤煙が空を覆いつくし、昼夜問わず地上を闇色に染めている。


 こんな風景を絵にしようと思う奴がいるならば、その画家のセンスは最悪だ。

 俺、レーヴァフォンはそんなことを思った。世界の片隅で何するでもなく、ひとりたたずんでいる。

 もはや生き残った神は俺だけ――世界でひとりきりの存在になったのだろう。


 俺はこの戦争に終止符を打つべく生み出された生体兵器だ。自分で言うのも口幅ったいが、最強の神である。

 俺は力を振るい、神々を全滅させた。果てのない戦争が終わったのだ。


「求められるがまま役割を果たした――はずなのに、どうして……」


 俺は自分の足元を見下ろした。その手が真っ赤に染まっている。どうしてだか、指のふるえが止まらない。


「なんでシックリこないんだろうな?」


 自問自答する俺の心に、大穴がポッカリ空いていた。無双の肉体は嵐をものともしないはずなのに、なぜか隙間風が心身にこたえる。


 俺は戦うことを宿命づけられていた。「すべてをほろぼせ」という製造者ははおやの命令が、俺を本能レベルで縛りつけていたのだ。

 俺は最後まで縛りに逆らえなかった……。


「俺は、殺した……潰して引き裂いて燃やして……誰も彼もを」


 死という断絶を押しつけてしまった事実に、俺は居心地の悪さを覚えた。


「俺が戦った相手にも、願いや思いがあったんだろう……戦場に立つ覚悟が」


 俺はみなの願いを台無しにしてしまった。暴力で運命を終わらせたのだ。

 できることなら彼らひとりひとりと向き合い、その思いの丈を聞いてみたかった。

 それは不可能だったし、俺にそんな資格はないが。


「……ふ、あはは! これが未練って奴なの――ぐ、ぅうあア!」


 自嘲した拍子、俺は力が抜けて片膝をついていた。


 俺は両手で身体をささえ、口を一文字に引き結ぶ。

 血泡が喉の奥からこみ上げる。こらえようとしたものの、口の端から赤黒い線が一筋つたう。


「限界か……」


 俺はポツリと独白した。戦いの過程できざまれた傷、それは致命に達していた。

 肉体から急速に熱が失われていく。それを自覚してようやく、俺は自分の生を実感できた。


 失うにはまず得なければならない、とは唯一の友の言葉だったか。


「皮肉だな……兵器にすぎなかった俺が……最後に生きるってことがどういうものなのか……」


 指先にほんの少し触れた感触、それをたしかめようと俺は手を伸ばす。

 しかし、なにをつかむこともなく、うつ伏せに倒れた。朦朧もうろうとする意識のなか、俺はうわ言めいた声を発する。


「俺は、止まれなかった……こういう風にしか、できなかった……俺が頑張るとロクなことにはならない……ってことか……」


 これ以外の結末はなかったのか? 別の道をすすんでいたら俺はどんな風になっていたのか?


 末期に思いをはせたのは……そんな愚にもつかない仮定の妄想だった。


          ★ ★ ★


 かくして神々の時代――神代は終焉をむかえた。


 神々の息絶えた世界は、もはや不毛の荒野と化していたが……生命すべてがほろんだわけではない。

 神々に仕えた存在、神々とよく似た姿の生物――人間はわずかながら生き残った。


 非力な人間を庇護する神はもういない。それでも彼らは生きようともがいた。

 壊れかけの地上を復興させていく。その歩みは遅々としたものだったが、けっして営みをとめなかった。


 その甲斐もあり、千年を経た現在、どうにか人類の生存圏を確立するに至っている。


 死んだはずの俺がどうして後世の歴史を把握しているのか?

 ――何の因果か、人間に生まれ変わったからだ。


 レーヴァフォンという名を捨て、前世の記憶を保持したまま……俺は平民の少年となっている。

 レイヴン、それが今世での俺の名だ。


 人間という脆弱な器におさまったことで、俺は生のなんたるかを理解できた。

 たった今も充実感を味わっている。具体的には――


「そこだ! 差せッ! お前なら出来る!」


 俺は勇ましく叫んだ。眼下を食い入るように見つめる。


 王都の歓楽街の一角に競馬場が建っている。日銭をすり減らすロクデナシの巣窟だ。

 競馬場の中央、土肌ダートのコースを競走馬たちが颯爽さっそうと駆け抜けていく。


 俺はとある馬に呼びかける。手に握った馬券がクチャクチャだった。


「先頭で余裕ぶってるライバルの鼻を明かしてやれ!」


 俺が金を賭けた馬の順位は、かんばしくない。第四コーナーを抜けても中団で縮こまっており、先頭争いに参加できていない。

 しかし力をためた今こそ、逆転のチャンスだろう。あの馬には底力があると、俺は信じている。


 いよいよ、ゴールまで最後の直線。ラストスパートだ。


 しかし俺の願いはかなわない。ゴールラインに先着したのは、別の馬だった。


「そら、ごぼう抜き! ごぼう抜――ぎィあああああアアア!?」


 俺の声援が悲鳴に変わった。


 俺と同じく、賭けに負けたのだろう。右隣の男――ヒゲ面のおっさんがこめかみに青筋を立てた。馬券を投げ捨て、罵声を飛ばす。


「クソがッ! 今月も節約生活確定じゃねえか!」


 対照的に、左隣の男――キザな帽子をかぶったおっさんが涼しい顔をしている。


「はい、今回も勝たせてもらいました。やはり統計はウソをつかないね」


 それがシャクにさわったらしく、ヒゲ面がキザ帽子に食ってかかる。


「あア!? アンタ、いっつもみみっちい賭け方しやがって! 倍率オッズの低い人気馬に賭けても旨味がすくねえだろうが!? 大穴を狙ってこそのロマンじゃねえのか!?」

「フフン! そんなだからキミはいっつもハラをすかせてるんだろ?」

「なんだと!」


 俺を間にはさんで口論に発展する始末だ。


 喧嘩は|賭博(ギャンブル)の華、俺は彼らの様子を生暖かい目で見守る。


 やがて言い争う元気も失せたのか、ヒゲ面がうなだれる。


「……ったく、期待して損したぜ! もう二度と、あの騎手にもあの馬にも賭けたりしねえよ」


 その物言いは感心できない。俺はヒゲ面をたしなめる。


「そんな言い方すんなって……今回は残念だったってだけだろ? 次は挽回してみせるかもしれないぜ?」


 ヒゲ面が虚を突かれたようにうなる。


「……っ、ぐ!? お、オマエだって賭けに負けたんだろ!? 期待を裏切られたっつーのに、なんでケロリとしてやがんだ!?」


 俺はヒゲ面と目を見合わせて答えを返す。


「そりゃ正直、ガッカリはした――けどさ、だからって見放すのも違くね? 人生だってそういうモンだろ? 景気がいい時もあれば、悪い時だってある」


 俺の賭けた馬は、今回まけてしまった。しかし過去のレースの成績を見れば、じょじょに順位を上げてきている。

 次こそはやってくれるという期待をいだかせてくれるのだ。


 逆境から這い上がる。そんなドラマが待ち遠しくて仕方ない。

 前世の俺は、そういったものと無縁だったから。兵器であることを宿命づけられ、その立場を脱却できなかった。人は自分にないものを持つ相手に惹かれる。


 俺はあっけらかんと告げる。


「調子の良し悪しに左右されるようじゃ、ファンとは言えないだろ!」


 毒気を抜かれたようで、ヒゲ面が面食らっていた。


「なんつー目をしてやがる……有り金スっちまったのに、キラキラさせやがって……」

「フフフ、そういうところがレンくんの魅力なのかもね?」


 キザ帽子がしたり顔でそう言った。


 本日のレースはこれで終わりだ。周囲はいまだ熱狂さめやらぬといったカンジ。賭けの勝敗で、それぞれ一喜一憂している。

 人間模様は十人十色で、見ていて飽きない。


 俺は満足して鼻から吐息をふいた。観客席から立ち上がり、競馬場の外をめざす。


 両隣のふたり――よくツルむおっさんたちもその後につづいた。


          ★ ★ ★


 俺は競馬場をあとにして、歓楽街の雑踏にまぎれた。


 夕暮れということもあってか、街並みが活気をおびはじめている。娼館や酒場の呼び込みが通行人に愛想よく声をかけていた。

 媚薬のお香、その煙が外まで漏れていることも相まり、あやしげな雰囲気である。俺みたいなガキは場違いだった。


「え!? なんでだよ!? 俺だけ仲間はずれかよ!?」


 往来の片隅、俺はすっとんきょうな声をあげた。


 これから俺は、連れのおっさんたちと酒場に繰り出そうとしていた。本日のレースについて熱く語り明かす気でいたのだ。

 しかしおっさんたちから帰れと言われてしまった。俺が顔をしかめるのも当然だろう。


「なんでもなにも……オマエ、学生だろうが。夜中に出歩いてたら憲兵ポリにしょっぴかれちまうぞ」

「キミと語らうのはやぶさかじゃない――けれど、子供は帰宅の時間だよ?」


 俺の抗議に、おっさんたちは取り付く島もない。


 俺はとある学園に所属する不良生徒だ。本日も授業をサボって競馬に繰り出している。


 俺は唇をとがらせる。


「そんなん、今さら言いっこなしじゃんか! こっちはとっくに腹をくくってんだ!」

「うるせえよ、不良生徒が」

「せっかく降神術学園に入学できたというのに、もったいないと思わないかい? 修練にはげめば、きっと将来安泰だろう?」


 おっさんたちの口調はたしなめるようだった。


 俺の通う学園は、普通の教育施設ではない。その特殊性ゆえ、将来は国の要職につく生徒が多い。

 野心をギラつかせる生徒も多いのだが……俺はイマイチ、そういうノリになれない。


「失礼な! 俺は学生の本分から逃げてるんじゃない! 学園では体験できない戦いに身を投じてるだけだ!」


 俺は堂々と宣言した。


 対するおっさんたちが失笑をもらす。


「それで? やってることは火遊びギャンブルじゃねえか……」

「あまり遊び惚けていると……この男みたいなダメ人間になってしまうよ?」

「やまかしい、アンタの言えた義理か!」


 俺そっちのけ、おっさん同士で小突き合いをはじめた。


 俺はむくれて話に割って入る。


「男同士でいちゃつくのやめろ! ……人生は一度きりだ! 俺はこういう生活を送ってること、後悔してないんだって!」


 生徒にとって学園という箱庭こそがすべてだろうか?

 俺はそう思わない。街遊びの過程で、このおっさんたちと意気投合できたように……箱庭の外には意外な刺激と出会いが待っている。


 おっさんたちは世間的に後ろ指差されるような人種かもしれないが、俺個人的には好感の持てる相手だった。


「以前にも話したろ? 俺の前世について」


 俺に問われ、おっさんたちが目を見合わせる。


「前世ってアレか?」

「キミは神サマの生まれ変わりだとかなんとか?」


 ふたりとも不審げに眉根を寄せている。


 転生という概念は一般的に広まっていない。実際、俺も自分以外の転生者と出会ったことがない。おっさんたちから与太話のたぐいと受け取られていた。

 まあ、構わない。冗談だと思われていたほうが余計なトラブルを呼びこまずにすむ。


 おっさんたちの様子にかまわず、俺はまくし立てる。


「そうだとも! 自慢じゃないが、俺は最強だった! だからハリキリすぎちゃったわけよ! 前世でガンバったぶん、今世はラクして生きるって決めたんだ!」


 俺はふんぞり返り、鼻を鳴らした。


 さいわいにも、この時代は平和だ。かつての俺のような最終兵器の居場所はない。べつの道をえらぶことができる。


 だからこそ、俺は前世と対極の生きかたをする。落ちこぼれとさげすまれようが、かまうものか。

 期せず二度目の生を得たわけだが、三度目が約束されている保証はない。全力でサボタージュを敢行するのが俺の覚悟だ。


 ……俺が本気を出しても奪うことしかできないしな。


 おっさんたちが俺に冷めた視線を向ける。


「自信満々に語ることかよ……」

「ホラ話にしても、もう少し信憑性のある内容にしてほしいね」


 俺の熱弁もむなしく、おっさんたちの心変わりしてくれなかった。

 ……しかたない。無理強いをするのもよくないな。俺は手をあげて踵を返す。


「へいへい、わかりましたよ。ガキはガキらしく、退散すればいいんだろ……またな、おっさんたち! 飲みすぎんなよ!」


 おっさんたちが俺の背に声をかけてくる。


「なあ、レン……事情は知らねえけど、オマエに抱えてるモンがあんのはわかる」

「過去を詮索する気はないけどね……キミがしがらみから解放される日がくることを祈っているよ」


 おっさんたちの口調は遠慮がちだった。おっさんたちの過去になにがあったのかは知らない。親しいからこそ、探らないのも人付き合いというものだ。

 しかし世間の荒波にもまれ、辛酸をなめてきたのであろうことは察せられる。

 だからこそ、俺の将来を本気で心配してくれているのだろう。


「気を遣わせちまったか……俺もまだまだだねー」


 俺が人間をはじめてから、まだ十六年。未熟さはぬぐいきれていない。俺はポリポリと後頭部をかいて嘆息した。

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