エピローグ
「早く戻って来いよ、彩芽」
「残念、今の打撃で私の配線が切れた」
「それが何だって言うんだ」
「もう二度とこの体に充電ができない」
「妹ももう帰ってこないと」
「残念だ、本当に残念だ! 遺憾の意を示すよ宮本隆二!」
いまだ流暢に喋るキミは、俺の目を見つめ小馬鹿にしたように笑い続ける。腹が立って仕方がない。どうしてそんなに舌が回るのか? それともただのスピーカーに感情は無いのか?
クローゼットの中で倒れこむキミを見ていると、あの時の死体を思い出しなんとなく怒りがふつふつと内側からあふれ出す。
「テセウスの船だ。お前は彩芽の死体を何度も何度も改造して生まれた機械だ」
「テセウスの船か……いい考察だ。しかし機械は血では動かない。エネルギーのない機械は動かないぞ」
「常に流し続ければいいだろ?」
「考えてものを喋ろう、人間だろ? 生きてる人間にエネルギーを注ぐと、拒絶反応で注がれた人間は死ぬ。履修済みではなかったか?」
「この前マキが言っていた、『人間にはねじがつかない』と。確かに俺は自分にねじを差し込もうとしたことがある。しかし、拒絶された、ねじが回せなかったんだ」
「それが何だって言うんだ?」
「あのねじは彩芽が死体から機械になる瞬間に機能を始めるんだ」
「……! ねじの本来の目的は……」
「分かっただろ? お前はもともと彩芽なんだ、俺の妹自身なんだ」
人間の死体を機械に入れ替えることなどできるのか、そんなことを考える余地さえ残されていない。それもそのはず、目の前にいるのは人間の感情を完全に模倣する機械。ありえない事など、とっくの前に見飽きた。
気が付くと涙が流れていた。彼女への憂いも両親への怒りも、それには一切含まれていない。その涙は悲願によるものだった。
「俺は母親と父親との三人家族だった。この家で幸せに暮らしていたんだ。普通の家庭だった。だけど、彩芽が生まれてからすべてが変わった。彩芽は二人の心を奪った。二人は彩芽を愛した。愛して愛して、いつか俺への愛は妹へと移っていった。俺は見向きもされなくなった。初めは構わない程度だった。けど彩芽が生まれて五年すれば俺への晩御飯は用意されず、俺は学校にも行かされなくなり、ついには俺の言葉をすべて無視するようになった。頑張って頑張って十年も耐えた、俺は十年耐えて耐えて耐えまくったが、我慢の限界が来た頃には妹をアイスピックで刺し殺していた」
俺はそう言うと彼女の目玉を指差した。
「ちょうどこの辺りに二度刺したな」
目を丸くしてこっちを見る少女は機械だ。依然ただの機械人形だ。
「そのあと妹をクローゼットに隠して、妹の服を俺のタンスに入れ、数少ない自分の服を捨てた。短い髪を無理やり結んで、一人称を変えて、自分を『宮本彩芽』と呼んで、妹が通っている中学校へと通うようになった。みんな俺のことを見て目を丸くした。三者面談になったにも関わらず親が学校に来なかったのは実にいい思い出だ。何しろ私が妹を殺した次の日には母親は実家に帰って、父親は俺が隠した妹の死体を盗んで、家に帰らなくなってしまったからな。まさかその父親が娘の死体で呑気に遊んでるなんて思わなかったが」
「遊んでいる? 博士はお前の父親だというのか……?」
「妹の顔をしたお前の存在は十分その証拠になる。違うか?」
「私の体にはすでに妹の体は残ってないだろう」
「その顔では不十分か」
「確証がない審判は合理的ではない」
「じゃあ思い出させるまでだな」
そう言うと私はクローゼットの端にあったアイスピックを手に握った。
「それだけは!」
「脳は……」
「……」
「脳は残っている、そうだろ?」
彼女は何も言わずただ俯いた。肯定の意だ。
「記憶は脳に宿る、そんなこと人間であれば誰でも知ってるだろう? だから父親も脳だけは彩芽のままにしたんだ。しかし今のお前は脳を使わずに生きている」
「人間は脳の解析ができていない」
「つまり、脳には彩芽のDNAが残っているな」
「……」
おもしろい、機械もこのような表情をするとは。
私は机から地図の書かれたティッシュを取るとキミに突き付けた。
「おそらくこの地図は地図ではない」
「どういうことだ」
「これは機械と脳を繋げるためのヒントだろう。結局繋ぐことはできなかったが、この歪な形が研究所の周りでもここら一帯でもなければ何に活かせるという?」
「本当にここら一帯じゃないのか?」
「……? どういうことだ」
「博士は自分が死ぬことを予知していなかったのだろうか?」
キミは俺を睨みつける。
「その地図、鮮明に描かれているな? 機械に書かれたものだ。しかし、私はそんなもの書いた覚え無いぞ?」
「なにを言っている? マキだって書いた覚えは……」
そこまで言い、キミが何を言い出そうとしているのか気が付いた。
「ここまでたどり着いたのはマキではなくオマエだ。そしてもしその地図、オマエだけが読めるものだとすれば?」
「機械が地図を読めない矛盾は?」
「写真と記号をリンクさせれば解決するだろう? そのための記号や矢印だとすれば?」
「……合点がつく。つまり父親は自分が死んだと同時にプログラムが作動する設定をしており、俺のもとへと送るように仕向けたということか」
「お前に託したのは正解だった、人間でも読めない地図は必ず例外が紛れている」
「しかしマキの、オマエの存在意義はなんだ? なぜ私のもとへと向かうプログラムをキミにしなかった?」
「オマエの存在は私のスペアだろう。脳の解析を諦めた博士は、私という記憶端子を小さなカードにしてオマエに入れ込もうとしていた。だから私にはそのプログラムが必要なかった」
キミは淡々と話を続ける。
走馬灯か最後のあがきか、彼女からは必死さを感じ取れる。
「つまり俺のもとへと向かうプログラムは、少しでも妹の存在を取り戻すためだな? 長年同じ家にいた息子なら新しい機械を妹として向かい入れるだろうと考えたのだろう」
「私の記憶とマキから得た妹の知識を合わせれば事実上お前の妹が戻ってくる。これが私にプログラムが仕組まれていなかった理由だろう」
「しかし死んでは意味がないではないか」
「死体は機械になる」
「まさか、マキをオマエにしたかった本当の理由って……」
「博士の願いなんだ、理由までは知らなかった。まさか死体を機械に変える方法があるとは……」
「だがお前、記憶端子は二度以上変えることはできないと」
「私には可能だ」
「父親だったころの記憶は? 戻らないだろう」
「脳の解析が不可能なのは、人間だけだ」
「人間にできないことは機械にだって――」
そこまで言って、私は言葉を詰まらせた。
キミが笑ったのだ。父親の薄気味悪さを感じ双方が同じ感情を持っただろう。
「知っていたか? 私たち機械は体内時計を自由に変化させることができる」
「一分が何時間にも感じる……と言うことだな」
「シンギュラリティは、すぐそこだった――」
その瞬間、目の前の機械人形が活動を停止させた。
私は気が付くとアイスピックを手から離していた。
記憶端子を抜いた『オマエ』は既に動かない。
目の前の『キミ』もおそらく充電が切れたのだろう、なんの反応も見せなくなった。
なにがシンギュラリティだ、死んでは意味が無いだろうが。
もう疲れた。
『妹』は帰ってこない。父親も死んだ。母親は今どこにいるのだろう。
妹の姿をした機械も動かない。私が唯一愛した機械も死んだ。
今度は私が機械にでもなりたいな。
私はキミをベッドに座らせる。ネジを抱えると、背中へと差し込んだ。
一回。妹が生まれた瞬間。俺の幸せは絶好調を迎えた。
二回。妹を殺した瞬間。私の人生が再度始まった。
三回。死にかけの機械を見つけた瞬間。私は誰かに頼られている気がした。
四回。マキの笑顔を見た瞬間。私はとうとう認められたんだと思った。
五回。キミが笑った瞬間。私は幸せと怒りと絶望を同時に感じた。
目を覚ましてくれ。そしてもう一度笑ってくれ。
また私に幸せと絶好調を与えてくれ。
それでもやはり、機械人形は動かない。
機械人形は動かない 和翔/kazuto @kazuto777
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