心慌意乱のすえ

「綺麗だね」

「何を言ってる? こんな風景調べたらいくらでも出てくるだろう」

「私は人間と話してるんだよ」

「やかましいやつだ」


 海岸で二人足をのばして話す。

 研究所から帰ってきておおよそ一週間、あの晩に貰ったポケットティッシュに書かれた地図の場所を特定しようと、私は暇さえあればパソコンを開いた。しかしいくら調べても一致することは無い。調べる位置が悪いのか既に見逃しているのかなど原因が何なのかはよく分からない。しかし努力とは裏腹に結果は伴ってくれなかったのは確かだった。これではストレスが積もる。

 実際私の脳は寝不足により使い物にならなくなり、私の宝物である眼も長時間の紫外線により役に立たなくなった。時にはマキの充電を忘れ四時間強も寝てしまうこともあり自らの惨めさを感じるようにもなった。私の体は疲労困憊でいつ倒れてもおかしくない状態。そんなとき、アメが誘い出してくれたのだ。


「どうして海になんか来たいと思った?」

「機械は感情を持ったらいけないの?」

「そういうわけじゃない、ただ機械は塩水に弱いだろ」

「心配してくれてたんだ、ありがとう」

「他意はない、ただ疑問に思っただけだ」

「なにも浸かりたいわけじゃないよ、景色を見に来ただけ」


 マキは海から一切目を逸らさずに言った。私も真似して海の方を見る。夕焼けが海に沈みかけ、今にも帳がおろされそうとしていた。

 太陽の光は橙色をしており力強さを感じる。しかしその力は目に届くことがなく今にも死にそうな私のようだった。


「ただあえて言うなら、アメが心配だったのかも」

「心配? この私が?」

「焦りすぎだよ。一心不乱にパソコンとにらめっこして、何をそんなに急いでいるの?」

「急いでいるわけじゃない。ただ知らない人間からこんな不思議なもの貰って、放っておくことなんて野暮なことだと思わないか」

「否定はしないかな……」


 おそらくマキも気になっているのだろう。当然分かり切っていることだ、このポケットティッシュは間違いなくマキと何らかの関係がある。死のうとしていた人間に唐突にこんなものを渡す人間がいるわけがない。

 すべからくポケットティッシュの所在を調べるべきだ。しかしいくら経っても問題の尻尾を掴むことができていない現状、私には地図を手立てにすることだけが関の山だった。マキに止められれば話も変わる。だが他のアプローチには不安が募る。なにせりんごの匂いがする少女、彼女以外の手立てがないからだ。


「チェーホフの銃というモノを知ってるか」

「もちろん、誰も発砲しない銃は存在してはいけない。一度舞台に上がった以上何かしらの意味を持たなければならない」

「私はこの地図にも何らかの意味があると考えている。しかしこの地図の場所が分からない現状、今の状態を放置していては事が進まないんじゃないかと思っている」

「事って?」

「それは……」


 そう言うとマキはこっちを向いた。自然と目があう。目がウルウルとしており今にも泣きそうだ。機械だというのに涙を流すとはどうしたものだろうか。


「アメは一人になりたいの?」

「そういうわけではない」

「じゃあ、私と一緒にいたい……?」

「あぁ、可能なら一緒にいたいと考えている」

「そう」

「しかし外部から何かしらの影響を受けている現状、感傷的になっている訳にもいかないだろう?」

「そう、だね……」


 マキには生憎なことを言うが、それも全てはあのポケットティッシュが問題なのだ。今すぐに帰ってでも私は作業に取り組みたい。


「アメ」

「なんだ」

「顔、怖いよ」

「そうだな、なんだか嘲笑われている気がしてな」

「嘲笑われている?」

「おそらく彼女はここの場所を私たちは知らないと知ったうえで渡してきてる。そしてこんな紙切れ一枚で私たちはまるで気が狂ったかのように混乱する。まるで手のひらの上で転がされているようじゃないか……!」

「私は気が狂ってないよ」


 心配の表情をこちらに向けるマキに罪悪感が湧く。大人と言う立場上、現状の問題をどうにかしなければならないという責任感からなのかやけに感情が揺さぶられる。


「すまなかった」

「いいよ別に。それよりなんでここに来たのか、アメは覚えてない?」

「私が心配だったんじゃないのか」

「あえて言うなら、だよ。でもそれはおまけ」

「じゃあ何が目的なんだ?」

「別に意味はないよ」


 そう言うとマキは砂浜の上に寝転がった。その服は私が貸した服なんだが。


「服を洗うのは私だよ」

「心を読んだか」

「機械だから。知ってた? 最近の人工知能は学習するんだよ」

「学習する相手を選べないなんて苦ではないか」

「私は幸せだよ」

「マキは人工知能じゃないだろう?」

「……私は幸せだよ」


 なんとなくお前も寝ろと言われているような気がして私も寝転がってみた。

 砂が長い髪に絡みつきあまりいいものではない。口の中に砂が入るのも時間の問題だろう。


「一週間前にさ、私に『人間についてどう思っている』って聞いてきたでしょ?」

「急だな」

「急だよ」


 なんとなく解いてみた質問、言われてみれば機械のマキからすれば酷なことを聞いたなと後々反省をした。

 真剣に考えてくれるマキに頭が上がらない。


「なんとなく考えてみたけど、答えは出なかった」

「出なかった?」

「そう」


 ふふっと小さな笑い声が聞こえる。


「逆に聞くけど、アメは機械についてどう思う?」

「それは……賢くて便利で、頭脳明晰とかだろうか」

「でもそれって、私以外の例がないでしょ」

「どういうことだ」

「私も、アメ以外の人間とほとんど関わったことがない。だから人間なんて大きい言葉に対する答えが見つからない」


 そう言うとマキは体を起こした、口元がほころびているのが分かる。

 日が沈み始めたのか日の光が強くなるのを感じた。


「私はお兄さんだからアメが好きになった。でもそれは『人間についてどう思っている』っていう質問の答えにはならないでしょ」

「そうだな」

「だから人間についての考えを持つには、もっともっと時間を掛けなくちゃなんない」


 マキの笑顔を久しぶりに見た。気分が高揚し様々な感情が湧き出てくる。


「寿命伍時間の撥条仕掛けは、アメが死ぬまで死なないよ」


 そう言うとマキはこぼれるような笑顔を見せた。

 彼女にとって笑顔とはプログラムの一つでしかなく、その行動は作為的なものだ。しかしそれがどれほど難解かつ貴重なものなのかは、半年も過ごせば理解する。

 重い責任を負わされてしまった。しかし、何故だか嫌だとは感じない。むしろ俄然やる気が湧いてきた。


「ねぇアメ」

「なんだ」

「この前、アメは『大きな過ちを犯した』って言ってたよね」

「……」

「教えてくれる?」

「……ひと段落ついたらな」


 そう言うとマキが立ち上がった。そして私の方へと手を差し伸べる。


「ほら、行こ? なに寝っ転がってるの? こんなところで油を売ってる場合じゃないでしょ」

「たまにはいいじゃないか」

「たまにはって、こんな風景いつでも見れるんじゃないの?」

「何を言ってる」

「行かないの?」

「こんな大画面でマキと一緒に海を見られるんだ。こんな機会は滅多にないだろう?」


 そう言うとマキは目を丸くした。そして小さく頷くとマキは隣に寝転がった。


「家からそう遠くないでしょ」

「塩水に弱い機械と日に弱い出不精だぞ?」

「不甲斐ないね」

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