心配と恐れ
結果からして収穫は何もなかった。
私たちは研究所を隅々まで調べた後、人通りが無くなる日暮れまで休むこととなった。予定どうり研究所で睡眠をとることとなったが睡眠の質は決していいものではなかった。五時間に一度起こされることにはもうすでに慣れていたが、虫と添い寝して快適な睡眠を行える人がいるなら私は尊敬する。
しかし良かった点もある。あの研究所が工場地帯にあったことだ。そのため人の通行が少なく見つかるという危惧していたことが起きなかった。さらに予定よりも早く研究所を去ることができた。それがおおよそ六時ほど。今の時間は三時のため家についたのはおおよそ二時間前だ。
私はねじを回しきる。するとマキは素早く立ち上がりこちらを向いた。
「アメ」
「なんだ」
「私たちが帰った後、ご飯食べてない」
「そういえば忘れていたな」
「何がいい?」
「大丈夫だ、気にするな」
そう言うとマキは心配そうな顔でこちらを見る。そりゃ食べなくても健康でいられる機械からすれば私の生活習慣なんてゴミのようなもの。心配以外の感情は湧かないのかもしれない。しかし私も自らで行動が起こせるのだ。それに帰宅してからというもの異様に眠たい。普段家から出ない人間が突然七時間も歩くとなると当然疲れくらい感じる。私は眠い目を擦りマキに質問をする。
「それよりも聞きたいことがあるんだ」
「聞きたいこと?」
「マキは人間のことをどう思う」
「……唐突だね」
「唐突で悪かった」
マキは思考が止まったかのようにじっと私の目を見つめる。
この類の質問を一度しておきたかった。マキから見える私たち人間の世界というモノを知りたかったのが主な理由。マキの考えは外見からじゃ何も分からないのが本音。常にポーカーフェイスのマキから考えを読み取ることなど容易ではない。おそらく表情筋自体はあるのだと思う。つまりマキ自身感情が希薄なのだろう。機械相手に感情を出してほしいなんて馬鹿馬鹿しい話だが、聞いておいて損はしない。
「アメはどう思ってるの?」
「聞かなくても分かっているだろう?」
「そう、だね」
そう言って私は笑って見せる。時間稼ぎだろうか? マキが困っていることが顕著に分かる。しかし聞いておきたいのが本心。申し訳ないがここは引けない性分。
彼女はちいさく考える素振りを見せる。首をひねって思考を練る様子が何とも人間らしい。
「重く受け止めてほしくはないけど」
「あぁ」
「刹那的に生きて、一喜一憂して、それを思い出して、喜楽を得る。そんな生き方は人間にしかできない気がする」
そう言うとマキは眉をひそめた。
言葉から察するに人間に憧れている、もしくは尊敬していることが分かる。しかし残念だ。
「それは、機械の意見だろ?」
「……」
「私はマキの意見を聞いているのだ」
「そう……」
マキの目が泳ぎ始めた。今の答えにはなんとなく既視感があった。それも私が事前にネットで調べていたからだ。機械が人間に憧れを抱く類の小説や物語は沢山ある。それが彼女の本音ならば自分の言葉でそう話すだろう。マキという機械人形が人間の感情を模倣するとこは簡単なことで、インターネットから人間の話のベクトルを調べればよい事。逆にそれを辿ることができればマキが嘘をついていることなど容易に分かる。もちろん事前に調べておくのが前提だ。しかし陳腐な答えを許したくはなかった。
時間を伸ばそうとしたりインターネットを頼ったりと機械であるマキがこれほどまでに言葉を詰まらせることは初めてだ。それほどまでにこの質問はマキからすれば重要なのだろうか。
彼女はうーんと唸った後、一つの結論を導き出した。
「わからない」
「……」
「なんて言えばいいか、何を言いたいのかが自分でも分からない」
「そうか」
「ごめん」
「謝ることでもない、機械としてこのような質問に解を出すのは人に飛ぶ方法を聞いてるようなもんだ」
マキは口角を下げる。そんな彼女を見ていられず立ち上がる。クローゼットからコートを取り出すとそれを羽織り適当に置いてあったバッグを手に取る。
扉の辺りで私の行動を終始見続けていたマキは、目を丸くして私の腕を握った。
「ど、どこ行くの?」
「近くのコンビニだ。大丈夫、五分で帰ってこれる」
「お、怒ってる……?」
「そうじゃない、ただ腹を空かせたままではいけないだろう」
「……一番近いコンビニでも、往復で八分はかかる」
「じゃあ十分で帰ろう」
私はマキの引っ張る腕を気にすることなく玄関まで進む。しかし心配なのかトラウマか、何が何でも外に行かせまいと徐々に腕を引っ張る腕が強くなっているのが分かった。
「さっき充電しただろ?」
「アメがいないと誰が私を充電するの?」
「しかし……」
「これ」
そう言うとマキは私のスマホを取りだした。いつの間にマキの手にあったのだろうか。しかし忘れることが無くて良かった。私はそれを受け取ると扉を開けた。
「位置情報を得てまで心配をするなんて、親のようだな」
「さ、寒いから早く閉めて」
「機械は温度を感じないだろう」
「……気を付けて」
そう言うと不服そうなマキを背に私は歩き出す。
そういえば一人で外出するのは久しぶりだ。と言うよりもマキがメイドのように一生懸命働いてくれるので私の出る幕がない。
そもそもマキはなんのために作られたロボットなのだろうか。マキの作る料理はものすごくおいしい。そのほかの家事も基本マキに任せているが失敗したことは今のところ一度もない。しかし家事の為に作られたロボットにしては贅沢だと感じる。何故なら家事だけを行うロボットに感情など必要ないからだ。それに今マキに直接位置情報を送っていたりコンビニまでのマップの把握と往復の時間を割り出したりと家事とは一切関係のない事までを行ってしまう。
マキの存在に対していくつもの疑念が湧くがそれももう考えても無駄だと頭を振る。彼女のことを考える時間は私にとっては日常茶飯事となった。しかし解答を出せた試しは一度たりともない。
「お姉さん」
「……」
「お兄さん?」
「ん?」
誰かが私を呼んでいる、どうやら女と見間違えたらしい。久々にそう呼ばれたなと考え振り返ると、そこには低い身長に大きめの茶色いコートを羽織った人がいた。声からしておそらく女性、それに幼い。
少女の顔はフードに隠れて良く見えない。しかし不思議と安心感を感じる。この感覚に既視感があるものの、一体それが何だったのか一切思い出せない。
「どうかしたか?」
「……」
久々にマキ以外の人と会話をしているこの現状、声をかけてきた相手が黙ってしまえばこっちから切り出す手札はない。不意に吹く冷たい風に笑われながらも必死に取り繕ろうと口を開くが何も出てこない。静寂の時間がわずかに流れる。
「ん」
微かにそう聞こえ暗い夜道、月明かりを手立てに目を凝らす。どうやら何か渡そうとしているらしい。何か行動せねばと急いた心は反射的にそれを受け取ってしまう。形状的にポケットティッシュのようだ。裏にはQRコードが書かれた広告用の紙、一般的なポケットティッシュ。しかしこれに見覚えはない。
「これは……」
なにか意味があるのかと顔を上げると、暗闇の中少女が全速力で走っていくのが分かった。
こんなことがあっていいのか……逃げられてしまった。今すぐ追いかけてもいいが生憎マキとの約束がある。
どういうことなのか分からず立ち尽くしてしまう。私はこのままコンビニに行ってもいいんだよな? そう考え振り返ると、不意にリンゴの香りが鼻腔をくすぐった。
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